ねぎしのご飯おかわり番号研究会研究レポその2

都内にねぎしという牛タン屋がある。そこではご飯のおかわりが何度でも無料でできる。しかしそこで問題なのは例えば大盛りを注文したとして、大盛りと言えばいいものを彼らは"7番"と呼ぶ。なぜそのようなことをするのか聞いてみたいのも山々だが、心の中の井之頭五郎がダメだダメだとケチをつけてくるし、山岡士郎もそんなことをする輩は偽物だとやんややんやの大喝采で、誠に遺憾ではあるものの撤退を余儀なくされた。そこで本稿ではおかわりの何番がどれくらいのボリュームをもってするのか解明していくことに研究を集中させることとする。

さて、「半分」というのはご飯のおかわりの物差しとしてはなかなか珍しい部類に入るものと思われる。大概の定食屋であれば普通盛りか、大盛りか、あるいは小盛りあたりがオーソドックスだろう。元気な学生であれば器がいっぱいになるまで盛ってくれと頼むやつもいるかもしれないが、精々そんなもんだし、日本語の試験があるとして、面接でご飯のおかわりの量を聞くやりとりがあるとすればここまで覚えてさえいれば及第するに違いない。ところがねぎしという牛タン屋はこれを軽く超えるおかわりのバリエーションの可能性を示唆し、その背景にアメリカの近代化論的思考すら伺わせるほどの相対主義的おかわりを以てして研究員(1名)を出迎えた。ちなみに今日は野次馬もとい友達を同席させた。表向きには、おまえ明日の昼に飯でも一緒にどうかと誘ったが、その実歴史が一つ動く、ゲーム・チェンジの瞬間に立ち会ってもらうべく、この後撮影散歩にいくことを考慮して間違いのない人選をした。ともあれ、この恐ろしいまでのおかわりのバリエーションを一言で示すのが「半分で」というオーダーが通じることなのだ。

前回、普通盛りを頼めば1番、大盛りを頼めば7番、小盛りを頼めば3番が来ることが判明した。1番を等倍とすれば、半分を頼んで「2番」と言われたから、2番は1/2で、3番は1/3だ。ここまで勝手のイマイチわかっていなさそうな顔をしているねぎし初来店の友人である。しかしこれは前述した通り未曽有の問題なのはここまで読んでくださっている皆様であればお代わりなはずだ。そのバリエーションの豊富さ、なぜか少ない順から並べない摩訶不思議なオーダー(順序)、そもそも番号で呼ぶ必要性すら疑わしい。そして、過去にねぎしのおかわりのご飯の番号についての先行研究が一切見当たらない。卒業論文に困る大学生はこんなに身近なところにアジェンダがころがっているというのに何を手をこまねいているのだ。この先行研究が存在しないということこそが日本の学界が衰退している間違いのない根拠であり実情である。このような世界を揺るがしかねない大問題に2021年8月まで誰一人として立ち向かっている輩がいないわけだから、あまりの難題に学会も怖気づいているのかしら。もしかしたら、この番号をすべて解き明かして提出して、それが正しいと証明されれば莫大な賞金を得ることになるかもしれない。そうとあらば一層解明を急がないと行けなくなってきた。人が飯を食うという主従関係こそ破ってはいけない鉄の掟ではあるこそ、金がないとまず飯も食えないし、当方は石油王であればありがたいが学生金なしというから、飯を喰らいお金をゲットできるとあらばやるしかない。絶対に外せない第一投、「四分の一をお願いします。」とこしらえた。はい、と事務的な返事がきた。来た!4番だ!

ここで1~4番がそろった。問題は1/5が存在するかどうかだが、1/4の分量からして分母が5となってくると、いよいよ墓前に供えるご飯の雰囲気を出してくるから、それは私ではなくて是非天国の皆様においしい麦めしをご賞味いただくものとする。ところがここで一つ忽せにすべからざる謎が浮かび上がってくる。

