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『ガールクラッシュ』を読んで、ついに韓国語をやりたくなった

おはようございます。朝です。
見出し画像は記事内容とは何の関係もない、さっき買った文學界の最新号です。読むぜ。


『ガールクラッシュ』がおもしろい。
LINE漫画で読んでいます。めっっちゃおもろいのでみんなに読んでほしい。今はかろうじて無課金で読んでいるけど、多分買うと思う。あ嘘、昨日の寝る前に2話、課金したんだった。

KPOPアイドルを目指す話なんですけど、キャラクターがみんな本当に魅力的なの。SNSのプロモでは恋愛メインの作品のようにシーンが切り取られていたんだけど、全然恋愛の話じゃない。
コンプレックスの正体、情熱の根源、表裏一体の苦悩と喜び。
天花ちゃんの脆さ、分かりすぎてグッッッとなる。いや彼女のように美しくもなければ器用でもないけども。
無条件で受け入れてほしかった人にそうされなかった経験に由来する周囲への猜疑心、受け入れてくれた他者に対する縋るような気持ち、「こうあらねば」を自分に課すことで自分を納得させ、一方でその条件付けによって自分を苦しめていること。他人軸で生きてきた天花ちゃんにとってpurity1000%の恵梨杏の出現はめちゃくちゃ残酷だったと思うけど、結構早い段階で、おそらく自覚するよりも先に恵梨杏に(※人間的な意味で)惚れていて、何かと世話を焼く天花ちゃん。そして恵梨杏きっかけで自分の心の奥にある惨めなもの、だけでなく情熱にも向き合い、前へ前へと進んでいく。
こんなに応援したくなる主人公、寡聞にしてなかなかいない。
天花ちゃんやミンチェのような「自分はこうじゃないと価値がない」という呪縛、私は現在進行形で解き放たれていないので、自分と違うタイプの人間と出会い衝突&理解しあいながら一歩ずつ突破していく彼女たちの姿に、少しの羨ましさと、何よりも希望を感じる。若さとパワーのなせる技なのかもしれない…とも思うけれど、翻って「若さとパワーを持とう」という気にもさせてくれる。
ジウの感じもすごい好き。見た目だけでいえば私が1番なりたいのはジウだな。ジウの影響ではないけど、最近ヘリックスピアス開けたくなって困ってます。いや待ってやっぱり少しはジウの影響かもしれない。
恵梨杏は絶対どこかで再登場するよね。どうなってるんだろう。

〜〜🐓〜〜

朝でした。(書き終わる前に職場に着いて、午前中が終わってしまった)
こんにちは。昼です。

『ガールクラッシュ』の話の続き。

KPOP、たしか大学1,2年の頃に流行り出した世代です。KARAとか少女時代。
私は当時は今よりも音楽の興味の幅が狭かったので、宇多田ヒカルと安室奈美恵と宮野真守だけをひたすらローテーションする閉鎖的な消費者生活を送っていた気がする。新しいアーティストや曲を覚えようみたいな方向にはあまり興味が向かなかった。
安室ちゃんの引退と彼女が残した“May music fill your wnoderful life”という言葉に押されているのかいないのか、はたまた単純にサブスク時代の恩恵か、最近は前より幅広く聴いてみていて、その中にK-POPも含まれている。BLACKPINKとLE SSERAFIMが好きです。このチョイス、個人的にはいかにも安室奈美恵ファンという感じがしているのですが、どうでしょう。

この前の日記でも書いたのだけど、以前から韓国原作のウェブトゥーンはちょいちょい読んでいた。だいたいファンタジー。日本語翻訳版を最新話まで読んでしまい先が気になって仕方がない時は、韓国原作版(日本より数話進んでる)のページに行って、絵の雰囲気だけで展開を察する、ということも何度かあった。セリフはまったく分からない。
私、韓国語まったく分からない。

分からないままBLACKPINKをかれこれ1年くらい聴いているの、我ながらあっぱれ、と思う。
音楽やアーティストを好きになるということは、例えば単純に音が好きだったり、声や歌い方、ダンスが好きだったり、グループならコンセプトが好きだったりすることで全然よくて(これらは私がBLACKPINKとLE SSERAFIMを好む理由)、すべてを理解しないとダメ、なんていうことはないと思っている。
とはいえ歌というのは結局verbalな部分が半分の音楽であって、やっぱり、言語が分かるようになれば一気に解像度が上がるだろう。歌えるしね。
そう思っててもやらない自分なんなのって思いながら過ごしてきた。

それがここにきて、ようやく向学心がむくむくと萌しはじめている。あら、もう春かしら。
韓国madeの音楽、ウェブトゥーンに続いて、このごろ現代韓国文学を読んでいた。
そして日本made韓国舞台の漫画を読んで、ついに一次情報を体感したいと考えるようになった。私のモチベに火を点けるために必要だったのは、自己投影できる物語だったのかも…なんてもっともらしく一般化してみたけれど、単純に、努力を楽しむ天花ちゃんにあてられたのかもしれない。

我、TOEIC900点越えし者(950には届いておらぬ者)。
中高が英語指導に力を入れている学校で、我ながら愚直に努力もしたので、英語力は(努力に応じて)自然に備わった。
備わっているのだけど、個人的にはこの獲得過程に少しコンプレックスがある。

それは「内発的動機でやっていない」ということ。
同級生には洋楽が好きとかハリウッドが好きとかいう子がいっぱいいて、その子たちは英語が使われる世界そのものに興味をもっていた。英語を勉強する、内発的な動機を持っていた。
私は洋楽も洋画も全然興味なくて、英語の授業もいまいち没入できない日々が続いた。それでは自分が苦しいし、「英語に触れることを毎日の習慣にしろ」という言いつけを守るのも容易ではなかったので、携帯の言語設定を英語にするとか、教科書を丸暗記するとかして嫌でも英語に触れる時間を作るようにしていた。
そうこうしているうちに気がついたら英語は得意科目になっていて、「できるから楽しい」の世界に入ってからはさらに順調に伸びた。
じっさい英語力は仕事でも役立っているし、ひとりで思いのままに旅行もできるし、気になる海外のニュースも一次情報に当たることができる。
ただ、やっぱり今に至るまで英語圏の人やモノの熱烈なファンになった経験はなくて、エキサイティングな気持ちで外国語学習に臨んだことは、ない。
(言語学そのものや翻訳、文字自体に興味があるので、そういうベクトルには楽しめている。思い出したように中国語を勉強するのも漢字が好きだからです。)

そんな私が、だ。
漫画にトドメのひと刺しをされて、韓国語やってみようかな…なんて思っている。
英語に関してはもう麻痺しちゃってるけど、使える言葉が増えたら、きっと今は見えていないたくさんのものが見えるようになるだろう。BLACKPINKもLE SSERAFIMも歌えちゃうかもしれない。小説の原題と邦題のニュアンスの違いとか気付いちゃうかもしれない。

まさか自分にこんな日がくるなんて。
ありがとうガールクラッシュ。やりたいことがいっぱいあって、彼女たちみたいに一路邁進とはいかないけど、とりあえず今度ハングル帳をやってみます。

それでは。

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