短編SF小説「夏への扉」

七作目。名古屋猫町倶楽部課外活動「ライティング倶楽部」で13年5月に書いた短編SF。おなじみ、パクリタイトルシリーズw。そしてこれも東日本大震災もの。
電話の時点で主人公が妊娠していることにしようかどうかすんごく悩んだ覚えがある。結局どちらにでも解釈できるようにした。
今読み返すと、映画「メッセージ」原作にもなったオラの好きな短編小説の影響も強い気がする。


テッド・チャン の あなたの人生の物語 を Amazon でチェック! https://amzn.to/3pqRCJT


こういう、結末にネタバラシとかオチが無いnonお笑い系の「きれい」なパターン、オラ的に珍しい気がするw。

−−−−−
夏への扉

           

 そう、あの夏の日の空も、こんなふうに宇宙の彼方まで突き抜けていきそうなほど澄みきった青色だった。この世のすべての汚れを一瞬で純化し無化してくれそうな蒼碧が、最近続く吐き気のせいで倦んだ心までも真っ青に染めてくれそうな、そんな空を見上げていた時、携帯の着信音が香を地上に引き戻したのだった。
「香さんですね?」
 名乗りもせず名乗らせもせず、男は無礼にもいきなり怒鳴るように問いかけた。しかし、慌てた男の息せき切らせた様子が電話越しに伝わってくるような感覚に、香は不思議にも好感を覚えた。
「誰?康夫?いきなり何?」
「いえ、違います。やっぱり僕の声、似ているんですね……」
 康夫に弟かお兄さんなんていたかしら?付き合い始めてまだ日が浅いとはいえ、パートナーについて未だよく知らぬ部分がある自分に気付き、香は軽くショックを受けた。まだよく理解しあえてもいないのに康夫と私は……。
 男は一方的に畳み掛ける。
「いきなり申し訳ありません。ちょっと色々手違いがあったりして僕も慌てていたものですから……。時間が無いので、要点だけ言いますね」
 香は、康夫が最近、なにか隠し事を打ち明けたさそうな素振りを見せていたことを思い出した。
「ちょっと、あなた康夫でしょ?なんのいたずら?」
「いや、違うんです。本当のことを言っても信じてもらえなさそうですから、とりあえず話だけでも聞いてもらえますか?」
 康夫が照れ隠しにこのままゲームを続けたいのなら、それに乗ってやろう。
「はいはい、聞いてあげるから言ってご覧なさい?」
「あなたは子供を産みたいですか?」
 いきなり何を言い出すのだ、この男は。保険のセールスか何かなんだろうか?
「唐突でびっくりなさったでしょうが、僕にとってとても重要なことなんです。子供を産みたかったですか?」
 香は、男の二度目の質問が過去形に変化し微妙にニュアンスが変わっていることに気付いた。
「そんな……まだ付き合い始めたばかりだし……子供のことなんて深く考えたこともないわ。でも……康夫の子なら、私生みたい」
 膨らんだ風船が一挙にしぼむように、男の緊張が抜けて行く気配が手に取るように伝わってくる。
「良かった……それが聞きたかった……。望まれない子ではなかったんですね……」
「ちょっと、どういうこと?わかるように説明してよ」
「ごめんなさい。ダメなんです。本当は、こうして電話でお話しているだけでもいけないんです。でもこれだけは言わせて欲しいんです」
「なに?」
「お子さんはこの世に生まれて幸せですし、康夫さんもあなたに出会えて良かったって思っていますよ!それと、今日の空を忘れ」
 電話はそこで突然切れた。香は何がなんだかわからず、呆然と青空を見上げ続けた。



 まだ肌寒さの残る、あの夏の日のような青空が、今も自分を包み込んでいる。一体あの電話は何だったのか。この五年考え続けたが、一向に答えは見つからなかった。
 今日康夫を失い、ようやく助かった夏生も、打ち所が悪かったせいで一生目を覚まさない可能性が高いと言う。自分だけが生き残ってしまった。自分と知り合ってしまったばかりに、こんなところに引っ越して来てくれたばかりに康夫は死んでしまった。自分のところに生まれてきたばかりに、この青空をまだ四年しか知らぬ夏生は管に繋がれながら生死を彷徨わなければならない。自分はこれから一体どうやって生きていけば良いのだろうか。
 しかし、あの時の不思議な電話のことを思い出すと、香はなんとなくどこからか生きる力が湧き出て来るような感触を覚えるのだった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?