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桜の森の満開の下

満開の桜の下を歩いていると、綺麗だなと思うとともに、何か胸がはちきれそうな、不安な気持ちに襲われることはないだろうか。

僕は毎年、桜を見ると、そんなゾワっとした寒気に襲われることがある。一人、近所の土手の桜並木の下を歩いていると、風が吹く。桜の花びらが舞い、川の方へと飛んでいく。誰もいない散歩道。夕方。陽が傾き、あたりが少しひんやりしてくる。木々の合間を縫って、冷たい風が僕の足元を通り抜ける。ふと目を上げると、そこには満開の桜の木が、花びらを空いっぱいに散らしながら、こちらを見下ろしている。美しさとともに、何かゾッとする不穏な心臓の高鳴りを感じ、僕は土手を降りる。

非日常的な美しさを僕の心が受け止めきれなかったのか、はたまた桜の木には見るものを狂わせる魔力でも備わっているのか。満開の桜を通り過ぎるたびに、ふとそんなことを思う。

坂口安吾の短編小説『桜の森の満開の下』は、まさにそんな満開の桜が醸し出す怖さといったものが、生々と描かれている。とある山に暮らす人殺しの山賊は、満開の桜を恐れていた。春になるたびに山に桜が咲く。その満開の桜の下を通るたびに、何か得体の知れない恐怖に襲われ、一人足早に去るのだった。ある日、山賊は美しい女を奪い、山で一緒に暮らすようになる。女は山賊が共に暮らしていた別の女たちを殺すよう命じ、山賊は次々と首を切る。女は山の暮らしに飽き、山賊に都に移り住むよう頼み込む。折れた山賊は都に住み、女の「首遊び」のために夜な夜な人を殺し、はねた首を持ち帰る。女はその首で劇を楽しみ、目がくり抜け、歯が抜け落ち、肉が腐り、首が首の形を失うまで遊び続ける。

女は一体何者なのか。

当たり前にように淡々と残酷な非日常が描かれ、得体の知れない女への恐怖が募っていく。そしていつしか季節は巡り、山賊の恐れる桜が咲く春がやってくる。

この美しき怪奇小説は、とても短い。20分もあれば読み終えることができ、Apple Booksまたは青空文庫で無料で読める。

桜が見頃を迎える今、読書を通じて新しい桜の一面をのぞいてみてはいかがだろうか。

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