短編SF「帰省」

一方こちらは、名古屋猫町倶楽部課外活動「ライティング倶楽部」で、東日本大震災後の11年8月にオラが提出したSF短編。

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帰省         

 鉄道の旅なんて、何年ぶりだろう。
 東尾望は、年季が入ってガタピシと常にきしむ車両の床を見つめながら、ぼーっと考えていた。
 望は、十七でささいないじめをきっかけに高校を中退してニート生活に入ってから、食事は毎日母親に運ばせ、ほしいエロゲーや漫画・ラノベは父親から奪ったクレジットカードでアマゾンやヤフオクから手に入れることができたため、今年四十になるまでろくに仕事もせず外に出たことさえなかった。つまり、二十三年ぶりの外出である。それも、荷物もろくに持たず着の身着のままの一人旅。
 そんな馬鹿なハメに陥ったのは、父と母が交通事故に巻き込まれ死んでしまったためだ。望についての相談にニート支援NGOに出かけ、その帰りでの不幸であった。つまり望がニートでなければ二人は死ななかったかも知れない。しかし望は二人を恨んだ。年金を貰えるようになってから死んでくれていれば……。そして望は途方にくれた。これから自分はどう生きて行ったら良いのか……。
 父は、望同様高校中退組みである。原因は、クラスメイトだった望の母を妊娠させてしまったためだ。周囲の猛反対を押し切って母と一緒になり望を産むと決断した父は、すぐに大手自動車メーカーの下請け零細工場の職人見習いとして安月給で働き始め、その真面目ぶりと技能の高さは職場でも高い評価を受けてきたが、あと数年で定年という時に工場が不況の煽りを受け倒産しここ二年は失業中であった。収入の道も閉ざされた。家は借家だしろくな遺産も残しやがらなかった。そんなわけで半狂乱になった彼は一週間着続けて薄汚れたTシャツ短パンのまま発作的に旅立ってしまったわけだ。
 望はなにげなく周囲を見回した。元々利用者の少ない路線であることもあり、古ぼけた木とソファーの匂いで満たされた車両には、望以外の客は、夫婦らしい男女二人の後ろ姿しか確認できない。
 視線をまた床の木目に戻した望がしばらくまたぼーっとしていると、男の声が望の耳を刺激した。
「ここ、座ってもいいかい?何しろまだ到着まで長いのに、僕達だけだと話が続かなくてね」
 目を上げて応える前に、先ほどの男女が目の前の席にドッカと腰をおろした。その二人の顔を見て望は仰天した。男は漫画家として一世を成していたが最近は鳴かず飛ばずで多額の借金を抱えていると噂されていた冨川義文、女の方は、冨川の妻で元は女優としてその妖艶な美貌と演技力で高く評価されていたが結婚後引退した旧名竹田直子であったからだ。望は冨川の漫画を読んだことはなかったが、二人とも自分と同じ生年月日であることもあって、二人の変人ぶりも含めよく知っていた。
 冨川夫妻はろくに挨拶もぜず、いきなり望に顔を近づけ、問いを発した。
「普通みんな未来行き列車を選ぶからね。僕達は途中の駅で降りるけど、君はどこまで?」
「昭和二十五年駅です。その時代は働き先も多く充実した明るい時代だったと聞いたものですから」
「へー。僕らはまた七十年駅で降りるつもりさ。そしてまた一緒になろうと話してたところさ」
「え、でも……直子さんは今回の震災でお亡くなりになって、義文さんはそれを苦に自殺なさったはずでは……。同じ時代の駅を選べば、九十九%また同じ人生を歩むことはお聞きしていますよね?」
「まぁ最後は才能も切れて絶望して借金も作ったけど、それまでは二人で結構幸せだったしね」
「例えまた四十で死ぬことになっても、よしちゃんと出会えない人生なんて意味ないもの」と直子。
 その後も二人は一方的にまくし立て、望は口を挟む隙もなかったが、二人が九十九%の若死にの運命を知りつつ幸せそうにしゃべりまくる姿を見て、望の体の中をなにか熱いものが満たしていった。そして通路をのんびり歩いてきた車掌が視界に入った時、勇気を振り絞って望はおずおずと尋ねた。
「車掌さん、駅って変更できますか?」

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