ハイエナに会いに行く。~ハンピ~ゴア#2~
出発予定時刻の1時間半遅れでゴア行きの列車が到着した。
待たされる時間も長すぎるが、それと同じくらい列車も長かった。
先頭の車両から20ほどの車両が連結していて、一番後ろの車両にたどり着くには家からコンビニまでの距離と同じぐらいだ。
高校を卒業し、初めて東京に来てまず驚いたのが、人の多さとビルの高さと電車の長さだった
しかし、インドの列車の長さは東京の倍以上である。
長いだけなら何も問題ない、問題なのは車両番号が不規則な並びになっていることだ
僕は列車が到着して停止するまでの間、列車の長さに圧倒されながらも、必死で車両番号を目で追った
しかしどこにも自分のチケットに記されている車両番号が見当たらないのだ。
僕は一番先頭の車両から順番に見て行こうと先頭の方まで走っていき、そこからひとつづつ車両番号を確認して歩いた
しかし、半分まで来たところで列車は出発の合図とともにゆっくりと走り出した
仕方がなく列車に飛び乗り、またそこから後方に向かって車両を確認して歩いた。
あるところまで行くと連結しているドアの部分にシャッターが下ろされていて、そこから先はいけないようになっていた
僕は何を勘違いしたのかこれが最後部の車両だと思い、うんざりしながらも来た通路を引き返しもう一度一番先頭の車両まで戻ることにした
どこかで見落としているのかもしれないという不安があったのだ。
なにせインドの列車は人が多くその上狭い通路を横歩きになって進まなければならない
途中、僕の背負っているバックパックにぶら下げている靴が乗客に当たり怒らせてしまっていた。
車両番号を確認することに専念できるほど慣れていなかったのだ
もう一度引き返している途中、半分まで来たあたりで運よく車掌に遭遇し自分の持っているチケットを見せ僕の席はどこにあるのかと聞いた
すると車掌は一番後方の車両だという
しかし、僕はさっきシャッターの下りた一番後方の車両まで行きそこではないと確認していた。
一番後ろの車両ではないはずだと主張すると
俺はこの列車の車掌だぞ、お前はただの乗客だ!
と怒鳴られた。
僕は仕方なしにまた後ろの車両まで戻ることにしたが、どうもこの車掌を信じる気になれなかった。
僕があまりにも不満そうな顔をしていたのか、乗客のインド人の男の一人が「どうかしたのか?」と尋ねてきた
僕は「この席が見当たらないのだ」と言うと
そのインド人は僕のチケットを確認し「この席はあっちだ」と先頭の方の車両を指さした
僕はうなだれるように「まじか」と独り言を呟いた。
車掌の言う後方とこの男の言う先方とどちらを信じればいいのかわからなかったが、僕も先頭の方の車両にこの席があるような気がしてまた引き返して先頭の車両に目的を変えた
その時点で僕の頭はこんがらがっていて、キャパを超えていた。
とにかくもうどこでもいいから座りたい気分だったが、どこもいっぱいで座れる席などあるはずもなかった。
しばらく行くと車両の連結部に座り、ステップに足をかけ煙草を吸っている白人女性が目についた
その女性がおもむろに立ち上がり僕の前に立ちはだかるようにして行く手を遮った
僕は思わずチッと舌打ちしてしまった。
舌打ちした後にやばいと思ったが、その女性に聞こえたようでソーリーと言って道を開けた
その女性は僕がいることに気付かなかったようだった
当然彼女に非はない、しかし僕は何も言わず立ち去ろうとした
すると彼女は後ろから僕の肩に手をやりもう一度ソーリーと謝った
僕はふと大人の男がやることではない行動をとってしまったことに気が付いた
僕は振り返り彼女にソーリーといった
彼女はいいのよと言い、煙草を一本僕に差し出した
僕は煙草は数年前に止めていたが一息つくのも悪くないと一本もらうことにした。
彼女が火をつけてくれ、僕は久しぶりの煙を肺に入れた
頭がぼーっとした、いわゆるヤニクラというやつだ。
一服入れることで、さっきの子供のような態度を取ってしまったことを改めて恥じた
彼女はイギリス人で旅をしにインドに来ているらしい
僕より年下のように見えたが、精神年齢は明らかに僕よりも上だった。
煙草を吸い終わると礼とさっきの態度を詫び、再び先頭車両の方に歩いた。
するとすぐにさっきの車掌と出くわした
車掌は僕の顔を見ると、眉間にしわを寄せ、なぜおまえがここにいるんだ?
と尋ねた
僕は向こうの乗客がこの席はあっちだと言ったからあっちに行っていると指で先頭の方を示しながら答えた
すると、車掌は鬼の形相で
俺はここの車掌だ、なぜ車掌の言うことを聞かないで、客の言うことを聞く、俺があっちと言えばあっちなのだ!
と言うようなことをまくし立てた
僕はなぜここまで言われなければならないのかと腹が立ってきたが英語がわからないのと、さっき彼女に大人げない態度を取ってしまったことからの教訓で歯を食いしばり車掌の言う後方の車両に再び目的を変えた。
その途中イギリス人女性とすれ違い、さっきの車掌とのやり取りを見ていたのか、あの車掌のことを汚い言葉で罵った。
どこか少し救われたような気がしたと同時に彼女は僕のためにあえて汚い言葉で罵ったことも分かった。
僕は彼女にうなずき、さよならを言い、それから後方の車両までたどり着いた
やはりシャッターが下りていて向こうに車両が連結しているのかわからなかった
僕は恐る恐る連結部分から外に顔を出し確認した
するとシャッターの向こうに三両ほど車両が連なっていた
僕は勝手にシャッターが下りているイコール最後部の車両と勘違いしていたのだ
なんとも馬鹿馬鹿しい時間と労力を費やしたものだ、最初からあの車掌の言うことを聞いていればこんなにも長い車両を行ったり来たりしなくてよかったのだ
あの車掌の顔が頭に浮かんだ。
そして、この席はあっちだと先頭の方を示した乗客のいい加減さに苦笑した。
そりゃ、あの車掌も怒るよなと反省した。
列車が途中の駅で停車し、僕はすぐさま最後部の車両に飛び乗り、自分の席を見つけると、そこには白いランニングを着たおじさんが寝ていた。
一瞬、また違うのか、と思ったが
もう一度座席番号とチケットを見比べてそこが僕の席であること確認し、僕はそのおじさんを起こした。
ようやく自分の席でゆっくりできるのだと思うと緊張していた糸が一気に緩んでどっと疲れが降ってきた。
もうインドの長距離列車はなるべくなら乗りたくないものである。
つづく
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