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生卵の立て方

まず、生卵を用意する前に用意しなければならないものがある。

それはキミ自身だ。

卵と向き合う前にキミを卵に近づけさせてはならない。

なぜって。

例えば向き合うものが卵でなく、猫でも猿でも取引先の社長でも何でもいい。

一対一で向き合う時、きっとキミはキミ自身をその対象と同じ、またはそれに近い位置に持っていくはずだ。

心構え、というべきだろうか。

そういうことだ。

では対象が生卵の場合はどうするか。

Step1. 腹を満たす

もしキミが卵と向き合う時に腹を空かせていたら。

向き合っている内にキミの頭の中に様々な卵料理が浮かんでは消えるだろう。

そして終いには目の前にあった卵は姿を消し、キミは幸せな満腹感に満たされているだろう。

落ち着いて、少しでも空腹を感じるようであればとりあえず腹を満たすのだ。

(尚、この項目に当てはまらないキミは1は読み飛ばし、次の2と3を読んでほしい)

Step2. 寝る

もしキミが卵と向き合う時に眠気を感じていたら。

向き合っている内にキミの目には卵が羊に見えてくるだろう。

そしてその羊は軽快にキミの前を跳び、終いにキミは夢の世界へ。

羊が消えた頃には卵も目の前から消え、代わりにカーペットにぬるぬるした汚れができているだろう。

落ち着いて、少しでも眠気を感じるようであればとりあえず寝るのだ。

(尚、この項目に当てはまらないキミは2は読み飛ばし、前の1、そして次の3を読んでほしい)

Step3. オナニーをする

もしキミが卵と向き合う時にムラムラしていたら。

向き合っている内にキミの目には卵が何か良からぬモノに見えてくるかもしれない。

あるいはクラスで一番人気のあの子、好きな有名人などの顔に見えてくるかもしれない。

キミの卵を持つ手つきは次第にいやらしいものになっていき、終いにはキミは割れた卵を指に絡め恍惚とした表情を浮かべているだろう。

気色悪い。

落ち着いて、少しでも性欲を感じるようであればとりあえずオナニーするのだ。

(尚、この項目に当てはまらないキミは3は読み飛ばし、前の1と2を読んでほしい)

