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蕾のままで、咲かないで、咲かせないで

少しだけ蕾が綻び始めている。
会社で気がついたら目で追ってる先輩がいる。
だめだよ。
咲かせたら終わってしまうから、水をあげないように、日に当てないようにひかりから遠ざける。

でも時々、この蕾が偶然ひかりに包まれる瞬間がある。そのひかりが心地よくて泣いてしまいそうになる。
わたしはそれだけで幸せだと思う。
何も手に入らなくてもいい、何にも繋がらなくてもいい、ただ一目見てあなたが笑っているのを見るだけで、笑い声を聞くだけでいい。時々話して、わたしの顔を見てくれるだけでいい。

ほとんど話しかけることもできず、これ以上なにかを知ることもできず、ただ静かなオフィスでそのタイピング音や足音に耳をすましている。

何かを手に入れようとして何かを失うのがこわい。何かを掴もうとして何かを壊すのがこわい。
わたしは大切なものはもうなにも失いたくない。
その結果最期にひとりになったとしても、それでもいいと最近は思っている。わたしの中で完結させて、きれいなままで終わりにしたい。そのほうが、楽で、きれいに終わらせられる。

すきなわけじゃない、すきにさえ及ばない小さなゆらぎ。すきになるには不十分なくらい、わたしはあのひとのことをなにも知らない。知る術もない。
ただ、話し方とか言葉の選び方とか、笑い方とか歩き方とか、そういう何気ない仕草にそのひとの本質が滲み出ているような気がして、わたしはそういう言葉にできないあのひとが纏う空気や雰囲気に惹かれてしまう。

両手で抱える鉢の中では、蕾のままの花が揺れている。咲いたら苦しくなるのはわたしだから、枯れてほしいと願っている。それでも、いまは少しだけ大切なこの気持ちをわたしだけが抱えていたい。すぐには枯れず、ゆっくりとゆっくりと朽ちていってほしい。そのゆるやかな終わりに儚い美しさを感じてしまう。手に入らない美しさがあることに安心していたい。

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