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モラハラ男子の話

君は僕が付き合った人の中で一番かっこよかったよ。着ているものも、住んでいる部屋も、仕事も、友達も、頭の上から足の先までいつも完璧だったね。僕は君が不完全なところを見たことがなかったよ。一方君はいつも僕の不完全さに不満げだったよね。イライラさせてごめんね。

友達が見せてくれたGrindrをやりたくて、新宿の東口の、ロッテリアの隣にあるソフトバンクショップで僕はiPhone3GSを買ったんだ。

僕は妹と2人兄弟で、北海道で生まれて、北海道で育って、そのまま北大でコンクリート建築を勉強して、プレキャストコンクリートに強い建設会社に入社して、京王線の中河原にある、電熱コンロキッチンの1K独身寮で一人暮らしを始めたんだ。

ゲイ活動を始めたのは21の時で、その頃からすすきののゲイバーや北大のゲイサークルに顔を出したりしていたんだ。87年回で友達になった子がGrindrを見せてくれて、ボロボロでプッシュオープンが壊れたP900iをiPhoneにして、東京を楽しみたくてちょっとやんちゃしてみようと思ったんだ。

同期と七里ヶ浜に行った時撮ってもらった海パンの写真を載せて、僕はメッセが来るのを楽しみにしていたんだ。だけどフタを開けると距離的に福生あたりに住んでるんだろう外国人や、やたら色黒なおじさんばかりだったんだ。僕はGrindr以外は全くもって使いづらいはじめてのスマホにイライラし始めていたんだ。

君からメッセが来た。「はじめまして!爽やかですね」君は短髪で、ちょっと色黒で、目鼻立ちがはっきりしていて、歯並びがよくて、今考えたら僕にメッセをくれるような人じゃなかったよね。冷やかしだろう、そう思いつつ返事をしたら、君はふざけず真面目に返してくれたよね。

僕らは御苑のラボエムでランチすることになったよね。写真の通り君はかっこよくて、Theoryの白シャツに黒いスキニー、サンローランの底が高いブーツを履いて来たよね。アスパラとホタテのパスタを食べながら、「そのボーダーかわいいね」と、僕のカットソーを褒めてくれたよね。

お洒落なイケメンに褒められて、僕はいい気持ちになったよね。そのあと何度か会って、君は僕の部屋に行きたいって言ってくれたよね。社宅だからって断ったけど、僕は押しに負けて人目を避けて君を部屋に連れて行ったね。

いい雰囲気になって、僕は君の魅力に欲が勝たなくて手を握ろうとしたら、「俺のこと好きって思った?」って聞いてくれたよね。うんって答えて僕は君にキスをしたよね。この日から僕は、君のことを彼氏だと思って、ひとりで勝手に君を好きになっていったんだ。

君は下北沢に住んでいたね。リネア建築企画が設計した、白い壁にシルバーのドアが光る、吹き抜けと大きな窓が気持ちいいメゾネットの部屋。1枚板のデスクにiMacとペンタブが置いてあって、よく持ち帰った仕事をしていたよね。僕は君が仕事をする背中が好きだった。僕でも知ってるハイブランドのWebページを頑張って作っていたのを知っているし、ページがリリースされた日のとても嬉しそうな顔を今でも覚えてるよ。

君は僕に一方向の愛を注ぐ、ちょっと変わったセックスをしたよね。僕がしゃぶって、君は僕に入れて、検査行ってるから大丈夫が口癖で、ゴムはしてくれなくて、シャワーは別々だったよね。僕はいつもイケなくて、シャワーの時にこっそりしごいて抜いてたんだ。

君はキャリアアップのため、夜専門学校に通い出したよね。学費でお金がない、お金がないって言ってたよね。二人でトラジに行って、僕がおごったよね。二人でディズニーシーに行って、僕がチケットとお昼代出したよね。

服がダサいって言われて、僕はPLAYコムデギャルソンのTシャツを買ったんだ。サルバトーレ行った時にもお金がないって言われて、今月厳しいからって言ったら、帰り道口聞いてくれなくなったよね。

