連載小説 魂の織りなす旅路#16/7年分の涙⑶
【7年分の涙⑶】
ある日のこと、彼女はマグカップを2つ用意して、僕に熱々のコーヒーを注いでくれた。コーヒーからほろ苦い、芳ばしい香りが漂ってくる。飲み慣れているはずのコーヒーの豊かな香りに驚いていると、どこからか小さな水音が聞こえてきた。
「この水の音、なんだろう?」
「湧水でしょう? 大学の敷地内に湧水が湧いているなんて素敵だよね。」
「湧水が湧いているの?」
「うん。ここから歩いてすぐのところ。緑に覆われているから、気づきにくいかもしれないけれど。私、ここでの読書は、この水音も気に入っているの。最高のBGMだと思わない?」
なぜ、今までこの水音に気づかずにいたんだろう。不思議に思いながら水音に耳を傾けた僕は、いつしか全身で周囲の音に聞き入っていた。湧水の音、風に揺らめく樹々のさざめき、大学図書館へ出入りする人の足音、ここからずっと離れたところにある、テニスコートでボールを打つ音。
熱々のコーヒーを一口すすると、喉から鼻に抜ける香りに心が震えた。僕の五感が開かれていく。木漏れ日が暖かく僕の肌にそっと触れた。僕の両目から涙が溢れ出す。次から次へとこぼれ落ちる涙を、僕は止めることができない。
彼女はそっと、僕の手にハンカチを握らせてくれた。僕は嗚咽を堪えるのをやめて、7年分の涙を流した。止まっていた僕の時間が流れ始める。僕は両腕で自分を抱きしめた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?