アスクレピオスを知るための文献メモ②~「古代ギリシアのエピダウロス巡礼」前編:崇拝の歴史、聖域の概要と治療祭儀~【 #FGO 関係、読み出し無料】
1.はじめに
「アスクレピオスを知るための文献メモ」は、スマホ向けRPG『Fate/Grand Order』(以下、FGO)に登場するギリシャ神話の医神アスクレピオスにハマった筆者が、現実世界の彼について日本語の文献を中心に読み、まとめた備忘録的なシリーズ記事です。本シリーズの主なターゲットは、FGOのユーザーを含むFate作品群の読者を想定しました。そのため、人物や神霊の名称はFate作品内での呼称を優先すること、場合によってはキャラクターのネタに触れることがございます。気になる方は、ご注意をお願い致します。また、このシリーズ記事では、基本的に「医神」といえば主役であるアスクレピオスのことを指すとご理解下さい。それから「ギリシャ」という呼び方については、文献によっては主に人文系の呼称「ギリシア」が登場することもございますが、本シリーズ記事では基本的に自分の好みで「ギリシャ」と呼ばせて頂きます。その点に関してもご了承下さいませ。
さて、前回の「アスクレピオスを知るための文献メモ①~『ギリシア・ローマ神話辞典』編~【 #FGO 関係、読み出し無料】」:
では、『ギリシア・ローマ神話辞典』を読み、アスクレピオスの誕生エピソードや両親のこと、妻子や崇拝・信仰などの基本的なことを取り上げました。その上で、最後に簡単なプロフィール情報を私なりに作成。後で再掲いたします。
今回は、彼の崇拝のされ方や信仰を集めた様子について、エピダウロスを中心にまとめられた論考:
●山川廣司「古代ギリシアのエピダウロス巡礼 アスクレピオスの治療祭儀」(四国遍路と世界の巡礼研究会編『四国遍路と世界の巡礼』法蔵館、2007年所収。以下、本書)
の内容を読んでいきます。
この論考が収録された研究のプロジェクトは、「愛媛大学の法文学部人文学科の史学・日本文学専攻の教員が、地域に関わる共同研究課題として「四国遍路と世界の巡礼」」を、2000年の夏に選んだことに始まります。そこから6~7年をかけ、愛媛大学を中心に公開講座やシンポジウムを重ね、積み上げてきた研究活動の成果について、分かりやすく提供しようという企画が立ち、本書が刊行されました(以上、本書の「はじめに」参照)。
本論考に話を戻しましょう。論考全体は12ページほどで、見出しは次のとおり。
・アスクレピオスとエピダウロス
・エピダウロスにおける治療祭儀
・アポローンとアスクレピオスによる奇跡治療の碑文
・ギリシア人の心性
・古代ギリシアの巡礼
今回は、本記事で「アスクレピオスとエピダウロス」と「エピダウロスにおける治療祭儀」までを前編として扱います。続きの後編では、「アポローンとアスクレピオスによる奇蹟治療の碑文」をメインに、論考の残り部分を読み進めていくことに致しました。前編・後編ともに、本論考の内容をなぞるだけではなく、古代ギリシャやギリシャ神話に関するほかの文献から得た情報をもとにコメントしたり、作ってみた図表を入れてみたり。学術的なエッセイの方向を意識して書きました。ご参考まで。
そうそう、筆者の仲見満月は、中国前近代の生活文化史に入る分野で研究をしていた人間。古代ギリシャ史を専門とする研究者ではありません。私は、歴史学をかじって卒業論文を書きましたが、ギリシャがフィールドの神話学者でもございません。もし、記事の内容について誤りや疑問等がございましたら、匿名メッセージを送れるフォームへのリンクを下に貼っていますので、ご指摘をお願い申し上げます↓
長い前置きはここまで!さっそく、本編の話にまいりましょう。
2.古代ギリシャの巡礼~医神の話の前に~
著者の山川さんが、まず「アスクレピオスとエピダウロス」の冒頭で説明していること。それは、古代ギリシャの巡礼の型です。本論考では、2タイプの巡礼が紹介されていました。
・回遊型巡礼:四国遍路のように、複数の聖地を巡回するタイプのもの
・直接的往復巡礼:特定の地域を往復する単一聖地巡礼
