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#04 泣き虫

「泣きましたか?」そんな問いかけに「全然。」と答えるも、他の誰よりも泣いていた自分。本当は嬉しい涙だから泣いても良いのですが、人に「泣きました。」と言うのは恥ずかしいから「全然。」なんて言った自分。

年々と涙もろくなっている気がします。涙を流すまではいかなくとも、なんと表現するだろう?目頭が熱くなる。胸が熱くなる。うるっとくる。「感動」した時に使われる言葉。嬉しかったり。そんな涙であればいくらでも流して良いのでしょう。やはり人には言いませんが。

一方では残念だったり、悔しかったり、口惜しかったり。そんな涙。悔し涙と言われる涙。悔しいと思う気持ちは自分を次のステージへと導いてくれる涙。一人で流す涙。

涙に沈む。悲しみに暮れてしまい泣いてしまう。とても辛い事に出会ってしまった時。自分でどうしようも出来ない時。出来れば流したくない涙。
出来るのであれば嬉しい事や感動して涙を流したいものです。

自分が流す涙。どんな場面でどんな事に出会って嬉しかったり、辛かったり、悲しかったり。自分ではどんな事で泣いていたのだろうか?感情を表にあまり出さないので、人前では泣かないね。と言われたりもするけれどそんな事はないです。

大学生の頃。大好きな女性がいて、その当時は「世の中の女性とはその人の事だ。」と真剣に思っていた時期がありました。シェイクスピアには申し訳ないが「恋は盲目。」。気が付いたらまさに言葉通り。ネガティブは無く、ポジティブしかない自分。彼女こそが自分の全てだと思っていたけれども所詮は片想い。「片想いでも彼女の事が好きであれば。」そう言い聞かせる様になり。言い聞かせるという事はギャップを生むことになり、苦しみ何度も泣いた事も。辛かったな。痛かったな。励まされるとより辛かったな。月日が過ぎた後、思いました。すべてを人のせいにし、ただ自分を正当化させたかった。彼女の事が好きな自分は間違っていない。と。そう思う自分を肯定し、悪いのは自分以外だと。彼女と過ごした日々は嬉しい涙もあったけれども、同じくらい辛い涙があったな。

社会人になって。仕事上で失敗する事はなく比較的要領が良かった自分。結果を出しても、出さなくても。結果にはあまり固執せず淡々と与えられた仕事と目標をこなしていく自分。良い結果もないけれども悪い結果もない。社風的に良い結果を出さずとも、悪い結果が無ければ良く見られる社風。当時の上司にはそれなりに良い評価をされていた気がします。それは周りも同じ。差し障りのない人たちが集まり、無言で淡々と過ぎていく日々。悪い事があれば目立ち噂になる。その期間は長く続きました。そんな日々もある人の出現で空気は一変。稼ぐ人も稼がない人も筋が通っていなければ一刀両断。ならぬものはならぬ。そんな人が現れ、そこで初めてドラマにありそうな熱血サラリーマン生活が開始。いいだけ経験を積んだ後にそんな事になるので、最初はしんどかったですが。逆らう事もなく言われるがままに進める日々。長くなるので省きますが、目標をクリアできず自分から頭を下げに行くも泣き出した自分。目標を達成できないって恥ずかしいし、悔しいし。そんな涙も。熱血の波は私も熱血に変えていったのです。

色んな涙がある。

絶望で出口が見えなく苦しく、ただただ泣く事しか出来ない日々。苦しいのは自分だけ。自分を責めるから涙は止まらず流れ続ける。たくさん涙を流して来たけれども、きっとこれからもこんな場面に出くわす事があるのだろう。辛く、苦しいトンネルに入り込む事がきっと待ち受けているのだろう。あの時どうだったかな?その時どうだったかな?今まで流して来た涙は自分から溢れ出たもの。そして一つだけ言える確かな事。沢山の涙が自分を成長させてくれた。

嬉しい涙もある。出会や別れ。成長や人の言葉、行動。自分にないものに出会った時に胸を打つ感動の涙。

「泣き虫。」最大の褒め言葉ですよ。

おかげで自分は成長する事が出来ました。
これからも涙を流す場面あります。泣いて成長します。

嬉しければ素直に喜び。
悲しければ共に悲しみ。
辛ければ共に歩み。

泣き虫な自分を大切にしていきます。

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