1、2、3ができたらキミの心と身体はある程度満たされているはずだ。

この他にも部屋が汚い、受け取りの荷物がある等、様々な気になることがあれば、キミなりの方法で解決することだ。

そうして外部、内部から邪魔が入らない、あらゆる欲求を満たしたキミを用意する。

Step4. 風呂に入る

心身共に満たされたら次は風呂に入る。

湯船に浸かってもシャワーを浴びるだけでも良い。

とにかく、身体を清潔にするのだ。

頭の天辺から足の爪先まで丹念に洗う。

爪の間も忘れずに。

そうして洗ったら次は身体のありとあらゆる毛を剃る。

できればこれも頭の天辺、つまり髪の毛から眉毛、睫毛、鼻毛といった具合に足の指毛まで処理することが理想だ。

しかし、もしこれでキミが社会生活に支障をきたしてしまうようでれば、髪の毛、眉毛、睫毛等の顔付近は残しておいても良い。

ちなみに剃った後は、スキンケアをしっかりしておくようアドバイスする。

Step5. 卵を用意する

そうして心身共に満たされ風呂に入りサッパリとしたところで、ようやく冷蔵庫から生卵を取り出すことができる。

しかしここで気付く人は気付く。

まだ完全には卵と向き合う用意ができていないことに。

むしろここで気付かない人は卵を立たせることは難しいだろう。

しかし気付いたであろうキミ。

どうか焦らないでほしい。

この段階ではまだキミは卵と向き合わない。

ただ今度は向き合うための状況を用意するのだ。

冷蔵庫から出たばかりの卵は冷えている。

当たり前だ。

そしてキミは温まっている。

当たり前だ。

さっき風呂から上がったばかりなのだから。

そこでこの二つの温度を同じくらいにしなければならない。

卵を両手で優しく包み込む。

ただし、あくまで包むことだ。

決して撫でてはいけないし、手の中で転がしてもいけない。

ただ両の手の平で包むのだ。

そうしてキミと卵の温度を近づける。

Step6. 眼を用意する

心身共に満たされ風呂に入りサッパリし卵を用意したところで、次は眼を用意する。

卵と向き合う為の眼だ。

もう身体も心も卵も用意したのだからいいじゃん。

そう思った人がいたら、その人が卵を立たせることは難しいだろう。

何事も達成しなければならないものがあるのならば、その為の用意は全力で抜かりなく行わなければならない。

さて、全力で抜かりなく用意するというキミ。

卵と向き合う為の眼はどう用意するのか。

答え、黒いものしか見ないこと。

まず先ほどまでキミの恋人を包むよりも大切に包んでいた卵を一旦置く。

寂しいかもしれないが、別れはほんの一瞬だ。

卵をそっと置いたら何か黒いものー消えたテレビの画面でもリモコンの裏側でも海苔でも佃煮でも何でも良い。

とにかく黒くて他に色が混入していないものを用意する。

そしてそれを目の前に持ってきたら、再び卵を手に取る。

感動の再会だ。

しかし、この時キミの眼はなるべく卵を見てはいけない。

先ほどキミ自身が与えた温もりを感じながら、ひたすら目の前の黒を見続けるのだ。

視界が黒一色に染まったら、キミの眼はもう卵と向き合う為の眼に成っている。

ちなみに、この試みでは卵とキミ自身しか使ってはいけない。

だからもしキミがStep6の内容に納得できない、または黒いものを用意できないような状況下でこの試みに挑戦しなければならないようならば、代わりにそっと眼を閉じることだ。

しかし、視界を黒くすることが重要であるから、頭を固くせずに素直に黒いものを用意することをお勧めする。

さて、この文章の10の項目の中で、最も重要な項目が次だ。心して読んでほしい。

Step7. 卵を見る

卵を見る。

今まで生きてきた中で最速のスピードで手の中の卵へと視線を移す。

他の色が眼に入らないように。

それはもうすごい速さで。

Step8. 卵を観察する

心身共に満たされ風呂に入りサッパリし卵を用意し眼を用意しすごい速さで卵を見た。

黒一色の視界が突然白くなる。

キミはその白さから決して眼を離してはいけない。

そうしてようやくキミは卵と向き合うことができる。

まずは真っ直ぐ見つめること。

そして段々と角度を変え、様々な方向から生卵を観察する。

この時、卵は中指と親指で支えると良い。

まだ撫でるには早い。

出来る限り触れる面を少なくし、その代わりに眼で触れることを意識する。

そうして卵の形、質感、重感を眼で感じ、その存在を眼に撮り込む。

Step9. 卵に触れる

心身共に満たされ風呂に入りサッパリし卵を用意し眼を用意しすごい速さで卵を見て観察した。

キミの眼は完全に卵のものに、卵は完全にキミの眼のものになった。

そこでようやくキミは卵に触れることを許される。

初めは優しく、そして少しぎこちなく。

指先や手の平、キミの全てを使って生卵に触れるのだ。

そうして先ほど眼で撮り込んだ情報を体感し、少しの凹凸も逃さないほどになったら卵はもうキミのものだ。

Step10. 卵を立たせる

心身共に満たされ風呂に入りサッパリし卵を用意し眼を用意しすごい速さで卵を見て観察し触れた。

キミの全ては卵のものに、卵の全てはキミのものになった。

あとは立たせるだけだ。

キミは卵を持った手をそっと地面に降ろすだけで良い。

もしかしたらほんの少しだけ支えが必要かもしれないが大丈夫。

世界中でこんなにも眼の前の卵のことを解っているのはキミだけなのだから。

信じてそっと手を離してみよう。

そこには、心身共に満たされ風呂に入りサッパリし卵を用意し眼を用意しすごい速さで卵を見て観察し触れ、そして卵を立たせたキミがいる。


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