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「自由」そして「イメージの世界」(5) ~ 発散する未来 ∞

こちらのNoteは運用チームメンバーが“自由に”リレー形式で書いているものです。

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発散する未来


春霞がキャンパスを包む4月初旬の午後、経営学部の一室で、N教授は深い思索に耽っていた。窓から差し込む柔らかな陽光が、彼の白髪交じりの頭を優しく照らしている。机の上には、長年愛読してきた一冊の本が開かれていた。トーマス・ペインの「コモン・センス」。その傍らには、今年のゼミ生選考の資料が積み上げられていた。

N教授の目は、「コモン・センス」の黄ばんだページをゆっくりと撫でるように動いた。この本との出会いは、彼が高校生だった1970年代初頭にさかのぼる。当時、世界は冷戦の真っただ中にあり、日本でも学生運動が盛んだった。若きNは、世界の行く末に強い関心を抱き、様々な思想書を貪るように読んでいた。
マルクスとエンゲルスの「共産党宣言」を読み終えたある日、図書館で偶然手に取ったのが「コモン・センス」だった。ページをめくるうちに、Nの心に強く響く言葉があった。
「この本には希望と未来の匂いがする」
その瞬間、Nの中で何かが変わった。歴史的な必然性や階級闘争という概念に縛られるのではなく、人々の理性と良識に基づいて未来を築いていくという考え方に、彼は強く惹かれたのだ。
それ以来、N教授の人生哲学の基礎となったのは、未来への希望だった。歴史的絶望に支配されたシステムよりも、未来への希望に導かれて作られた稚拙なシステムの方が優れている—この信念が、彼の研究と教育の原動力となった。
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大学院時代、Nはこの信念をさらに深める経験をした。数学科のJ教授との対話だった。動的計画法の演習に参加していた際、J教授から投げかけられた質問が、Nの思考を大きく揺さぶった。
「どうして、経済学や経営学の分野では割引率をモデルに入れるのですか?」
少し驚いたが、「それはたぶんですが、割引率を入れないと、値が発散してしまうからではないでしょうか? 何かの値に収束してくれないと、モデルを比較できないし、最適解もわからないし...」と答えた。
J先生は「そりゃそうでしょうけど、それって本質的にどんな意味があるのですか?」とさらに問いかけてきた。
あの時は笑いながら「経済学者はなんでも均衡するのが好きなんですよ」ときり返した。

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この疑問は、彼の心の中で長年響き続けた。そして経営学の教授となった今、その答えを見出していた。
「未来は発散するものなのだ」

N教授は、窓の外に広がる桜並木を見つめながら、静かにつぶやいた。「収束する未来」から「発散する未来」へ。

このパラダイムシフト が、彼の教育哲学の核心となっていった。
そして、ある日、彼の思考は大きな飛躍を遂げた。

「どんなに歩幅の小さな一歩でも、永遠に歩み続けられるのであれば、無限大に発散するのです。立ち止まることなく、"未来を残すこと"こそが、無限大に発散する唯一の条件なのです。」

この洞察は、N教授の教育理念を一変させた。
未来は予測不可能で、無限の可能性を秘めている。
だからこそ、一歩一歩着実に進み続けることが重要なのだと。

N教授のゼミは、この理念を体現するものとなった。コミュニケーション能力と意欲を重視し、未来を創造する力を育てることに焦点を当てた。毎年、わずか10人ほどの学生を厳選し、彼らと共に未来を切り開く議論を重ねた。
選考過程は厳しかった。参加希望者は、まず熱意あふれる志望理由書を提出しなければならない。そして、アポイントメントの取り方から面接での受け答えまで、すべてが選考の対象となる。N教授は、単にゼミに参加したいという消極的な姿勢ではなく、ゼミを通じて自分自身と社会を変えていきたいという強い意志を持った学生を求めた。
ある年の面接で、一人の学生がN教授の心を動かした。
「先生、私は将来が不安なんです。でも、このままじゃいけないとなんとか乗り越えたいんです。このゼミで、未来を創る力を身につけたいと思ってきました。」
その学生の目には、不安と希望が交錯していた。N教授は、その姿に自分の若き日の姿を重ね合わせた。
「君の言葉に、希望の匂いを感じるよ。そして、その希望こそが未来を発散させる力なんだよ。」

