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バイトテロリスト

「おい、見てみろよこれ」
そう言って友達が見せてきたスマート端末には、コンビニの若い店員が、店のおでんで悪ふざけしている映像が表示されていた。
どこからどう見ても衛生上問題ありそうな事をやっていて、この悪ふざけに使われたおでんがもしそのまま売られていたら……と考えるとぞっとする。
「うわぁ……」
「こんなのネットに上げたら炎上するに決まってるのにな。世の中アホな奴がいるもんだ」
「ほんとになぁ……」
流行りの写真投稿サイトで、身内向けのつもりで公開したものが流出したらしい。
まあ、このテの流出ネタはこれまでにも何度もあったし、正直「ああ、またか」くらいの感想しかない。

ネットでは早速、どこの店の誰がやったのかと犯人探しが始まっていた。
店のほうはあっさり判明したようで、すぐに店舗名と一緒に「最低」「もうこの店は使わんわ」「クレーム入れた」なんていうメッセージがタイムラインを埋めていく。
悪事を働いた店員についても、その店の近隣に住む人からの情報が着々と集まってきている。特定も時間の問題だろう。

ああ、また一人の若者が個人情報を晒されて攻撃されたり、企業側が謝罪したり、いつもの流れになるんだろうな。全くご愁傷様だ。

……なんて事を思っていたら。
そこからがいつもの騒動と違った。
コンビニチェーンの企業が、「調査の結果、そのような事実はございません」というプレスリリースを発表したのだ。

(え、このタイミングでこんなものを発表したら……)
案の定、このプレスリリースは騒動の火に油を注ぐこととなった。

「うわ隠蔽体質かよ最低」「そんな事実はない、ってw 明らかにお宅の店舗ですやんwwww」「全てなかったことにするクソ企業の鑑」「どうせ現場はブラックなんやろな」「めっちゃクレームの電話入れたったわ」「もう二度と使わんわこんなクソコンビニ」

そんな罵詈雑言がタイムラインに溢れていく。
色々なネットメディアでも、このコンビニチェーンについて様々な黒い噂などを交えつつ、ある事ない事書き放題だ。

さてこうなってくると、犯人探しにも熱が入るというもの。
正義感に駆られたネットユーザを始め、様々な人が犯人の特定に躍起になり、情報提供を呼びかけるメッセージがタイムラインに溢れていった。

ところが、だ。
どれだけ調べても、どれほど情報を集めても、そのバカな行為をした本人は特定できなかった。

当の店舗に行ったことのある近隣住人からもたくさんの情報が集まったが、誰一人として動画に登場した店員を見たことがないと言う。
その他、周辺の監視カメラだのなんだの、考えられるあらゆる手段で調べてみても、動画に映っている若者が、その店や店の周囲にいた形跡がまるで見つからない。

「え、これってもしかして……」「コンビニ側の言い分が正解ってこと?」

だんだんタイムラインの空気が変わっていく。

「フェイク動画ってやつ?」「非実在コンビニ店員マジか」「フェイクかよ」「フェイク店員わろた」

そう、流出した動画はどうやら最新の機械学習の技術を使って作られた、フェイク動画だったらしいのだ。

その事が判明すると、あっという間にタイムラインの空気が変わった。

「ごめんなさい案件だこれ」「正直スマンカッタ」「デマに踊らされた連中乙」「つかマスゴミは裏取りせずに報道したの?」「深刻ヅラしてたコメンテーターさん今どんな気持ち? ねぇ今どんな気持ち?」

フェイクに騙され踊らされた腹いせもあるのだろう。コンビニチェーンに向けられていた怒りの矛先が、次第にフェイク動画を広めた人々に切り替わっていく。

今回の事件を面白がって取り上げた有名メディアや、動画について言及していた有名人のアカウントなどが次々と謝罪を求められ、閉鎖に追い込まれた。

さらには今回の事で迷惑を被ったコンビニチェーンが、嘘の情報を広めたメディアや悪質なクレームを行った個人に対して、信用毀損や業務妨害の訴えを起こす事を検討している事が伝わると、その後方支援もあり、「こんなクレーム入れたった」などと動画や音声を公開していた個人など、たくさんのアカウントが攻撃され、その多くが凍結されたり閉鎖されたりした。

その一方で、コンビニチェーンに対しては皆が「ごめんなさい」の意味で買い物しに行ったり、そのコンビニに関わる良い思い出エピソードを広める企画がネットで盛り上がったりして、信頼を取り戻すどころか以前よりもずっと好意的な声がネットに増えていった。

(こんな事もあるんだなぁ……)

僕は不用意に動画などをシェアしないように気をつけよう、と胸に誓った。


◆ ◆ ◆


一方その頃、今回の騒動の中心になったコンビニチェーン本社の会議室では、恰幅のいい男とどこか抜け目のなさそうな男が話し合っていた。

「提案を受けた時はさすがにどうかと思ったが、ここまでうまくいくとはな」
「ええ、予想以上です」
「害にしかならないクレーマーのアカウントも減ったようだし」
「質の低いメディアへの広告出稿も気持ちよく取りやめにできました。他社さんも追随するって話もあるので、悪質なメディア自体が減るかもしれませんね」
「商売もしやすくなって、うちの信頼や売上も上がって万々歳だな」
「いやほんとに」

「しかしまあなんというか……未熟な若者がアホな事をするなんていうのは至極当然の事で、そんな事で大騒ぎするほうがどうかしとるよ」
「まったくです」

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