7番が大盛りであって、4番が最も小さい小盛りであるとすると、5・6番はともに大盛りの分量であると指し示されるべきだろう。ところが大盛りが7番だとすると、「少し大盛り」と頼んで出てくるであろう番号は1つしかないので、もし学会の皆さんもこれを一所懸命取り組んでいるとすれば、5番か6番かこれを頼んで出てこなかった方の解明に力を入れているに違いあるまい。さもありなん、1/4の時点で日本語表現の曖昧な域を超えているから、日本の学者が西洋的おかわりの尺度に追いつこうとしているのも得心の行くことだし、間違えれば店で赤っ恥を書くことになる手前、チャールズに挑むオーランドーの如き体格と勇猛さを兼ね備えていなければこの難題に挑むことすら許されないものと見える。私も所詮は一学士の身、ここは後に回して若さを振り絞って1/4のご飯を平らげげて、「器いっぱい限界まで盛ってください!」と矢を放った。小盛りのレンジがこれほどまでに広ければ、無論9番、いや99番まで大盛りのバリエーションもあってしかるべきである。ところが、無常、店員さんは軽くフッって笑ったあと、7番お願いします!と声を張り上げた。南無三!大盛りにも多彩なバリエーションがあるだろう、とほぼほぼ決めていた、もしもカジノだったらオールインしているであろう賭けに、あっけなく敗北したし、なおのこと笑われもした。私は全てを失ったのだ。今残された道は、泣きながら店を後にするか、清水から身を投げるかの二者択一を残すのみとなった。目の前が急に酒でも飲んだかのように歪みっきって、体じゅう憑き物に憑かれたかのようにズンと重くなり、視界がぐるぐるする。気づけば全身から滝汗が止まらなくなっていやな悪寒までやってきた。ご時世上流行りのウイルスに感染したという可能性も全く否定できはしないが、もしこのタイミングを見計らって悪夢の如き症状を噴出させたのであれば大したウイルスだし世界中に流行になるのも一理ある。学生生活を奪った面においてこのウイルスは寛永堂の菓子折りなんか持ってこられても寸毫も許す気にはなれないが、これほどの実力者であれば仕方あるまい。友人はまだ状況を掴みあぐねているから、学会激震、シンギュラおかわリティが起きたって平然とした顔をしている。悪寒の止まらぬ中足りぬ頭で導き出した結論を友人を向かって言語化してみる。「もしかして、おかわりの大盛りは7番が一番大きいってことだよな」「たぶんそういうことだよね?」そうとしか考えられないが、あの竹橋とかいう店員さんが少し若いことを考えると、一般的ではないオーダーの番号を知らない可能性も出てくる。店員さんがよもや自分の店のオーダーに悖る時代が来るとは生まれてこのかたこの瞬間まで思いもしなかったが、この発想が脳裏に浮かんだ瞬間、私は眼前に見える友人、店員さん、周りの客、ノンアルコールビール、がんこちゃん、しろたんともどもすべてがわからなくなった。頭が一切の思考をやめようとしていたし、なにも信じられなくなった。唯一信じられるのは箸休めで挟んでいたモルカーのことだけだ。そもそもタンだろう。何故がんこちゃんなんて名前が付くのだ。べらんめえ。そう考えるとこの世の全てのしゃらくさいネーミングに怒りが湧き上がってくる。もうお手洗いに行くこともトイレでもいいし、この世の婉曲を憎んだ。簡単な表現は、ダブルプラス'いいこと'だ。ここで私は我を忘れるあまり、一線を越えることになる。



「あの、大盛りのおかわりって7番が一番大きいんですか?」




「大盛りは7番だけですね」





へ?






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私は敗北した。ついに店長に「あの、5番と6番ってなんなんですか」って聞いた。結論から言えば6番は3分の2だった。これは予想できたかもしれなくて、少しばかりやるせなくなった。5番は、と聞いたら、5番はないんですよ、と言われた。はあ、ないんですか、と我ながら覇気のない情けない声で尋ねたら、5番はね、ゴバンでごはんと被るから、1番と呼ぶことになったんです、ってね。はえ~。よかったですね。

こうしてねぎしのご飯おかわり番号研究会は解体される運びとなった。必ず解明してやると息巻いて会場に向かったのも最初のうちだけ、気付けば敵の根城ですべてお見通しと言わんばかりに策略に弄せられ、お会計を済ませて店を出ていた。私もこの研究界隈からじきに干されて、去るしかなくなるだろう。短い研究人生に決別しなければならない。自分も過去笑い蔑んできた死屍累々に、自分の身体を預けることになってしまったのだ。今となってはあの一言を発してしまったのをいやというほど悔やんでいるが、覆水が盆に返ることはない。







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あれから30年ほどが経った。今は四国の山奥で農作業に励んでいる。研究人生を終えた私は数少ない持ち物を手荷物にまとめて、逃げるように東京を後にした。そのあと四国に小さな土地を買って、専業農家として日々汗水を垂らして働いていて、今ではちょっとした地主だ。あの牛タン屋がどうなったかは今となっては知る由もないが、今は目の前のトロロ芋が元気であってくれればそれでいいのだ。

そういえば今日は業者の方と話を持つんだった。向こうからトラックの音がけたたましく聞こえる。車を誘導して、駐めさせた。そこでドアの音がガチャと開き、運転手の、クライアントの方が降りてきた。どこかで見覚えがある顔だったが、どこで出会ったのか思い出せなかった。少し気にかかったが、すぐにどうでもよくなって、自宅の応接間に案内した。

「こんにちは。是非よろしくお願いします、ナカムラです」

「お久しぶりですね!ナカムラさん」

は?と頭は思考した。確かに見覚えがあるが、彼女と会ったことはないのだ。

「あの、すみません、どこかでお会いしましたでしょうか」

「ああ!名乗るのを忘れていましたね。竹橋です」

このとき、あの嘲た笑顔が脳裏じゅうに広がった。






【結論】

1番:普通盛り(等倍)

2番:半分(2分の1)

3番:小盛り(3分の1)※2番を小盛りとする店もある

4番:4分の1

5番:ない(分量は1番に同じ)

6番:3分の2

7番:大盛り(n>1倍)

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