N教授はそう言って、その学生を受け入れた。
ゼミでの議論は、アフターの飲み会を含めて、しばしば深夜まで及んだ。
経営戦略、組織論、そしてコミュニケーション理論。これらの知識を基礎としながら、学生たちは現代社会の課題に取り組んだ。N教授は、ただ知識を教えるのではなく、学生たちが自ら考え、議論し、結論を導き出す過程を大切にした。
「未来は誰のものでもない。だからこそ、君たち一人一人が未来を創る責任がある。そして、その責任を果たすために必要なのは、小さくとも確実な一歩を積み重ねることなんだ」
これは、N教授がよく口にする言葉だった。

ゼミの卒業生たちは、様々な分野で活躍していった。大企業の経営者となる者、起業家として新しいビジネスを立ち上げる者、そしてNPOで社会問題に取り組む者。彼らは皆、N教授から学んだ「発散する未来」の概念を胸に、それぞれの道を歩んでいった。

ある週末、自宅でくつろいでいると、子供から尋ねられました。
「ねえ、お父さん。大学ではどんなお仕事をしているの?」
N教授は少し考え、そっと微笑んだ。
「そうねえ、若い人を相手にお話をしたり、相談にのったり・・・・、うーん・・・、次の世代に“未来”を残す仕事かな。」
その言葉に、息子は首をかしげた。しかし、N教授は確信していた。自分の仕事の本質は、未来を担う若者たちに、希望と可能性の無限大を示すことなのだと。
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年を重ねるにつれ、N教授はますます「発散する未来」について考えるようになった。
かつて自分が憧れた「すごい人」たちは、実は自分の後からやってくるのだと気づいた。そして、自分の研究している企業や組織のもつ不思議な力とは、未来を実感する力、未来をこの手に感じとる力なのだと悟った。

企業や組織は、個人の寿命をはるかに超えて存続する。新入社員が定年退職を迎えた後も、組織は続いていく。それを担うのは、自分たちが育てた次世代の人材だ。直接、間接を問わず、若い世代が未来を創っていく。この当たり前の事実に、N教授は深い感銘を受けた。

”未来傾斜型の組織”  
N教授はこの言葉を使って、学生たちに語りかけた。それは、常に未来を見据え、次世代を育成することに力を注ぐ組織のことだ。そのような組織に属することで、誰もが未来を実感できる。それは特別な才能や想像力がなくても、可能なことなのだと。

定年が近づいた今、N教授は自信を持って言える。すごい人は必ず後からやってくる。そして、それは彼が育てた学生たちかもしれない。
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毎年、ゼミの卒業生たちに渡す一枚の紙。そこには、N教授の人生哲学が凝縮されていた。

―"発散する未来" それは君たちのことだ。どんなに小さな一歩でも、歩み続けることで、君たちは無限の可能性を切り開いていける。―

N教授は、机の上の「コモン・センス」を静かに閉じた。
窓の外では、新入生たちが期待に胸を膨らませながらキャンパスを歩いていた。彼らの姿に、N教授は無限に広がる未来を感じた。
未来は、確かに希望に満ちていた。そして、その希望を育み、次の世代に託すことこそが、教育者としての自分の使命なのだと、N教授は改めて心に誓った。
春風が桜の花びらを舞い上げる中、N教授は新たな一歩を踏み出す準備をしていた。発散する未来への航路は、まだまだ続いているのだから。

(実在する団体、人物とは一切関係ないことをお断り申しあげます。)

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記述・分析・共感・思考


長々とした物語をお読みいただきました。

前回のNo.4でも書いたことですが、”なかのアセットのファンドでは企業理念、事業の社会的な意義について、ゆっくりと掘り下げて考えることが求められます。投資先の企業理念に共有できるかどうかが求められます。そして、社会的な意義、企業理念に共感が持てない場合、理念が弱い場合、社会的な意義がいまひとつはっきりしない場合、ポートフォリオには組み入れることはできません。”