君はよく怒るようになったね。僕が大雨の中濡れて帰ると、僕が歩く後ろをついてタオルで床を拭いたよね。朝君より遅く起きると、僕のことを無視したよね。仕事帰りに友達と飲んだ話をすると「俺は学費で苦労してるのにお前ばっかり」って不機嫌になったよね。その度僕はごめんねと繰り返したよね。

給料日に5万円下ろして財布に入れて、僕は君の家に泊まった日があったんだ。次の日京王ストアで買い物して、財布を開けたら2万しか入ってなかったんだ。僕は君を疑いたくなかったけど、他に理由がなくて君に電話したんだ。泥棒とは付き合えない、別れてほしいと伝えたんだ。

その後、夜家で日曜劇場を見ていたらインターホンが鳴ったんだ。出ても無言で、ドアスコープを覗いたら社宅の廊下に君がいたんだ。僕はドアを開けて、「見られちゃうから入って」そう言って君を上げたんだ。外は雨が降っていて、君は乱暴にさしてきたビニールじゃない傘を、玄関に放り投げたよね。

部屋に入ると君は、僕をベッドに力ずくで押し倒したよね。僕のことを好きと言いながらキスをしたよね。僕は嫌がったけど反応しちゃって、君は唾で適当に濡らして痛がる僕にやっぱり生で入れたよね。

僕はお金を取られて、冷たくされて、痛い目にあって、すごく悲しかったんだよ。だけど明るくてかっこよくてスタイリッシュな君が言うことはいつも正しいと思って、僕はいつか自分が悲しいことに気づかなくなってしまったんだ。いつも自分が悪いと、自分を責めるようになったんだ。

定期を解約して、君と釣り合うように服も買って、セックスの度トイレットペーパーに血がつくのも我慢してたけど、僕はもう限界なんだ。ボロボロになって初めて、君が乱暴に操るマリオネットだったことに気付いたんだ。

僕は君を平手でぶった。力ずくでぶった。君は言ったね「暴力は許せない」って。君のセックスは毎回痛くて、君は僕のお金を盗んで、君の言葉は僕を傷つけた。フリルのついた暴力で、僕をずっとぶっていたんだよ。

君はずっと僕を怒鳴って責めていたよね。君は僕が無視を決め込んで、怒るのに疲れると、僕を置いて帰ったよね。玄関には君が忘れた傘があったよね。

次の週末、君は何度も電話をかけてきたね。嫌々出ると「傘忘れたんだけど、取り行っていい?あれ高かったんだ」そう言ったのを僕は忘れないよ。僕は社宅を出るって決めていたから、もう誰が来ても関係ないと割り切ったんだ。

「あぁ、そしたら傘玄関ドアにかけとくから、勝手に持ってって」そう言って電話を切り、その日は友達の家に泊まったんだ。次の日帰ると傘は無くなっていて、僕は気持ち悪くなり、部屋に入るなり流し台に吐いたんだ。

僕は社宅を出て、参宮橋の小さなアパートから、ボーナスで買ったGIANTの自転車で通勤した。

この当時はモラハラなんて言葉が一般的じゃなかった。代休でたまたま見たあさイチの特集で、僕が君から受けていた一連の嫌がらせがモラハラだと知った。自分が悪くない、そうわかると今まで背負ってきた鉛の荷物が落ちていき力が抜けた。僕は君を叩いた自分のことを、この日までずっと責めていたんだ。

僕はあれから恋愛が怖くて、誰かと付き合うことが出来ないんだ。だけど人の温もりがほしくて、休みのたびに発展場に行くようになったんだ。

発展場で会う人は君と違って、優しくキスしてくれるし、乳首も舐めてくれるし、頼めばゴムも付けてくれるし、痛くない?って聞いてくれるよ。発展場で僕を抱いてくれる人は、君よりやさしい人ばかりだよ。

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