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帰郷までの長い道のり 1<他人>

近所に住む80代の和子さんは、いつもお菓子や果物、たまにお手製のおかずをおすそ分けしてくれる。虎屋のようかんなど、高級なお菓子をいただくこともある。あまりいただいてばかりでは申し訳ないと思い、私からも出張先でお土産を買ってくることもある。でも圧倒的に、和子さんからいただくことのほうが多い。「気を使わないで、お返しもいらないから」と何度も言う。

その代わり、といってはあまりに些細なことだけど、地震が起きたら一人暮らしの和子さんに「大丈夫でしたか」とメッセージを送る。感染症が流行れば「お体お変わりないですか」と送る。実の親にはそんなメッセージ送ったことなんてないのに。他人だから気遣える。私は和子さんのことを何も知らないから。親切なところしか知らないから。だから困ったことがあれば少しでも力になりたいと、心から思っている。

遠くで一人で暮らす80代の父。いろいろと確執があり、かれこれもう10年は連絡を取っていない。このままでいいと思っていた。葬式くらいは出てやろうか、いやそれも出ないで済むなら出たくない、そんなふうに思っていた。

ある時、妹から電話がかかってきた。

「父さんがいよいよ一人暮らしがままならなくなってきた。ヘルパーさんは来ているけれど、そのほかにも“他人”が家にあがりこんで、身の回りの世話や実家の片付け、掃除をしているらしい。父さんはその人をすっかり信用している」

他人が? なぜ? あの偏屈な父の世話を? いやな予感がする。老人に近寄る他人など、ろくでもないやつに違いない。父はきっとだまされているのだ。

かくして私は、父とその世話をする“他人”と対決することにした。


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