第21話『真夏の見張り台』

 夏の盛り、見張り台や城塞の物見台から見える不穏な光景をどう捉えるべきか。
 この時期は特に、見えたものが見えたままではないかもしれず、他の時期以上に注意が必要であるという言い伝えは、世界各地で、それぞれの土地の教訓を伴って伝えられています。
 夏、それと定められた日の前後に、王や族長が物見台にあがるという風習があったり、見張り台に限らず、その日、高い場所から見た事を他人に話してはならないという場合もあります。
 見えたものが見えたままではなくなるなら、自分たちが定かでないものになる場合もある。その様に考えられていたので、この日に戦をしかけようとすれば、不思議と攻め手が負けてしまうとも伝えられています。
 そのため、この言い伝えのある地方では、この日の付近に戦をしかける者も居ませんでした。
 兵を起こし、長い遠征をはじめた遊牧民が、夏のこの時期にある街に迫りました。
 記録にはただ、彼らが驚くほど若く見えて、本当に多くの街を攻め落として進撃してくる無情な遊牧民なのか信じられないとだけ残されていて、実際に戦がどうなったのかは定かではありませんが、街は無事だった様です。
 後に、兵が若く見えたという記録自体は、街に住まう人々と遊牧民たちとの時間の流れ方が違うため、必ずしも見張り台から見たせいではないという風に考えられる様にもなり、やがてはこの言い伝え自体が忘れ去られてしまいました。
 更に時代が進み、時間が流れる速度は誰にとっても一定と言って良いほどになりましたが、人が一生のうちに過ごす時間の速度というのは、今日に至っても、それなりに違いがあり、人と人とを隔てる壁のひとつとなっています。
 夏の見張り台から見える不穏な光景が、見たままではないかもしれないというのも、このことが影響しているのかもしれません。

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