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【phritzインタビュー】海外からも注目される、有機的なエレクトロニック・サウンドのつくり方

※この記事は2023年11月をもって閉鎖した音楽メディア・Soundmainからの再掲記事です。連載企画「エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて」では、2021年10月から2023年6月にわたり、DAWを主要機材として先鋭的な音楽制作に取り組む若手アーティスト全17名(番外編含め全18回)にインタビューを行いました。主に作り手に向けて、詳細なDTM Tipsを取り上げる企画ですが、音楽的な原体験や制作哲学なども含め、ほぼ毎回1時間強お話を伺っています。
今回は、PAS TASTAの一員で、エンジニアリングなどでPeterparker69のサポートも行うトラックメイカーのphritzさんの記事を再掲。

(初出:2021.12.22)

連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。

今回インタビューしたのはphritz。透明感のあるトラックとエッジーなシンセ、無性的だが人肌を感じさせるボーカルワークが織りなす「有機的なエレクトロニック・サウンド」が評価され、「FORM」や「bitbird」など海外のレーベルやコレクティブから多数リリース。2021年2月にはPorter Robinsonが編集するSpotifyプレイリスト「porter robinson : cherished music」に「change my mind」が選出され話題になった。

同年10月にはTomgggとの「Love Ride (feat.Shelhiel)」、Aiobahn、やぎぬまかなとの「grayscale」もリリースし、気鋭のエレクトロニック・アーティストとして注目を集めている。

今回はそんなphritzの、これまでの音楽遍歴や共同制作への取り組み、そしてクラフトマンシップ溢れるサウンド作りへの姿勢を聞いた。

DTMの入口はフリー素材

ー音楽を作ろうと思ったきっかけはなんでしたか?

中学生の時に自分のPCを手にして、動画編集にハマっていました。当時、動画にあてるBGMを探すのによく使っていたのが、「NCS(No Copyright Sounds)」という著作権フリーのエレクトロ系ミュージックが充実しているサイトです。

そこでTobuというアーティストと出会って、今聞けば時代を感じるようなゴリゴリのものなのですが……初めてEDMの存在を知り、同時に「これって作曲ソフトがあれば作れるのか!」とDTMの存在も知り、Logicを入手して作曲を始めたのが最初です。

周りの同世代を見ると、SkrillexやAviciiなどから影響を受けてDTMを始めた人が多いと思うんですが、僕の場合は著作権フリーの楽曲でした(笑)。

 ーフリー素材がきっかけとは、新世代という感があります。実際に曲を作り始めてからはどんな音楽を参照していましたか?

Future Bounceという、オランダのアーティストがよくやっていたジャンルにドハマりして自分でもよく作っていました。一番最初に作ったプロジェクトファイルの日付が2016年で、2年くらいはEDMばっかり作っていましたね。

phritzの名義を始めた2018年頃になると、SoundCloudのアングラなアーティストも追うようになっていました。転換点となったのは、Nujabes「feather」のunderscoresのカバーや、knapsack(現在はgabby start名義で活動)の『futura』というEPを聞いて衝撃を受けたことです。

※2024.4.27追記:ここで挙がったgabby startとunderscoresとは2023~2024年にPAS TASTAとして共演するに至る。

Porter Robinson事変からコラボ・ラッシュまで

ー2021年の2月にはPorter Robinson(以下ポーター)がエディットするプレイリストに「change my mind」がセレクトされ、大きな反響がありました。この時のことをphritzさんの視点から教えていただけますか。

「change my mind」自体はWave Racerの「Higher」という曲に感銘を受けて作った曲なんですが、WIP(編注:Work In Progressの略。ここでは制作段階の音源、の意)を公開した段階で海外のアーティストからの反応があって、少しだけ手応えを感じていました。でも実際にリリースしてからは、リスナーの数もいつもそれほど変わらず、まあこんなものかと思っていたところでした。

それから2ヶ月ほど経ってポーターのプレイリストに入るんですけど、本当に予兆みたいなものはなくて、起きたら突然、みたいな……。

ー天災のような(笑)。どういう経路で届いたのか、というのは想像つきますか?

