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能の秘曲「道成寺」⑦

私の道成寺披きの時は、鐘が落ちた瞬間、鐘の中で頭が真っ白になっていました・・・。結構上手く入ったようなのですが、かなり強めに頭を打ったらしく、一瞬、ぼーッとなりました。

後見の合図はわかったので返事を返しましたが、自分が置かれている状況を思い出すのに一寸時間がかかりました。

さて、鐘に無事に入った後は時間との戦いです。間狂言とワキの語りの間に色々な作業をしなくてはなりません。ここのところは余り詳しくは書けませんが(口伝・秘伝と言われるところです)、まず自分の正面を確保してから面を外して唐織を脱ぎ、鬘を崩して(乱れ髪にする)、後シテの般若の面を附けます。

普段は楽屋で3~4人掛かりでやって貰っている装束付けの作業を、薄暗くて狭い所で1人でやるので手間がかかります。しかも舞台は刻々と進んでいるため気ばかり焦ってきます。汗もかいているので手が滑ったり鬘の毛が手にまとわりついたり・・・。ここで口伝を一つだけ書きますが「物は下に置くな」です。何でもないことなのですが鐘を上げてみたら床にハサミがあったり、紐が散らばっていたりしたら興醒めです。「口伝」というのは過去に先人達が身を以て体験したトラブルの対処法でもあるのですよね。ですから「こんなこと」と思って軽く扱うととんでもないしっぺ返しが来ることになります。

一通り準備が出来たら脱いだ唐織を自分の回りに置きいよいよ後シテのスタートです。地謡の「すわすわ動くぞ~」の所で鐘が少しだけ吊られて回り出します。これは中でシテが回していて、鐘が丁度正面に向くのを見計らって、鐘後見が一度鐘を下ろします。

鐘が下りたらシテは急いで両脇の棚から銅鑼(ドラ)を持って準備して、「突かねどこの鐘響き出で」の所で銅鑼を鳴らします。この鳴らし方はお家によって色々のようですが、私の父は打った後に二枚を擦るように近づけて微妙な響きを出すと言っていました。

すぐに鐘が引き上げられるので急いで銅鑼を棚に返して鐘の縁に手を掛けます。「引かねどこの鐘踊るとぞ見えし」で鐘を大きく揺すって、そのまま引き上げられる鐘に取りすがるように身体を起こして、鐘が上がったときにキチンと正面が向けていれば正解です。

私の初演の時は型は出来ていましたが面紐が一本前に垂れてしまいました・・・。後日ビデオでみてすごく悔しかったです。随分気をつけて慎重にやったつもりでしたが完璧には行きませんでした。

披き(初演)の時は本当にいっぱいいっぱいで訳のわからないうちに終わりましたが、2回目の時には随分落ち着いて鐘の中でいられました。ただ、小書(特殊演出)のため作業が大幅に増えたため、忙しいのは変わりませんでしたが。

この道成寺の連載もいよいよ次回で終わりです。ご期待下さいませ!

◇公益財団法人鎌倉能舞台HP   http://www.nohbutai.com/

◇「能を知る会東京公演-道成寺」 
◆日時 2021年6月20日(日)13:00
◆会場 国立能楽堂(JR千駄ヶ谷駅下車徒歩5分)
◆入場料 正面自由席13,200円/脇中自由席9,900円
◆演目
講演「隔てるもの・乗り越える力」葛西聖司
仕舞「清経」津村禮次郎
  「海士」永島忠侈
  「融」 駒瀬直也
狂言「樋の酒」野村萬斎
仕舞「砧」  観世喜正
  「卒都婆小町」観世喜之
能 「道成寺」中森健之介 
詳細 https://blog.canpan.info/nohbutai/archive/816

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