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予約困難店のように忙しい人よ、暇になれ

私は今までの人生で「忙しい」と思ったことがほとんどない。常に暇だと感じている。友人に「中島っていろいろやってるし忙しいでしょ?」と聞かれるときも、「いや、全然。すごい暇」と答えている。

これは事実で、社会人になってから労働時間が長い日は朝8時から22時くらいまで働く日がたまにあるが、幸いリモートワークなので6時半に起きてジムに行けるし、仕事が終わってから0時過ぎに寝るまでにサウナにも行けるし本も読めるしブログも書ける。

これはたまにある労働時間が長い日のスケジュールで、普通の日は9時から19時くらいまで働いている。そんな日は仕事後に友人とご飯にも行けるし、帰ってから同じように本を読んだりジムに行ったりブログを書いたり、いくらでも好きなことができる。出社するにしても歩いている時間はPodcastを聞くし、電車の中では本を読んでいるから、好きなことができる。そう考えると毎日それなりの時間を確保して好きなことができているので、私の感想としては「総じて暇である」なのだ。

休日も興味がない予定は丁重にお断りをしていて、土日のどちらかは何も予定がない日が多い。この前の3連休は3日とも何も予定がなかった。だから終日気になることを調べたり、本を読んだり映画を見たり、不動産を見に行ったりと、新しい情報に触れながらゆっくりと考え事ができた。

他方、びっくりしているのが周りの友人の多忙さだ。最近友人を誘って客単価1〜2万円のちょっと価格帯の高いレストランに行くことが増えた。「その日空いてる?」と連絡を取るわけだが「ごめん、土日の予定が2ヶ月先まで埋まってて…」という友人がいた。それも1人や2人ではなく、かなりの人数が1ヶ月、2ヶ月先の土日は終日スケジュールが埋まっている、とのことだった。ついでに平日も聞いてみると、毎日飲み会やゴルフのレッスンでいっぱいで、1ヶ月のうち空いてる平日は5日あるかないか、といったようだった。

楽しい予定がたくさんあるのは結構なことだが、まるで予約困難店のように暇が入る隙もなく予定が満ち満ちなのはどうなのだろう。意図的に暇を作り出している身としては、毎日しなくちゃいけない予定があるというのはストレスで耐えられそうにない。それ以上に若くてエネルギーがある20代・30代におけるチャンスや精神的成長を逃してしまうのではないか?とも感じてしまう。

人生おいて、千載一遇のチャンスというのは、そうそう訪れるものではない。「幸運の女神には前髪しかない」のだ。幸運、すなわちチャンスの女神は前髪しか生えておらず、後頭部には髪がないらしい。そんなへんてこりんな髪型の女神を捕まるには、通り過ぎてからでは遅い。こちらに向かってきた瞬間、パッと手を伸ばして前髪を掴み、一本残らずむしり取らなければならない。

ここで一つ私の話をしよう。私は最近不動産を買った。要するに家を買った。自分が住む家だ。意識高い系中島として不動産の解説をする気はないので詳細は語らないが、いい家を買うには、いい物件が出た瞬間、誰よりも早く内覧に行き、誰よりも早く買うか買わないか決断をする必要がある。なぜなら一番先に買います!と言った人に購入する権利が渡されるからだ。要するにスピード勝負だ。

しかし人気のあるエリアの良い物件は、すぐに売れてしまう。木曜日に物件が出て土曜日に内覧に行ったら既に売り切れてました、なんてことがよくある。つまり、良い物件を買うのに大切なこと、それは暇だ。なぜか。

「あ、良い物件あった。見に行こう。でも金曜日の夜は飲み会で、土曜日はゴルフで、日曜日はBBQだ。内覧に行けるのは1週間後かな……」と呑気なことを言っていたら良い物件はすぐ売れてしまう。良い物件が出た→次の日には内覧に行く、というチャンスを受け入れる暇がないと、一生逃してしまう。暇じゃないと幸運の前髪は掴めない。つまり良い物件が買えないのだ。

これは家を買った私の実体験というn=1の話だが、似たような話はいくらでもある。あなたが建築士として働いているとしよう。

先輩建築士からある日「今度の土曜日、隈研吾先生主催のパーティーに呼ばれたんだけど、来ない?」しかしあなたはゴルフの予定があった。「ごめんなさい、その日はゴルフで……もう予約しちゃっててキャンセルできないんです……」この場合、逃したチャンスは隈研吾氏と話せる、というチャンスだけではない。せっかく幸運な機会を差し出してくれた先輩から、次の機会に誘ってもらう、というチャンスまで逃してしまうわけだ。千載一遇の好機をみすみす逃す後輩がいたら、もっとレスが早くて暇でフッ軽ですぐ来てくれる後輩に話をするようになるだろう。

もちろん飲み会もゴルフも良い体験だとは思うが、一つ言いたいのは同じことの繰り返しでは人は成長しないということだ。精神的にも肉体的にも成熟するためには、新しい刺激に触れなくてはいけない。そして新しい刺激は思わぬところからやってくる。

先輩の誘い、後輩からの連絡、突然きたInstagramのDM、キャンセルが出たからと代打で呼ばれた飲み会。暇じゃないと、そういったチャンスは掴めない。

それに加え、新しいことを始めるには絶対に暇じゃないと始められない。転職をしたり、独立したり、起業したり、家を買ったり、などなど。

重要な意思決定は、1人の時間でするものだ。常に予定で埋まっていると、自分と向き合うことができない。私は「一緒に考える」という言葉が嫌いだ。「一緒に」って何だ?他人は自分の頭の中にまで入ってこれないだろう。友人も恋人も家族も。いつだって考えるときは1人だ。一緒に考える、なんてできるわけがない。

手に入れた情報を吟味し、秤に乗せ、どちらが最適かをあーでもない、こーでもないとうんうん唸りながら考える。全て、1人で。その1人の時間の濃さは、普段いかに1人で自分と向き合っているかにかかっている、と思っている。毎日誰かといないとだめ、暇に耐えられないような人が、自分と向き合えるだろうか?私はそうは思わない。1人の時間がない人間は、精神的に未熟なままだ。

新しい刺激に出会うためにも、新しい選択肢を増やすためにも、暇は必要不可欠だ。予約困難店のように多忙な人は、騙されたと思って暇になってみてはいかがだろうか。いつも断っていたあの人の誘いに初めて行けるかもしれない。ずっと行ってみたかったけど忙しくて後回しにしてたあの美術館に行けるかもしれない。新しい刺激は、これまでのルーティンとは違う活力をもたらしてくれるかもしれない。暇になってみると、新しい刺激が増えて、思ったよりワクワクすることに気づくかもしれない。

とりあえず暇になってみよう。話はそれからだ。


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