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それでも言葉にし続けるということ

冬がすきだ。
寒くて痛いからすきだと言ったら、友達に笑われた。わたしは冬になると安心する。寒くて冷たい空気のなかにいると、わたしはひとりじゃないと思える。ああ、冬もわたしと同じでひとりなんだと思える。その冷たさに救われる。
それをうまく言語化して伝えきれなくて、「冬は寂しさのそばにいてくれるから」と言うと、いつも伝わらない。それなら、春も夏も秋も、寂しさのそばにいるじゃん、と言われて、わたしはちがう、と思う。自分よりも温かいものと出会ったら、そのやさしさに不安を抱いてしまう。なにかを、失う前兆かもしれないと。

わたしはいつも、うまく伝えられない。
言葉を書くことも読むこともすきなのに、言葉の選び方が回りくどくて多くて逆に伝わらなくなる、から言葉数を減らそうと思って減らしたら減らしすぎて、今度は言葉足らずになって、結局不親切なひとに見える、みたいな、わたしはそういうひとで、そういうひとが導かれる人生を歩んできた。

感情や情景を言葉にするのは絵を描くような作業だと思う。いろんな色が滲んでいるように感じる。
わたしは自分のなかから言葉を作り出すとき、作品を作り上げるような気持ちで言葉にする。今となっては完全に黒歴史のようだけれど、かつて学生の頃ライブのレポを書く時は感じたもの、目の当たりにしたもの、すべてを美しい言葉で残したいと思っていて、ほとんどアーティストへの恋文のようなライブレポをいくつも書いていた。恥ずかしすぎ。
言葉に残すときにはわたしのなかにポリシーのようなものがあった。「言葉にすること」を放棄しないこと。
よく、「感動して言葉が出てこない」とか「言葉をなくした」とか「もう言葉にする必要はない」とか言っている他者のレポや感想を読んでは、言葉にすることを放棄するためにライブの感動を利用するな、感動したその瞬間こそ言葉に残すべきだと思っていた、なんなら許せないとすら思うほどに、わたしは未熟なくせにいっちょ前の物書きとしてのプライドを持っていた。
いまのわたしの土台にも、この考えはあるけれど、言葉にしないからこそ、できないからこそ美しく感じられるものや、溢れ出る儚いもの、言葉にしないからこそ大切にできるものがあることもこれまでの毎日で知った。言葉は美しいけれど、言葉になりきらないと諦めが滲む瞬間も、わたしは美しいと思えるようになった。それでも、言葉にすることにこだわり続けるひとでいたい。

小学生の頃、自作の物語を書くのがすきだった。
たしか、見習い魔女の女の子が冒険する話。わたしは昔からここではないどこかに行きたくて、わたしではない誰かになりたいと思っていた。どこにでもある児童書の物語に倣って書いたその物語を当時の担任の先生に毎日のように提出しては読ませて、感想を求めていた。いやな顔せず毎日懲りずに読んでは感想をくれた。わたしが言葉を書くのがすきな所以を辿ると、たぶんこのときの楽しい気持ち、自分の言葉で表現したいという欲求に繋がっているんだと思う。

中学生に上がってからは片道1時間半もスクールバスに乗って通学するなかで、ガラケーのメールで誰に送るでもないのに、作詞した歌詞(いま思い返すと青すぎるポエム)や浮かんだ言葉(これもいま思い返すと青すぎるポエム)を書いては下書きに保存していた。きっといまもガラケーのなかで眠っていると思う。わたしには当時憧れの先輩がいて、そのひとへ言えない言葉がメールの本文欄を乱雑に並んだ。考えて、考えて、考えた先で納得できる表現や文章に変換できたときはうれしかった。それは自分の感情を咀嚼するための大切な時間で、わたしの根底をつくっていた時間だった。わたしはそんな時間を経て、下手なりに文章を書くのを楽しんできた。

言葉はほんとうにおもしろい。
無数の表現があって、そこには嘘も本当も紛れていて、だからこそすべてが混ざり合って愚かだと感じたり美しいと思わずにはいられない。
冬の寒さに当てられながら、ちょっとだけこんなことを考えていた。冬は寂しくて孤独でだからこそ自分と向き合えて、わたしはこの季節がすきだ。寒いからこそ知れる奥底があって温かさがある。

わたしは話すのは下手だし、他者と関係を築くことも下手だけれど、文章を書く時は偽らないわたしでいられる。わたしは今日も文章を書いている。どこに行けるでもないわたしがどこかに行ける、他の誰かになれるような気がする。これはわたしのこころの小さな叫びかもしれない。それが、いつか、共感してくれるだれかに、愛するひとに、伝わればいいと思いながら言葉にする。これはわたしが誰かに伝えたくて仲間を探しながら叫んでいる、クジラの鳴き声みたいなものかもしれない。見つけてほしいと願いながら、文字の中で声をあげている。

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