プレイリストに入るちょっと前、ポーターが『All Nighter Vol.6』についてツイートしていたことがあって。hirihiriさん、ウ山あまねさん、Kabanaguさんと一緒に曲提供したコンピレーション・アルバムなんですけど、「若い人らがクリエイティブなことしているぜ」という好意的な発言で。

憶測でしかないのですが、ポーターはあのアルバムから1人ずつアーティストを聞いていって、僕の曲を見つけたのかもしれません。

ーあのアルバムって40組以上参加していますよね。ポーターのディグ力……。

他の経路があったのかもしれないですけど、おかげでポーターのフォロワーが僕の曲を聴いてくれたし、国内での依頼ごとも増えるようになりました。

ー10月にはTomgggさんやAiobahnさんなど、futurebassのプロデューサーともコラボしていましたね。それぞれの制作過程について伺いたいのですが、まずはTomgggさんとの「Love Ride (feat.Shelhiel)」からお願いします。

最初はMaltine Records主宰のtomadさんから声をかけてもらって、Tomgggさんと何か一緒に作ってみないかという話を頂きました。

制作としては、Tomgggさんからコード進行やリズムなど骨子になるステムを送ってもらって、僕が音をいじって送り返す、というふうに往復させて作っていきました。アレンジ力は圧倒的にTomgggさんが長けているのでお任せして、装飾として変なサウンドを作るのが僕、という大まかな役割分担です。

ーTomgggさんが「音の探究心のすごいphritzくん」とツイートしていたのが印象的でした。ボーカルにはマレーシアのシンガー、Shelhielさんがフィーチャーされていますね。

Shelhielさんはtomadさんがオファーしてくださって、デモを送ったんですけど、ちょっと予想していない形で返ってきたんですよ(笑)。初期デモはKawaii感があって、テンポもゆったりしていたのですが、返ってきたデモはテンポもピッチも上がっていて、より2ステップ色が強くなっていました。驚きましたけど、関係者みんなが「よければ良い」というスタンスだったので、この方向でブラッシュアップしていくことになりました。

Shelhielさんは歌うだけじゃなくてプロデュースも自分でガッツリやっている方なので、結果的に自分の発想ではできないサウンドになったし、よかったと思っています。

ー思わぬ化学反応があったわけですね。Aiobahnさんとの共同制作についても教えてください。

Aiobahnさんは以前から僕の曲をチェックしたり買ったりしてくれていて、今年の2月に声をかけていただきました。制作は、僕がデモを送ってAiobahnさんが音を足していって、という流れです。ブラッシュアップしていく過程でサウンドが分厚くなっていたり、ダンス要素が強くなっていきました。2人ともAbletonユーザーだったのでプロジェクトファイルをそのままやりとりして、ボーカルのやぎぬまかなさんはAiobahnさんからの提案で依頼することになりました。

サウンド・デザインと「声」という楽器

ーphritzさんが作る作品世界では、ピアノやストリングスなどのアコースティックな楽器と、硬質でエッジーなシンセが混在しています。これらのサウンド・デザインを行う際に考えていることなどを教えてください。

「エレクトロニックだけど有機的なサウンド」というコメントを頂いたことがあったのですが、まさに今の僕が目指しているサウンドとして、音作りの際に意識していることです。

シンセも必ずしも硬質なバキバキなものにしているわけでもなくて、常に柔らかい音の演出は意識していますね。自分にとっては、サイン波だって柔らかい音だと思っています。

ーたしかに、ボーカルも思い切りピッチアップをかけて無性的な加工をされていますが、むしろ親しみのある雰囲気がありますね。

最初に声を加工しようと思ったのは、元の声質がこもっていて、周波数的に言うとMidの成分が多いんです。だから他の楽器と干渉してしまって、どうしたらいいだろうと模索している中でオクターブ上げる手法に辿り着きました。

ー先ほども例に挙がったWave Racerは自分で歌うことの精神的なハードルからオートチューンとピッチアップを採用するようになったそうですが、トラックメイカーとしての要素も強いphritzさんとしては、自分で歌うことをどのように考えているのでしょうか?

恥ずかしさみたいなものもあるけど、それ以上に自分の声じゃないと出せないな、という声ネタを作れることが大きいように思います。

そもそも自分の声も楽器の一部として取り扱っていて、チョップして声ネタとしてサンプリングすることもあります。使い慣れた楽器みたいなもので、一番ちょうどよく使えるというか。

また、自分の声じゃないと出せない温かさがあるんじゃないかという気がしていて。そういう意味でも僕のサウンド作りの中で欠かせないものになってきたのかな、と考えています。

ーオリジナリティを担保するサウンドとして、自身の声があると考えているのですね。トラックやサウンド作りの面で影響を受けたアーティストも教えてください。

もちろん、ポーターやWave Racerは大きいです。エレクトロニックだとDuumu、Mura Masaなどもいますし、アコースティックな方面だとBon Iverなども。

もしかしたら一番影響を受けたというのは、Tennysonという兄妹デュオのアーティストかもしれません。曲の中で鳴っている音が全部好きだなとハマって調べてみたら、作曲のライブストリームを上げているのを発見して。曲と配信を行き来しながら繰り返し聴いたので、音作りの方法やワークフローまで、僕の今の作り方に直接影響しています。

サンプラーに課せられる創造的制約

ーよく使うプラグインなどはありますか?

