小噺「墜落」

「超振動というのはそもそも、物体が外的要因によって高度にコントロールされた微振動を継続している状態だ。そして二つ以上の安定した超振動を重ね合わせることで巨大なエネルギーを発生させることができる。この超振動エネルギーを動力にすることで、例えば小さな二枚の羽根でも人間一人を浮遊させるための揚力を得ることができる。」

「ふーん」

「ここで、二枚の羽根は揚力を、そしてこの羽根の回転が行動ベクトルを制御していることに注意してほしい。回転翼が揚力を発生しているんじゃないんだ。ヘリコプターとはちょっとちがう。」

「わかったわ」

「この二枚の羽根による揚力と人間を結合するのは慣性制御フィールドだ。このフィールドが人間を包み込むことで、例えば頭上に翼動力を吸着させても、首吊り状態にならず身体全体に揚力が分散され、ストレスなく空中に浮き上がることができる。」

「あ、だからいつも首が痛くならないのね」

「ただし、電力が不足して羽根の振動が不安定になると、脈動が発生して動力システムを制御することができなくなる。脈動は不規則なリズムを産み、システム全体のバランスを崩す。」

「まあ、大変…」

「エネルギーが低下して振動制御ができなくなると、発生した脈動が慣性制御にも支障をきたす。不整脈によって身体全体が震えるような状態だ。慣性制御フィールドが希薄になり、身体を支えきれなくなる。翼動力の低下と同時に、回転翼による姿勢制御も困難に…」

「ねぇ、そろそろ身体が冷えて来たんだけど、
まだおしゃべりを続けるの?」

「いや、要するに僕が言いたいのはココに不時着したのはタケコプターのバッテリーが切れたことによる揚力ダウンと慣性スタビライザーの制御不能のせいで、充電不足のヤツを勝手に彼のポケットから取り出したのは僕だけど、まさかこんなに近くで止まるなんて思いもしなかったし、ましてやココに落ちたのは偶然なんだ、ってコトなんだよ」

「言い訳なんてもういいのよ。それに、もう一つあるんでしょ?」

「もう一つ? 予備なんてないよ」

「ウ・ソ。 だって、今にも飛び出しそうよ、あなたのタ・ケ・コ・プ・タ・ア。」

「し、し、しずかちゃん…」

彼女と自分を温めるためにシャワーのレバーを回すと、石鹸の泡から解放された彼女が耳元で囁いた。

「のび太さんの…えっち…」

ささやかなお礼に、あとで彼にどら焼きを買って帰ろう。
たまに墜落するのも悪くないし、偶然かどうかはこの際あまり問題ではない。
確かに彼女の言うとおり、もう一つの方で自由に飛べそうだ。

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