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施しという優越感

こんばんは!光のひーちゃんです♬今日のテーマは施し。ひーはね、これあんまし好きじゃないの。これって「してあげてる感」がない?そこには優越感という欲望があるように思えてさ。そういう欲望って、物質である脳の本能であって、愛と光の魂とは程遠いんだよね。

「してあげたい」は欲望、「してあげるべき」は義務。なんかさ、純粋さがないよねー。でも「喜んでもらいたい」は愛と光そのものなんだよ。これは本能からくる欲望じゃなくて、魂の愛と光からくる欲求♬

純粋に喜んでもらいたくてするのは、施しじゃなくて愛と光そのもの。この場合は「してあげる」っていうより、「させてもらう」って感じかなぁ。させてもらえて嬉しいって気持ち。

日本は災害のとき、何もしないでいると気持ちが辛くなるから、こうして自分にできそうなことをさせてもらえて、それを受け入れてもらえてとても嬉しい、ありがたいって、たくさんの人がボランティアするでしょ。だから天界ではね、そういう人たちにたくさんの愛と光を届けているよ。

なかには、優越感や義務感でボランティアしてる人もいるだろうけど、純粋な愛と光の欲求でボランティアしている人が本当に多いよ。これってさ、NAK曰く、日本には「施し」というキリスト教文化がなくて、困ったときはお互いさまという精神の方が根強いからじゃないかな、だって。

NAKの言う通りなのかどうかはわからないけど、ひーちゃんだけでなく、天界の光たちはみんな、そんな日本人のボランティアが大好きだよ。

人間ってWINWINとか、見返りとか、交換条件とか、一つの事象ごとに考えるところがあるけど、買う・売る・物々交換、どれも一回ごとに条件が決まるものだよね。社会全体がそういうシステムで成り立ってて、なんかさ、型にはまってるというか、余裕がないというか、もっとひろーぉく考えればいいのになぁって、ひーちゃんなんかは思うわけ。ひとつひとつ決めていたら物事が複雑になるばっかでさ。気持ちも殺伐としちゃうよね。

天界にはお金なんてないけど、みんなそれぞれに仕事があって、お互いさまでやっていけてるよー。休みたいときはいくらでも休めるしさ、働きたいときはいくらでも働けるしさ、遊びたいときは遊びたい放題。あなたがこれしてくれるなら、私はこれをするわ、なんて交換条件ひとつもないよ。

みんな互いを喜ばせ合うことが大好きで、喜ばせた方も喜んだ方も嬉しくなっちゃって、一緒に喜び合うんだよ。自分ばっかりが貧乏くじ引いて大変、みたいに互いの働きを天秤にかける損得勘定もないしね。そもそも互いに喜ばせたいと思ってるから、損なんてないもん。

愛と光の魂が純粋になれば、人間社会も天界のような社会にどんどん変わっていけるはずだよ!まずは、施すという「してあげている感」からの脱却が第一歩なのかもしれないね。

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今日も光たちがたくさんの愛と光を送ります♬ 人間を取り巻く愛と光に反応する素粒子は、人類が誕生してからこっち、今が一番活発なのだ!光たちの愛と光は、NAKという物質を通すことで人間という物質に浸透しやすくなっているんだよ。人間に浸透しやすい愛と光の放出は、NAKが人間として生きている間、ずっと続くよ!

瞑想で自分の体に愛と光を浸透させてね。愛と光が浸透した体(物質)で、愛と光を生まれ持った魂は伸びやかになれるよ!

形式的な瞑想は必要ないよー。ベッドに横になってもいいし、マッサージチェアやリクライニングソファに持たれかかるのでもいい。なんならお風呂に浸かりながら目をつぶるのでもいいんだよ!大切なのはリラックスすること。

自分を取り巻く愛と光の素粒子が、体に浸透し循環し、己の魂と響き合うのを感じてね!

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