最近、音作りに関しては録音することが多くて、Ableton付属のサンプラーを使いまくっています。ギターでフレーズを弾いて切り出したり、iPhoneで録った声をネタ用に使ったり。あと、自分の過去の曲のステムを書き出してそのままサンプラーにつっこんだり。あまりシンセの出音から調整することがなくなってきました。

ーそれはどういう意図からですか?

サンプラーを使うと、長さの制約があるじゃないですか。シンセは無限に音が出るから、出音から弄りはじめると、その先の可能性がありすぎて何をすればいいか分からなくなるんですよね。

一方でサンプルって終わりがあって。あえて音源化していて完成された状態のものを使うという制限を設けると、僕にとって面白いサウンドができることが多いです。「Creative Limitation」という言葉がありますが、制約があってこそ創造的に遊べるというか。

だから、録音の時点で実験をするようにしています。ローファイな音を作るのにiPhoneから声を録ってみたり、自然なパンニングを作るために物理的に左右から音を鳴らして録ってみたり……。

ーサンプルとして切り出した段階で自由が無くなるから、録音の段階で遊んでいるということですね。ちなみに、収録は自室で行っているんですか?

はい。ボーカルの収録って、ちゃんと吸音材を貼った反響の無い部屋で録らないといけないという先入観がありますけど、海外の曲なんか聴いていると、ベッドルーム感というか、部屋の鳴りも含めてオリジナルのサウンドになっているアーティストがいますよね。

自室って普通に反響するんですけど、空間ごと収録されていることが独特の趣になると思うので、あまり神経質にならずにやっています。

ーなるほど。サンプラーの使い方についてはどこで学んだんですか?

きっかけは先ほども名前を挙げたTennysonです。彼らの場合、「Freesound」っていう音素材のサイトがあるんですけど、そこで拾ってきた音をサンプラーに入れてパーカッションみたいに使っているのを見て影響されました。

それと、僕がAbletonを使うようになったきっかけがMr.BillというIDM系のアーティストなんですが、この方の配信も参考にしていました。

コンセプト・アルバムへの憧れ

ー最近ではどんなアーティストを聴いていますか?

Spotifyの「Indie POP」というプレイリストから探すことが多いですね。

Bon Iverのプロデュースにも関わっているJim-E Stackというアーティストは、アナログシンセを使うプロデューサーで、使っているコンプレッサーの問題なのか、録音の方法なのか、この人にしか出せないユニークな音の重さがあるように思います。

若手だったら、僕もリリースさせてもらった「bitbird」というレーベルのコンピにも収録されているdobiとか、N33Tとかはプッシュしたい人です。

ーありがとうございます。今後の展望などあれば、お願いします。

今年はコラボして楽曲を作ることが多かったので、人と作ることの学びを得られたなと思っていて。今後もプロデュースやコラボなどで誰かと作りたいという思いはあります。

あとはシングルではなく、EPやアルバムを作りたいですね。去年くらいから言っているんですけど……。

ーそれはどうしてですか?

お金のことを考えると結局シングルで出すのがいいんですけど、アルバムっていいなと思ったのは、ポーターの『Nurture』の影響が大きいですね。あれだけコンセプトや世界観があって訴えかけるものって、やっぱりアルバムの形だと思います。Madeonの『Good Faith』もすごく良かったですね。

ーphritzさんの作るコンセプト・アルバムはぜひ聴いてみたいです。

実際のところ、一般的には就活生の年齢なので、音楽を続けるためにどうしたらいいだろうかと悩むこともあります。どうにかシーンが盛り上げて食べていけるようにしないとなあ、と考えています。

ーそれは……。ファンとしてもライターとしても、このシーンが多くの人に聴かれるために精進しようと思いました……。今後の活躍を期待しております! 本日はありがとうございました。

※2024.4.27追記:同インタビューのキーワードとなった「有機的なエレクトロニック・サウンド」は、phritzさん本人が編纂するプレイリスト「Botanica」によくまとまっている。必聴!

phritz プロフィール

神奈川県在住の音楽プロデューサー。2018年より活動を開始。電子音楽にアコースティックな音を取り入れた柔らかで有機的な音使いを特徴とする。2021年には「change my mind」がポーター・ロビンソンの編纂するSpotifyプレイリストに選出され注目を集めた。チューリッヒ保険会社が提供する「Green Music produced by Zurich」にも参加。

https://phritzmusic.com/

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取材・文:namahoge
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