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アスクレピオスを知るための文献メモ②~「古代ギリシアのエピダウロス巡礼」後編:主に奇跡治療の内容~【 #FGO 関係、読み出し無料】

7.前編までの話

本記事は、「アスクレピオスを知るための文献メモ②~「古代ギリシアのエピダウロス巡礼」前編:崇拝の歴史、聖域の概要と治療祭儀~」:

の後編にあたります。前編では、

 ●山川廣司「古代ギリシアのエピダウロス巡礼 アスクレピオスの治療祭儀」(四国遍路と世界の巡礼研究会編『四国遍路と世界の巡礼』法蔵館、2007年所収。以下、本書)

の論考を通じて、ギリシャ神話に登場する医神 アスクレピオスの崇拝の歴史、それから1大聖地エピダウロスの聖域にあった施設や、そこで行われたとされる治療祭儀のプロセスを紹介しました。

前編は山川さんのこの論考(以下、本論考、もしくは山川論考)のうち、前半の
 ・アスクレピオスとエピダウロス
 ・エピダウロスにおける治療祭儀
の2つを扱い、私こと仲見満月が他の文献から得た情報をもとにコメントしたり、医神崇拝の歴史を年表に表したりして、まとめた学術エッセイ風の記事です。

後編の本記事では、本論考の項目のうち続きの
 ・アポローンとアスクレピオスによる奇跡治療の碑文
 ・ギリシア人の心性
に触れ、レビューをしていきます。前編の終わりに、エピダウロスの聖域を訪れた巡礼者(患者)たちが、入眠を促す儀式を行い、夢の中に現れたアスクレピオスから診療を受け、医師でもある神官から夢見の内容をもとに実際の医療行為を受けるといった過程を説明しました。この後編では、こうした「治療祭儀」を受けた巡礼者たちが、夢の中で医神にされた診療やアドバイス=「奇跡治療」 について、エピダウロスの碑文や実際の出土品をもとに具体的な例をあげてみていきたいと思います。メインのお話はこの奇跡治療の内容です。その後、古代ギリシャ人の巡礼の背後にある考えや、死生観に触れ、最後に全体の感想コメントで締めくくります。

なお、本シリーズ「アスクレピオスを知るための文献メモ」全体の主旨や、その想定される主な読者層(FGOを含むFate作品群のユーザー)、人物や用語の表記と言ったことに関する注意事項は、前編の「1.はじめに」を ご覧ください。ここで、本記事を読む方にお伝えすることとしては、本シリーズで「医神」といえば主役のアスクレピオスを指すとご理解いただくことです。ひとまず、これだけ。

それでは本編へ参りましょう。



8.奇跡治療の内容~主に聖域の碑文から~

 8-1.本論考に登場する7件の例

体の不調や病気を治すため、エピダウロスの聖域(アスクレピエオン)を訪れた人々。彼らは回復した後に再びこの地を訪れ、感謝の気持ちを込めて「お礼の銘文」や「治療を受けた体の部位の模型」を奉納していました。ちなみに、模型のほうは「タマ」(絵馬)と呼ばれ、目や手足、乳房などをかたどったものでそうです。(タマの詳しいことは、馬場啓二『癒しの民間信仰 ギリシアの古代と現代』東洋書林、2006年のp.20, 37ほかを参照のこと。)

奉納品のうち、古代ギリシャの人々が、体のどこに不調を抱え、アスクレピエイオンを訪問し、どのように治療が施されたのかは、現在もエピダウロスの聖域に立つ石碑の碑文から窺えます。本論考で山川さんが紹介している例は次の7件。一度に概要を列挙していきますね。なお以下の情報は、仲見が山川論考にある事例の内容を再構成したものです。

(1).5年間妊娠していたクレオー:
  彼女はアバトンで眠った夜の翌朝、聖域の外に出てすぐ男児を出産した。赤子は生まれてすぐ泉の水で自分の体を洗い、母親と一緒に歩いていった。クレオーはお礼として献納板にこのことを刻んだ。

 (2).エピダウロスの少年エウファネース:
  胆石を患い聖域で眠り、彼は夢に現れた医神に謝礼に何を奉納するのかと尋ねられた。少年はお礼として10個の賽子(さいころ)を渡すと答え、アスクレピオスは笑って彼を治してやった。

 (3).蛇に足の指の治療をされた男:
  「足の指に広がる悪性潰瘍」による体調不良だった男。彼が眠ると、一匹の蛇が舌を使って指を治し、アバトンへ戻っていった。男が言うには、夢で「美しい容姿の若者が指に膏薬を塗ってくれた」という。

 (4).水腫にかかったラケダイモンの女性アラタ:
  アラタがラケダイモンにいる間、彼女の母親が娘のためにアスクレピエイオンで眠った。母親の夢で、医神はアラタの「頭を切り離し、喉が下に来るように体を吊るした」ところ、喉から大量の液体物が流れ出た。それから医神は娘の体をもとの位置に戻して、もとのようにつなぎ合わせたようであった。目覚めた後、母がラケダイモンに戻ると、同じ夢を見たという娘は健康になっていた。

 (5).頭痛に悩むハゲストラトス:
  不眠症に悩むこの男は、アバトンで眠り、夢で医神に会い、原因である頭痛を治してもらう。治療が終わると、アスクレピオスは彼を裸で立たせ、パンクラチオン(格闘技)の指導を行った。ハゲストラトスは元気になって立ち去った後、ネメア競技会に出場してこの競技で勝利したという。

 (6).カフィシアスが足で…:
  この男は「足の不具な人々を治す力を持つこの神は、嘘をついている。治す力を持つなら、なぜ(足が不具である鍛冶の神)ヘファイトスを治せないのか」と嘲笑した。医神はこの無礼に対し、男が乗馬中に馬が暴れて落ちた時に蹴られて足が不自由になるという罰を科す。神殿に運ばれてきたカフィシアスが熱心に治してくれと願ったことで、アスクレピオスは男を元気にしてやった。

 (7).メッセネのニカシブラの不妊治療:
  彼女は聖域で眠り、夢の中で医神の伴っていた蛇と交わる。その1年後、ニカシブラは双子の男子を授かった。

これら7件について。私が持った感想は、現代日本でいうところの産婦人科・皮膚科・外科・整形外科などの範囲に加えて、頭痛の予防策までアドバイスするという、多岐にわたる医療行為を行っていたことに驚いた、ということ。「これが医療の概念の祖たる神の行いかなの!すごいよ、医神様!」と言いたくなりました。

診療や治療のほか、碑文から分かることには、神としてのアスクレピオスの性格があります。(2)の少年について、医神がお礼の話を振るとエウファネースは10個の賽子を捧げると言いました。少年の答えを聞いた医神は笑って、彼を元気にしてやったんだとか。アスクレピオス、優しい!その一方で、(6)の例では自分を嘲笑した男に罰を科して足を不自由にし、カフィシアスが聖域で熱心に「足を治して下さい」と願うと、元気にしてやっています。嘲ってきた人間の男が足をケガした後に運ばれてきて、アバトンで謝罪したので医神は許してやったのでしょうか。

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