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タテコーさん

 中学三年生のタテコーは卓球部の休日練習があるので、体育館に向かった。こだわりの改造自転車にまたがって、ローリング走行で御機嫌にハンドルを振る。ロックを口ずさみつつ、川沿いの遊歩道を過ぎて、体育館が見えてきた。一所懸命練習するぞ!!とタテコーは思った。
 更衣室で体操着に着替えていると、卓球部の部員が数人で入ってきて、
「おいタテコー。なぜ、てめえは坊主頭が伸びきってるんだよ!!」
 と、タテコーにカマシ上げた。
 タテコーがボケ面のままで、返答せずに黙ってると、一人がタテコーの顔面を殴った。タテコーがうずくまり、数人で殴る蹴るの暴行を加えた。
「タテコー!!お前の家の隣に床屋があるのに、なぜ行かねえんだよ!!この野郎!!」
 タテコーは声を出さない。
 部員達はタテコーを囲み、「タテコーは髪の長さが中途半端だ」「タテコーを殺せ」などと口々にののしって、さらに後頭部を蹴ったり、バックドロップを食らわせたりした。
「駄目な野郎だ、こいつは!!」
 そんな捨てゼリフを吐いて、部員達は去った。
 タテコーは着替えを済ませると、体育館の卓球スペースに向かった。タテコーがそこに現れると、部員達はタテコーにラケットを投げつけたり、足を引っ掛けようとしたり、「消えろバカ野郎!!」と怒鳴り散らして、タテコーを攻撃した。ボケ切ったタテコーは、それを無視して、卓球台の前に立った。そして卓球の練習を始めようとしたら、
「コラ、タテコー!!お前何やってるんだ」
 と因縁をつけられた。タテコーが反応しないので頭をどついて、
「お前は上履きが汚いから駄目だ!!」
 と大声で部員が注意した。確かに、タテコーの上履きは黒ずんで非常に汚れていた。タテコー自身は、それを『カッコいい』と思っていた。部員達はタテコーを取り囲んで「この汚い上履きを脱げ!!」と言い、脱がせた上履きの臭いを嗅がせようとタテコーの顔に押しつけた。羽交い締めにされたタテコーは苦しがって逃げようとしたが逃げられず、悪臭に顔をしかめて、咳き込んだ。「咳き込んでるのか、この野郎!!お前の上履きだろ」と部員達に後頭部や腹を蹴られてうずくまった。
 一時間ほどで部活動は終わり、タテコーは家に帰ろうと自転車にまたがった。蛇行運転で広い道路の左端から右端までゆっくりと走行しながら、タテコーは舎弟達と何をして遊ぼうか考えていた。
 実は、タテコーは『はさま愚連隊』なる集団のリーダーであり、近隣のワルを束ねるカリスマだった。
 メンバーはヒコちゃん、チンクラ、モンゼンのまとめて四人で、いずれも名の知れた腕っぷしに自信を持つ四人である。
 タテコーは家の前に自転車を止めた。そして二階に上がって自分の部屋に入り、マイルドセブンを口にくわえて火を点けた。煙を天井に向かって吐き出して、自分をカッコいい不良と思い込むことにした。
 はさま愚連隊メンバーがタテコーの家に集まりだした。チンクラはビニール袋に口を突っ込んでシンナーを吸い、門前は自分の股間を触りながら、ボーッとしている。
 ヒコちゃんはタテコーに「俺もタバコ吸いたいッス」とせがんで、一本もらって吹かしてみた。ヒコちゃんは屁をこいて、「フフッ」と笑った。
 全員が顔を歪めて、ヒコちゃんを鬱陶しげに眺めていると、全く気にしない風のヒコちゃんは
「味薄いッスね、コレ」とタバコの感想をもらした。
「じゃあ吸うなよ。味の分からないヤツだな〜」
 タテコーはニヤニヤしてヒコちゃんにタバコの火を押しつけようとした。
 ヒコちゃんは、「ヒィッ」と言って体を離した。タテコーは爆笑してヒコちゃんのケツにタバコを押しつけた。スウェットパンツが黒く焦げて、ヒコちゃんは暗い表情を浮かべて「やめて下さいよ。タテコー君」と泣き言をぬかした。
 タテコーが「はさま愚連隊がこの程度で泣きをいれるんじゃねえ。罰として、誰かとケンカしてこい」とけしかけて、舎弟三人を外に追い払った。
 モンゼンが「よし!!お前と俺とでケンカするか」とチンクラを指差すと、チンクラはズボンとパンツを脱いで小便をモンゼンにかけようとした。
「汚ねえんだよ、てめえは」とモンゼンは蹴りを入れて、チンクラを追い込み、チンクラはしまいに号泣した。 
 外の様子を二階から見ていたタテコーは、くわえタバコで事の成り行きに注目した。
 チンクラがいつまで経っても泣きやまないので、モンゼンも困り果て、へたり込んだチンクラの後頭部を爪先で蹴り上げて、自転車に乗って帰った。
 チンクラは頭を押さえて身もだえた。どうしたら良いのか分からないヒコちゃんはタテコーに報告しようと、家の階段を駆け上がって「タテコー君、大変大変!!モンゼンがチンクラをやっつけちゃった。どうしよう」と聞いた。タテコーは一部始終を二階の窓から見ていたが、見ていなかったフリをして、「何かあったの?」とタバコを吹かしながら格好つけて聞き返した。
「やられちゃったんですよ、チンクラが!!」 
「誰に?」
「モンゼンがやっちゃった。モンゼン家に帰っちゃった」
 タテコーとヒコちゃんは外に出て、チンクラに駆け寄った。
 ヒコちゃんは何者かに鈍器で殴られて、気を失って、死んだ。
 それに気づかないタテコーは、チンクラに「お前だらしかねえぞコラァ!!根性見せろや!!やられたらやり返せ!!はさま愚連隊の恥になっちまうだろ!!早く立て!!モンゼンをとっ捕まえろよ!」と喝を入れた。その時点で、タテコーの部屋はタバコの火がじゅうたんに燃え移っていた。玄関の前に水の入ったポリタンクと、ガソリン入りタンクが置いてあった。
 タテコーは二階にの窓から煙が上がっているのが見えた。急いでガソリンタンクを担いで二階へ行き、それをぶち撒けて炎の勢いが強まった。
 外で倒れたままのチンクラは、何故かみずから家の火の中に飛び込んで焼け死んだ。
 タテコーはまわりを炎に包まれて逃げ場をなくしていた。天井裏から逃げようとしても手が届きそうにない。
「ほよよ?」
 タテコーは良いアイディアを考えるしかなかった。
 しかし、何も浮かばなかった。
 タテコーは『死』を悟った。
 タテコーは死ぬ前に、ハンバーガーを食べたいと思った。
「よだれが落ちそうだな〜」
 独り言をつぶやいて、なんとなく幸せな気分になった。
「俺は天下を取れると思ったけど、このまま焼け死ぬのかな」
 タテコーは、鼻クソをほじり、鼻血が吹き出た。
「俺は何もしていない!!俺が何かしたか!」
 いよいよ炎が十センチほどの距離まで近寄ってきた。
 あわてたタテコーは、床のエロ本を踏んで転倒した。
「ウソよねー!!」
 笑いながら叫んだ。
「ウソよねー!!」
 タテコーは笑いが止まらなくなり、お腹が痛くなった。
「アハハハハ。俺の人生何だったんだ、アハハーッ」
 炎は、カーテンにしがみつくタテコーに迫っていた。
 タテコーは、笑って泣いて二階から飛び降りて、死んだ。 


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