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帰郷までの長い道のり 4<帰郷>

その時は意外と早く訪れた。私は10数年ぶりに帰郷することになった。その経緯はまた追って書くことにするが。とにかく私は帰郷した。

10数年ぶりの実家の門扉にはどでかいカメムシが止まっていた。ドアを開けると、思っていたよりは荒れてはいなかった。もっとゴミ屋敷になっているかと覚悟していたが、そこまでではなかった。しかし、よく見ると長い間掃除がされていないことは明らかで、床には油のような汚れと得体の知れないチリが無数に落ちていた。

父は、小さくなっていた。顔は相変わらず大きかったが、頭は白く薄くなり、顔の大きさに比して肩から胸は細く弱々しく、手指はずっと震えていた。椅子につかまり、立っているのもやっとという状態だった。

「まあ、座れ」

声が弱い。ダイニングテーブルにある椅子は汚れていないか、よく確認しながらおそるおそる座った。昼間にも関わらずカーテンは半分が閉められていた。かつて母が選んだ昭和のシャンデリアふうのリビングライトは、電球が切れかかっており、チカチカ点滅していた。時折鳴るブーンという異常にデカい振動音。なんの音かと思ったら、冷蔵庫から鳴っている音だった。リビングの一角に紙おむつのパックが無造作に置かれ、部屋じゅうにうっすらと尿の匂いが充満していた。ゴミ袋らしきものを中心にコバエが飛び回っていた。

父は頭の毛は薄いのに、両方の鼻から大量の鼻毛が出ていた。「目がチカチカする」と、震える指でいつの時代に買ったものかわからない曇ったサングラスをかけた。チカチカするのは目のせいか、電球のせいか。

哀れだ。

私はこんな父の娘だということが恐ろしかった。父の姿は未来の私だろうか。そんなことが頭をよぎり、恐怖と怒りとやるせなさが一緒にこみあげてきた。

尿の匂いは死の匂い。私の服に、髪にこびりつく。


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