第56話『記憶の街』
セルジューク・トルコの軍勢が、多くの塔の立ち並ぶその街を包囲したのは、麦の収穫を控えて、辺り一面が金色に輝いていた頃のことです。
街の長老たちは、どちらにせよ無事に収穫を終えさえすれば、貢納して見逃してもらうこともできるだろうと主張しましたが、それを喜ぶ若者は、一人も居ませんでした。
ただ、長老たちにはこの街にある塔のひとつひとつが、この様な包囲、占領、解放の記憶を全て宿していること、どんな形であれ、塔さえ残っていれば、何が変わっていこうと、街が本当に望まれていた形の記憶が残っているので、全ては簡単に元通りになることを伝えました。
この街の美しさや華やかさは、永遠に変わることがなく保存され、新たな王の支配が街の本質を変えることは無いと、長老たちは若者を説得したのです。
街の住人たちは、誰一人立ち向かうことなく血を流すことなくトルコの軍勢を受け入れましたが、長老たちが言うように、何かが損なわれる様なこともなかったそうです。
この街は長い年月の間に消えてしまいましたが今もどこかに記憶は残っており、野営をする旅人が、とても懐かしい、見たこともない我が家の夢を見て、何かをなくしてしまった様な、不思議な気分になることがあるそうです。
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