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2016年90冊目『空から降ってきた男』


毎日新聞の外信部長の小倉孝保さんと言う方が書かれたノンフィクションです。

2012年9月9日ロンドン郊外の住宅地でひとりの黒人青年の死体が見つかりました。

所持品はわずかな現金と携帯電話そしてSIMカード。
そのデータに残された記録で、事件の真相に迫ります。

若者は「密航しようとして、ヒースロー行きの飛行機の車輪の格納庫に隠れていて、そこから墜落した」のでした。

ちなみに、1947年以降、この方法を試みた者は全世界で96人いて、23人は生きて見つかったそうです。驚きです。

彼の名はジョゼ・マタダ、26歳。
モザンビーク出身の庭師。

身元の確認はスイスのジュネーブに住むジェシカ・ハントという白人イスラム教徒の女性が行いました。

SIMカードには彼女への通信記録が残されていたからです。
著者は、取材を続け、1年後彼女のインタビューに成功します。

現在ガンビア人の黒人男性と結婚し、幼い子供がいるジェシカは数奇な運命を背負っていました。

カメルーンの大富豪と出会って2年で22歳で結婚し、イスラム教へ改宗。
しかし、大富豪一族はジェシカを財産狙いだと決めつけいじめ抜くのです。
最初は味方だった夫も、やがて家族の側につくようになり、彼女を監視する使用人を周りに置くようになります。

孤独感を募らせたジェシカの前に、現れたのが後に飛行機から墜落したジョゼ・マタダだったのです。

2人の関係をうたがう夫の暴力に耐えきれず、ジェシカはジョゼを伴って逃亡します。

いつかヨーロッパに渡り、二人で自由な生活をおくることを夢見ていまし
た。

しかし、ジョゼにはパスポートを取る手段も金もありません。
彼は出生届がなかったので、戸籍すらないのです。

出生届を手に入れたり、パスポートを手に入れるためには、役人にわいろを払わないといけません。

しかし、ことごとく騙されるのです。
弱者が更に弱者から搾取する構造です。

生活に困窮したジェシカは実母を頼ってジュネーブに戻ります。
しかし、距離は残酷でした。
ジェシカは別の恋におち、結婚し、妊娠したという報告をジョゼに伝えます。

焦ったジョゼが取った方法が飛行機の車輪の格納庫に入って密入国するという手段だったのです。

地上1万メートル、気温マイナス50℃のなか薄い洋服一枚のジョゼは何を考えていたのでしょう。

ここまでが、著者のジェシカへのインタビューでわかったことです。

しかしここからがさらに、読みどころとなります。

ジョゼ・マタダとはどういう男なのか。彼が望んだことは何なのか。

著者はジョゼの出生地モザンビークの辺鄙な村に向かい、兄、母、村の人々にインタビューをします。

モザンビークでは、ポルトガルからの独立時と内戦において大量殺戮がありました。

教育もなく、産業もない村の家族を養うためには、出稼ぎに行き、裕福な黒人のもと住み込むしかなかったのです。

兄弟たちは、魚を取って、日々のなんとか暮らしていて、ジョゼの仕送りを頼りにしていたのです。

アフリカで魂を解放したいと考えていた白人女性と、裕福さを知ってしまった黒人男性が、出会ってしまったのが、ジョゼの悲劇だったのかもしれません。

田舎にいたら貧しさに気づきません。
しかし都会に出てきて、更に白人世界を知り、文明に触れたことで、自分もこの奴隷のような生活から脱出したいと考えたのです。

しかし、現実は彼に味方してくれませんでした。
そして、一族もジョゼからの仕送りが途切れ、貧窮を極めていました。

奴隷制度は無くなりました。
しかし厳然として貧富の差は広がり、生活水準の格差は埋めようもない現実があります。

最後に、ロンドンで埋葬されたジョゼの遺体を故郷に移送する話が持ち上がります。

150万以上の見積もりです。

イギリスもモザンビークも金を出す根拠がありません。

著者が日本企業に掛け合いましたが、どこもOKが出ません。

最後にノルウェーの会社が人道的立場から社名を出さないという約束で、そのコストを負担し、村で埋葬されます。

極貧の村が嫌で、ヨーロッパを目指した彼がその村で眠っています。
色々なことを考えさせられた本です。


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