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ミーティングポイントのための創作リサーチ 岡田利規氏と自転車で中之島を巡りました

チェルフィッチュ主宰の作家・岡田利規さんが中之島でリサーチ・取材を行い、新たな物語を創作するプロジェクトが進んでいます。岡田さんによるテキストは、中之島13か所に設置した「ミーティングポイント」でのみ読める形で展開されることになり、中之島ならではのオリジナルな物語が期待されています。

2023年9月のある日、2年ぶりに中之島を訪れた岡田さんは、1日かけて中之島とその界隈を自転車で巡りました。そこで見たもの、気づいたこと、思いがけず遭遇した出来事。この先、執筆される岡田さんの作品にどんなことが反映されるのかはまだわかりませんが、自転車で駆け巡ったこの日のレポートをここに公開いたします。

中之島の外から中之島を見てみる

今回のリサーチの目的は、複数の視座から中之島を見ること。たとえば、中之島に通じる川沿いを走ってみたり、距離をとって外側から中之島を感じてみたり、ビルの高層階や屋上から眺めたり、地下の公共空間を訪ねてみたり。中之島がふたつの川(大川から分かれた堂島川と土佐堀川)にはさまれた“島”であることをより強く体感するとともに、周りの土地とのつながりからも、なにか創作のヒントが見出だせるはず、との目論見がありました。

最初に訪ねたのは、特別に許可をいただいて、天満橋にあるOMMビル21階の屋上庭園。かつて展望レストランがありましたが、今は入居テナントがなく、庭園の一角にある遊具施設を地下の保育施設が利用しているだけなのだそう。
OMMビルからは、中之島公園 東端の剣先にある噴水、バラ園、そして大阪市中央公会堂が一直線に望めます。「こうやって見ると、公会堂には”顔”がある。ちゃんとこっちを向いているから、自然に目がいきますね。今どきのビルにはファサードという概念があまりなかったりするけど」と岡田さん。中央公会堂とその後ろの大阪市役所、日本銀行、中之島フェスティバルタワーまで、平行に整列するような建物がだんだんと高層になっていくのもあって、その先頭に位置する中央公会堂は、まさに中之島の顔のよう。OMMビル屋上からは大阪城天守閣も間近に望め、大阪中心部の地理と歴史を把握するには最適でした。

OMMビルから今度は大川沿いを自転車で走りました。左岸にある藤田美術館と藤田邸跡公園、砂浜(ふれあいの水辺)をすぎ、源八橋から対岸へ渡って、右岸の帝国ホテル前を通って中之島へと戻るコース。その道中、大川を激走する水上バイクの大集団を目撃することに。その数、20台以上。平日の静かな川辺での突然のスペクタクルに、「これはスゴい」と岡田さんも思わず写真を撮影。川がいろんな出来事を引き起こす”道”であることがよくわかる一幕でした。
 
大川右岸でもうひとつ岡田さんが興味を持ったのは、「将基島 粗朶水制」の跡。将基島は、中之島より上流の、網島から天満橋にかけて築かれた人工の半島で、水害を防ぐ堤の役割を担っていました。現在では忘れられかけた、この界隈の水害と治水の歴史。どこか岡田さんには引っかかるところがあったよう。大川右岸には、淀川三十石船舟歌碑、天満の子守唄碑、天満青物市場跡のような石碑が多く、さらに天神橋のたもとには風格ある橋名板も。これが明治21年もの鋳鉄製で、目を凝らせば川の周りには、歴史の痕跡が数多く見られました。


歴史のイフを想像してみること

大阪市中央公会堂の地下にあるレストランで昼食休憩をとった後、公会堂の様々な史料を紹介する展示室へ。岡田さんがここを訪れるのは2度目。建設のために巨額のお金を寄付するも、最終的には公会堂の完成を目にすることがなかった岩本栄之助の生涯をあらためて確認すると、「これはやっぱり岩本栄之助、くやしいでしょ。草葉の陰から彼が見てるような話にするかな」と岡田さん。
他にも、コンペで負けて建てられることはなかった、伊東忠太や武田五一らの公会堂の設計案とそのCG画像の展示なども、岡田さんは熱心に見学していました。もしもこっちの設計案が採用されていたら…歴史のイフを想像することが、物語のきっかけを生むのかもしれません。

公会堂から再び中之島の外側へ。栴檀木橋を渡って適塾を訪ねました。オフィスビル群のど真ん中、奇跡的にと言いたくなるような環境に今も残された江戸期の町家建築に入ると、幕末にタイムスリップしたような空間が。たとえば、その名も“ヅーフ部屋”という聞き慣れない言葉は、オランダ商館長ヅーフがつくった蘭和辞書「ヅーフ・ハルマ」から。先に見た「将基島 粗朶水制跡」を築いたのも、デ・レーケら3人のオランダ人技師だったことを思えば、中之島とオランダ人の縁が浮かび上がってくるようです。また、適塾館内には、適塾生たちの名簿も。「ほんとに全国津々浦々から来てますね。しかも、みんな男だ」。当時、優秀な人から建物内のいい場所を陣取ったとのことで、ある時代にあった学問への熱気がひそやかな町家に今も息づくようでした。

その後、中之島に戻って大江橋駅へ。ちょうど日本銀行大阪支店の地下に位置する駅ですが、2008年の中之島線開業時にあった商業施設も今はすべてのテナントが撤退。都心部のエアポケットのような場所になっています。「まだ昼なのに人がいなくて、お店も開いてないから、まるで始発時間か終電前みたい。ちょっと時間感覚がおかしくなりますね」と岡田さん。アートエリアB1のあるなにわ橋駅にも、同じくエアポケットのような地下駐輪場があり、あわせて何かの物語を構想することもできそうです。


適塾とオランダを引き寄せている!?