“長期投資の対象企業と、共感から始める企業価値の向上を私たちは以下のステップで目指しています。
ステップ1  理念や価値感をまず共有する。
ステップ2  共感すべき価値観を友達や知り合いに伝え 共感の和を広げる
ステップ3  理念や価値への共感の総和を増やし、企業価値が向上する。

私たちが長期で保有できる企業の株式を厳選し、受益者の皆さんを中心に、その企業との間で共感できる価値の和を広げて、世の人々の共感の総和を積み上げていこうとしています。“

ですから、調査にあたって、一義的にはそもそも対象としている企業に共感できるかどうかから取材対象とするかどうかを決めていくことになります。

 未来を実感する力、未来をこの手に感じとる力をもち、目の前の社会課題を解決し、未来を残すことを積み上げている企業は共感を与えます。 それはひとことでいうと「未来傾斜型の組織」です。

その一方で、そのような経営理念を掲げて、今、現在、歩みを止めない姿勢を見せていれば、それがすべて私たちの考える長期投資に値するかというとそうはなりません。 “発散する未来”という物語を創作して、お読みいただきましたのは、この点を明確にしたかったからなのです。

物語の言葉から引用すれば、「未来は予測不可能で、無限の可能性を秘めている。」それがゆえに、将来の収益や配当列を、アナリストが自信をもって書き切れるとは限らない。
(「未来傾斜型の組織」であることは、クオリティ・グロースと呼ぶにあたって、必要条件だが、それだけでは十分ではないことを再確認しておきたかったのです。)

なぜなら、多くの企業は、景気などの外部環境に左右されて、事業がボラタイルで、運が悪い時期のリスクプレミアムが大きすぎるため確度高く業績の複利効果が得られなかったりする側面があったり、企業間競争環境に大きく左右され、持続的に事業の投下資本収益率が資本コストを上回れない(つまり経済的価値を創造できていない)ことが客観的に観察されたりするものだからです。

成長率の高さ 成長期間の長さ、そして確度の高さ

長期保有によって、企業価値の連続複利的な向上を享受できるかどうかを見極める観点から、成長率の高さ、成長期間の長さ、確度の高さを数値化する意味合いで、重要なこととしてリスクプレミアムや資本コストといったものにも必ずアプローチしていきます。

そのうえで無限等比級数の和の公式における「収束」という概念を用い、1)割引配当モデルによる将来価値 と 2)割引キャッシュフローモデルによる現在価値の二つの計算方法を採用し、目標となる理論株価を算出し、調査報告書にそれを記しています。

もっとわかりやすくいえば、理論株価の算出には2段階モデルをつかい、クールに確信度合いに応じて、N年後低い成長に移行する「収束する未来」を置いているのです。

企業調査においては数字にできない部分についてよく考える必要があります。時代の風を受けて売上が伸び、飛躍、さらに次のステージに切り上がる可能性についての繰り返し考えることは極めて重要なことだと思っています。そのため、算出された理論株価を軽々こえていくくらいの可能性がある構造的要因や仕組みを、取材等を通じて知る・理解することに力を注いでいます。そうして見つけた「希望に満ちた未来」に強い確信がもてるときに、あらためて理論株価を算出する意味も増すものと考えております。

「アナリストよ、
歴史家のように記述し、
科学者のように分析し、
芸術家のように共感し、
哲学者のように思考せよ。」

    by 弊社 運用部長 


         シニアポートフォリオマネージャー 菅 淑郎 CFA
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参考文献
 「できる社員はやり過ごす」 最終章 未来傾斜の意味するもの  高橋伸夫 (1996)
メルマガ億の近道  東大生と京大生への講演 1~7 山本潤 (2023)
クオリティグロース・グロース投資入門 山本潤(2024)
 
この記事は情報提供を目的として、なかのアセットマネジメント株式会社によって作成された資料であり、金融商品取引法に基づく開示資料ではありません。
投資信託は値動きのある有価証券等に投資しますので基準価額は変動します。その結果、購入時の価額を下回ることもあります。
また、投資信託は銘柄ごとに設定された信託報酬等の費用がかかります。各投資信託のリスク、費用については投資信託説明書(交付目論見書)の内容を必ずご確認のうえ、ご自身でご判断ください。
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