後者の「直接的往復巡礼」は、例えば、現代日本人の大学受験で、福岡の太宰府天満宮や京都の北野天満宮に合格祈願の参詣をした後、合格したら感謝のお参りに行くようなイメージが近いかもしれません。
古代ギリシャでは、こちらの直接的往復巡礼の形をとっていて、「その巡礼内容もさまざまであった」ようです。その一例を挙げてみましょう。
その1.神託を求める目的で、公の祭儀、開戦に外交といった国家の重要事項や、個々人の結婚、病気など私的な問題で、運命の決断を神の裁可に求めた巡礼
…デルフォイ(アポロン神)、ドドナ(ゼウス神)
その2.神前にスポーツや文芸の技を奉納するための巡礼
…オリンピア競技会(ゼウス神)、ピュティア競技会(アポロン神)、
イストミア競技会(ポセイドン神)、ネメア競技会(ゼウス神)
その1の場合は、現代日本だと悩みごとのある人が寺社へ行き、引いたおみくじの結果を決断や解決の参考にするといったら、イメージ的に分かりやすいでしょうか。国家の重要事項では、私が読んだことのあるギリシャ神話の中で、王族がアポロン神に神託を求める印象が強いです。その2の競技会のタイプだと、特に有名なのは現代まで続いているスポーツの祭典オリンピックの競技会が挙げられます。
こうした巡礼をする人々の悩みや願望には、健康に関する問題で神々を頼る人たちもいました。彼らは、「病気の治癒を求めて医神アスクレピオスの聖域を訪れる巡礼」をしていたとされています。山川さんは、本論考の主旨についてこう述べていました。
エピダウロスに展開したアスクレピオス巡礼を概観し、宗教に関わる古代ギリシア人の心性について考えたい。(本論考p.186~187)
3.アスクレピオス崇拝の歴史
ここから医神のお話に移ります。本論考のp.187では、アスクレピオスの父母のこと、出生地とされるトリッカ(トリッケー)からエピダウロスへ彼の話が伝播し、後にエピダウロスのほうが「その誕生地」とされて一大聖地となった、という情報が掲載されていました。その続きに、彼は誕生時に母体ごと死ぬところを救出されたり、ケンタウロスのケイローンに預けられて医術を学んだりした、生前のエピソードに触れられています。このあたりは、本論考の参考文献のひとつ『ギリシア・ローマ神話辞典』と大部分が同じ内容でした。ここで、本シリーズ記事①において、同辞典をもとに作成したアスクレピオスのプロフィールを載せときます。合わせて、記事①に入れた古代ギリシャの地図も再掲するので、本記事内の地名もご確認ください。
<『ギリシア・ローマ神話辞典』のアスクレピオスのプロフィール >
・両親:父はアポロン、母はコロニス(またはアルシノエー)
・妻:エピオネー
・子:娘はヒュギエイア等の4人、
息子はマカーオーンとポリダレイオス
・職業:医者(師匠はケンタウロスのケイローン)
・その死:彼が得た蘇生の力による「天地の常道」の覆りを恐れた
ゼウスの雷霆で死ぬ
→死後に星となったとされる
・崇拝の中心地:エピダウロス
・分祀された土地:アテーナイ、ペルガモン、ローマほか
・聖獣:主に蛇(犬も)
(画像:カール・ケレーニイ『医神アスクレピオス 生と死をめぐる神話の旅』白水社、2012年版の古代ギリシャ地図。一部、医神と縁のある地名は仲見満月が四角で囲んで目立たせている)
本論考にない情報としては、医神の妻子のこと、聖獣が蛇に加えて犬もいたことがあります。そのほか、詳しい内容は本シリーズ記事①をご確認ください。
次に山川さんが論考で触れていることは、主にアスクレピオス崇拝の歴史的な概要です。その箇所を読んでいた私は、「歴史的な流れは文章だと少し分かりにくいな」と感じ、自分で年表(以下、本年表)を作りました。
(※本年表は、縦置きのB5用紙で4枚です。PDF化してアップしましたので、ダウンロードしてご覧ください↓)
仲見満月の「分室」では、「研究をもっと生活の身近に」をモットーに、学術業界のニュースや研究者の習慣や文化の情報発信をしております。ご支援いただくことで、紙の同人誌を出すことができますので、よろしくお願い致します!