地上に戻って中之島フェスティバルタワーへ。フェスティバルホールへと続く、赤絨毯の大階段付近からして、先ほどまでいた地下駅とは対照的なほどの賑わいです。さらに、シースルーエレベーターで12階まで登れば、16~36階のオフィスフロアで働くひと達に混じって利用できるカフェテリアがあって、オフィスワーカーたちの活気が直に感じられます。「1階にあるミーティングポイントでテキストを読んだ人が、このあたりの上階まで上がってみたくなる状況をつくれたら面白いかもしれないね」。

つづいて訪れた大阪中之島美術館は、展覧会は開催していませんでしたが、それでも1~2階には入館でき、大阪観光で訪れる方も少なくないよう。特徴的な構造の美術館ではありますが、岡田さんの関心は、むしろブラックキューブな外観に。「まだこの建物が工事中だった頃、どんな風にこれが見えていたのか。ある日突然、この真っ黒な箱が姿を見せたのかとか、開館前の状況をもっと知りたいですね」。
隣接する国立国際美術館を見ながら、大阪市立科学館にも足を運びました。科学館の正面玄関を出たあたりからは、真っ黒な大阪中之島美術館、竹をイメージしたという国立国際美術館の地上部オブジェが間近に見えます。ふたつの美術館と科学館の3つの文化施設が隣り合う、この立地環境から発想してみたいと岡田さん。「これはもう三部作だね。3つの場所でつながる話を…書けるかどうか(笑)」。

大阪中之島美術館の西隣りの大阪大学中之島センターは、今年4月に改修されたばかり。2階にカフェ、3~4階にはギャラリーやスタジオを含むアートスクエア、10階にはホールがあり、各フロアを見てまわりました。ここで岡田さんが目を向けたのが、2階へ上がる階段の壁面に展示された、森村泰昌の作品「適塾の集い」。「レンブラントの作品をもとにした構図になってますね。オランダつながりだ。塾生に扮してるのは…大阪大学の学生たちか。これはいい作品ですね。この作品をアテにして何か書けそうな気がします」。カフェには70年の大阪万博で展示されたという四谷シモンの作品も展示されるなど、大阪の歴史にも接続した空間になっていました。


川をより近くに感じられる場所

午前から夕方まで、駆け足とはいえ数多くのスポット施設を巡り、中之島の外へ、内へと自転車を走らせ、建物の上層階へ、地下へと足を運ぶことを繰り返して、「いや、もう何も考えられなくなってきたよ」と岡田さん。
日没前に到着したのは、グランキューブ大阪の愛称を持つ大阪府立国際会議場。大きな吹き抜けになったエントランスホール横の大きな広場では毎夏、盆踊り大会が開かれ、災害時は避難場所にもなるといった説明も受けながら、最上階のさらに上、100段の階段を登った先にある、屋上ヘリポートを特別に見学しました。ちょうど時間は夕暮れどき、赤いビル灯が点滅を始めて、梅田のビル群の向こうには淀川、東を見ればビルの合間から大阪城が垣間見えて、「今日1日の出来事が走馬灯のようによみがえりますね。これだけ肉体を酷使するのも久しぶりだった…」。キューブのようになった特別会議場の真上に位置するヘリポートは、イケフェス大阪(生きた建築ミュージアム大阪)などの特別な機会に公開しているそうです。

地上階まで降りた後は、グランキューブ大阪から連絡通路で接続したリーガロイヤルホテルの館内を見学。そして、ようやく岡田さんが宿泊するグラフ ポーチへと戻りました。grafが運営するグラフ ポーチでは企画展を開催中で、会場にはまだ観覧者の姿も。岡田さんの宿泊する奥の寝室へは立ち入れない形になっていますが、宿泊施設だけど部屋の外には一般観覧者がいるというこの状況と、川をとても近くに感じられる建物のつくりが岡田さんにとってとても過ごしやすかったそうで、「次来るときにはここに籠もって話を書けたらいいですね。気になるディテールが出てきても、すぐに自転車でどこでも確認に行けますから」とのこと。
 
夜は、淀屋橋の川べりで100年以上営業を続けるという船上の店、かき広へ。奥の座席を借り切って、grafの服部滋樹さんらも合流。市役所の灯りが反射した土佐堀川の水面は、窓から手を伸ばせばすぐそこに。中之島リサーチの終着点にふさわしい店でした。「全ミーティングポイントを巡った人には、グラフポーチからこの店まで服部さんが漕ぐ船で送迎してくれたら最高ですね」なんて軽口も飛びだしました。

この日の経験も踏まえながらさらにリサーチを重ね、ミーティングポイント13か所で読むことのできる岡田利規さんによる物語は来年度には執筆予定。地下から高層階までさまざまに変化する都市空間を移動しながら、読者が立つその場所を舞台に立ち上がってくる物語となりそうです。

文:竹内厚

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