生で食べて美味しいりんごが作れることが大事なのだろうか
「やっぱりふじだべ」
「加工で使うりんごってのは、B級品みたいなもんだ。」
「ああ、それはジャムにしろ、ジャムに。」
そんな会話を、りんご畑ではよく聞く。
【生で食べて美味しいりんご=上等品】
【加工品に使うりんご=B級品】
そんなイメージがついてしまっているのは大変な問題だと思う。
今までの需要として「生で食べて美味しいりんご」がたまたま人気があっただけ。たまたま栽培されただけ。そもそも日本にりんごが持ち込まれた時、生で食べるのはもちろん、加工した時に化ける美味しい品種もたくさんあった。それが偶然、需要の関係で広まらなかっただけ。本来はどちらも等しく価値がある。
重要なのは、「市場、消費者に求められるものを作ること」や「『これを広めたい!』と思うりんごを市場、消費者に提案すること」だと思う。生で食べるりんごも、お菓子用のりんごも、お酒用のりんごも、ニーズに合わせて適切な栽培方法、流通方法、使用方法を確立していくことが必要だ。
なかなかその考え方が浸透していない中で「新しい品種を作っていきましょう。」「そのために新しい文化を根付かせていきましょう。」と提案していくことは、生半可なことではないなと感じる。そういう活動をしている人が身近にいるが、本当に頭が上がらない。
でも、今後間違いなく多様なニーズに応える、ということが必要になってくるはずです。そこに対しては自分も諦めずに向き合っていきたいと思っています。
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