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西加奈子のことばに救われる。「i」

感染者、死者のニュースが続く連日。苦しんでいる人が、命を失っていく人がこんなにもいる。医療崩壊という言葉に、いつかみた、震災直後の命の選択の映像を思い出す。ますます気が滅入ってしまい、買い物に行く以外は外に出ず、出かけたいという気持ちにもなれない。いろんな、たくさんの苦しい気持ちに襲われて、家の中でのうのうとご飯を食べている自分が、お酒を飲んでいる自分が、唐突に許せなくなった。

は、と誰かを思い出し本棚の本を読み返した。

西加奈子の小説「i」の主人公アイだ。シリアで生まれ、裕福なアメリカ人と日本人の夫婦の養子となり、恵まれて育ったアイ。でもアイは、どうして選ばれたのが自分だったのか、自分だけが幸せでいていいのかという苦しみに囚われて生きている。
「この世界にアイは存在しません」と数学の授業中に聞いたことばは呪いのようにアイにまとわりつき、アイデンティティを探すかのように数学の世界に没頭していく。同時に、世界各国で起こっている災害やテロでおきた死者の数を、ノートに書き続けることが止められなくなる。

そんなアイに、不妊治療の上授かった命の流産という出来事が起こる。それと同時に、親友のミナは一夜関係を持った中学時代の同級生の子を身篭ったという。恵まれてきた自分を恥じ続けてきたアイの身に起こった初めての悲劇とも言える出来事に、怒り、親友を許せないアイ。

アイに、ミナはこう言う。

「その人の体は、その人のものだから。その人の体は社会のためにあるんじゃない、子どもができない人のためにあるんでもない。その人の命のためにあるんだって、そう思ってる。」
「私は、自分のからだのこと、自分の心のこと、自分の命のことを考えて決めたの。」

ミナは決して謝らなかった。自分で、産むことを決めた。

物語の終盤、ことばは、どんどん力強さを増す。アイは、自分自身で、アイを見つける。

強いことばが、いろんな苦しさにくよくよしていたわたしを勇気づけてくれた。結局のところ、わたしは、わたしのからだで、いまを健やかに生きていくしかないのだ。

それと同時に、想像することを、アイが教えてくれた。いま、病床にいる人、逼迫する医療現場で働いている人、誰かのために外で働いている人、命を失ってしまった人、誰かの暴力に怯えている人のこと。その人にはなれなくても、何かをしてあげることはできなくても、想像することは、できる。

想像する力が、きっと優しい世界を作る。そう信じて、こんな日々だけど、しっかりと生きていこうとおもう。

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