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国道沿いのマックの2階の窓際で

年末年始は実家に帰った。実家の最寄り駅には魅力的なものは何もない。駅を出てすぐ目の前にあるのは寂れたパチンコ屋。どういうわけかそのすぐ50m先にもう一軒パチンコ屋がある。一体この地に住む人間はどれだけパチンコをやれば気が済むんだろう。そんなことを考えながら実家に帰る。

駅から家まで自転車で20分。歩くと40分。ちょっと寒いけど久しぶりの地元なので歩いて帰った。駅と家のちょうど真ん中くらい、20分くらい歩いたところに、僕の住む町を真っ二つに縦断する大きな国道がある。道路沿いには都心では見られない大きなファミレス、釣具屋、家電量販店、中古車販売店が軒を連ねる。そしてまた都心では見られない二階建てで大きな駐車場があり、ドライブスルー専用の巨大なレーンのあるマックが姿を現す。

郊外にある、なんの変哲もないマック。足が止まる。2階の窓際の席を見ると、女子高生が一人で勉強をしているようだった。

あの席は4年前まで、僕の特等席だった。


現役で全部の大学に落ちた僕は、御茶ノ水にある駿台の3号館で浪人をした。駿台の3号館と言えば東大を目指す浪人生が集まる場所だ。数学0点で東大に落ちた僕は、同じように落ちた大量の高校の同級生と共に御茶ノ水に通うようになった。

僕は予備校が嫌いだった。浪人生のくせに群れて傷を舐め合う奴、模試の成績でマウントを取る奴、これでもかと大量の夏季講習を取らせてくる講師、空気の悪い大教室、息が詰まりそうな自習室。全てが嫌いで、授業が終わるなり真っ先に総武線に乗って帰った。

授業が終わるのが16時で、真っ直ぐ帰れば17時には家に着く。そこから23時くらいまで勉強するとさすがに集中力が持たない。そこで足を運ぶようになったのがマックだった。100円のホットコーヒーSサイズだけを頼んで、2階の窓際の席にいつまでも座っていた。

あのときほど、自分が何者なのか分からなかった時期はなかった。あのマックで、どこにでもある郊外のベッドタウンのありきたりなマックの二階の窓際の席で、僕の時間だけが止まっていた。


ポテトを2人でシェアする付き合いたての高校生カップル。

マックシェイクを飲みながらモンハンに熱中する中学生集団。

「今日はマジ無理。明日試験だから」と言いながら急いでビッグマックを平げ、飲み会に向かう大学生。

「お隣の中田さんがね」とナゲット片手に噂話に花を咲かせる主婦。

コーラを飲みながら電話越しにペコペコ謝るサラリーマン。

「良かったね、これ欲しかったおもちゃでしょ?」とハッピーセットの妖怪ウォッチのおまけに喜ぶ子連れの家族。


150円のポテト、120円のシェイク、390円のビッグマック、200円のナゲット、100円のコーラ、500円のハッピーセットを前に、それぞれがそれぞれの時計の針を進めていた。

あの高校生カップルは程なくして別れただろう。あの中学生もモンハンに飽きて高校受験の勉強に追われただろう。飲み会に向かった大学生も嘘みたいにスーツを着て就活を始めただろう。あの主婦はまた別のご近所さんの噂話を始めただろう。あのサラリーマンは転職でもしただろう。あの子どもも妖怪ウォッチを卒業し、ハッピーセットを頼む年齢じゃなくなったはずだ。

あのマックの二階で、数百円で買えるありきたりなハンバーガーやポテトやシェイクを前に、皆が平凡な幸せを謳歌し、時計の針を進めていた。

そして100円のコーヒーを飲みながら深夜の清掃が入るまで参考書にかじりついていた僕の時計だけが永遠に止まっていた。家と予備校とマックを往復するだけの毎日が死ぬまで続くんじゃないかと本気で思うくらい、灰色の毎日が永遠と繰り返されていた。

窓際の席からは国道が見下ろせた。数え切れないほどたくさんの車が、昼夜を問わず東京方面へ、そして逆の方面へと走って行く。

あのトラックも、バスも、タクシーも、4人乗りの自動車も、それぞれに目的地があった。僕の目的地はどこなのだろう。

トラックが走っていく。夕暮れの中を東京方面に向かって。僕は明日も電車に乗り、御茶ノ水に向かう。そしてまたマックへ行き、家に帰り、ご飯を食べ寝て、また電車に乗る。この繰り返しの果てに、何が待っているのだろうか。

東京へと真っ直ぐに伸びる国道。その地平線の先に消えて行く車たちを見ながら、彼らには行き先があることを羨ましく思った。19歳の僕は国道沿いのマックの2階の窓際の席で、自分の将来の不安と静かに向き合いながら、逃げるかのように参考書にかじりついていた。


社会人になった今、もうマックで100円のコーヒー片手に何時間も居座ることはしない。それでも実家に帰るたびに、あの国道沿いのマックの前を通るたびに、19歳の日々が思い出される。あれから5年の時を経て、僕の時計の針は大きく進んだ。結局浪人しても東大には受からなかったけど、むしろ受からなかったおかげで僕の学生生活は濃いものとなった。空白の1年間の遅れは十分に取り戻せたと思う。

もうマックにいた頃のように、自分の時間だけが止まることはない。

時計の針をこれからも進める。進めるしか、僕にはないのだから。





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