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#ジャニー喜多川性加害問題 株式会社ジャニーズ事務所の危機管理対応の考察

 本稿は、企業危機管理の実例としてジャニーズ事務所の創業者ジャニー喜多川 の長年にわたる所属未成年タレントに対しての性加害疑惑—以後ジャニー喜多川性加害疑惑とする―について、ジャニーズ事務所の対応を企業危機管理の視点から考察するものである。
 最初に本疑惑についての経緯を説明する。本疑惑が注目を集めたのは、3月7日 の英国BBCのドキュメンタリーであるが、考察は1999年10月から開始された週刊文春による一連の疑惑報道記事とする。次に類似事件を参照する。参照するのは雪印乳業食中毒事件、オリンパス巨額損失隠蔽事件—以後オリンパス事件とする―、米国映画プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインによる女性俳優や自社社員に対するセクシャルハラスメントや性的暴行事件—、以後ワインスタイン事件 とする―である。
 ジャニーズ事務所は、創業者であるジャニー喜多川の1999年10月からの週刊誌による性加害疑惑を報道され、さらに国会質疑も行われた。ジャニー喜多川には法的、道徳的、ジャニーズ事務所にも経済的、法的、社会的、危機が発生した。通常これらは企業存続の危機であるが、本年5月31日現在まで、ジャニー喜多川およびジャニーズ事務所が経済的損失を被り、法的処罰されたり、社会的にも道徳的にも制裁を受けた事実はない。この対応を評価考察する。最後にこの結果によって、日本社会が陥る危機についてコメントする。

疑惑の経過

 英国BBCは現地3月7日(日本では3月18日と19日)、ジャニーズ事務所を創設した故ジャニー喜多川による性的加害疑惑のドキュメンタリー「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」を放送した。ネットメディア、SNSで大きな反響を呼んだが、大手新聞社、テレビ局がこの放送を取り上げることはなかった。
 ジャニー喜多川の性加害疑惑を1999年から追及している週刊文春は、4月13日号に元Jr.のカウアン・オカモト氏が、実名顔出しで被害を訴えた記事を掲載した。氏は4月12日、日本外国特派員協会で記者会見を行い、次のようにコメントした。

今回、週刊文春の取材を受け、日本のメディアではおそらくこのことは報じないだろう、外国のメディアならば取り上げてくれるのではと言われ、この記者会見を受けることにしました。

質疑では、NHK報道局のディレクターが、

テレビメディア、とりわけ公共放送に勤める者の一人として、大変重く受け止めております。」、「カウアンさんは1996年生まれ、私は1995年生まれの同世代になるのですが、当時、文春で報道されていたことが私たちに届くような状況ではなかったかと思います。

と前置きしてから、次のように質問した。

もし当時、大手メディアが報じていたら、ご自身の選択は変わったと思いますか?例えばジャニーズに入所することをためらったとか、そういった選択は変わったと思いますか?

カウアン氏はこのように回答した。

メディアが報道していれば大問題になったと思うし、未成年なので判断できないですが、親は当然、行かせなかったと思う。

 カウアン氏の記者会見を共同通信、朝日新聞、読売新聞は同日、毎日新聞、日本経済新聞は翌4月13日に記者会見を行った事実のみを報じた。ジャニーズ事務所は4月13日、共同通信の取材にコメントを発表したが、カウアン氏の訴えには何もコメントしていなかった。

弊社としましては、2019年の前代表の死去に伴う経営陣の変更を踏まえ、時代や新しい環境に即した、社会から信頼いただける透明性の高い組織体制および制度整備を重要課題と位置づけてまいりました。本年1月に発表させていただいておりますが、経営陣、従業員による聖域なきコンプライアンス順守の徹底、偏りのない中立的な専門家の協力を得てのガバナンス体制の強化等への取り組みを、引き続き全社一丸となって進めてまいる所存です。

 週刊文春ではその後も橋田康(はしだやすし)氏などが実名顔出しで、性被害の訴えを記事にするが、一部を除いて新聞やテレビなどの大手メディアが問題を報道することはなかった。かろうじて、控えめではあるが毎日新聞とTBSテレビが報道を行った。
 BBCの取材にも沈黙を通していたジャニーズ事務所の藤島ジュリー景子社長は、4月21日にスポンサーなど取引先企業に対しては、社員や所属タレントらに聞き取り調査を行ったことや、外部専門家が元所属タレントらの相談を受け付ける窓口を設置する方針を記載し、釈明する文書を送っていた。

私たちは本件につき、問題がなかったなどと考えているわけではございません。

 5月14日、故ジャニー喜多川による性加害問題について当社の見解と対応と題して藤島ジュリー景子社長のビデオメッセージと各方面から頂戴したご質問への回答というテキストを公表した。ジャニー喜多川の性加害についてはこうコメントした。

知らなかったでは決してすまされない話だと思っておりますが、知りませんでした。

第三者委員会の設置についてはこのように説明した。

調査段階で、本件でのヒアリングを望まない方々も対象となる可能性が大きいこと、ヒアリングを受ける方それぞれの状況や心理的負荷に対しては、外部の専門家からも十分注意し、慎重を期する必要があると指導を受けたこともあり、今回の問題については別の方法を選択するに至りました。

 この公式発表後、大手テレビ局も控えめな報道を行うようになった。特にNHKは「おはよう日本」でトップニュースとして扱った。
 5月16日には立憲民主党はヒアリングのためカウアン・オカモト氏、橋田康氏を国会に招待した。
 5月17日カウアン氏に「公共放送に勤めるものとして責任を感じている」とコメントした、NHKは、クローズアップ現代でジャニー喜多川性加害疑惑を報じた。
 5月31日には二本樹顕理(にほんぎあきまさ)氏が国会内で開かれた立憲民主党「性被害・児童虐待」国対ヒアリングに出席した。
 二本樹氏 は1996年の中学1年生の時にジャニーズ事務所のオーディションを受けてジュニアとして活動を始めた。3か月後、ホテルでジャニー氏から性加害を受けたことを告白し、次のように被害者数を述べた。

すべての実質数までは把握できませんが、少なく見積っても300名ぐらいの被害者がいてもおかしくないですし、ヘタしたら被害の実態はもっと大きいかもしれません。4ケタもあり得ると思っています。

 ジャニーズ事務所も5月26日、5月14日に発表していた「心のケア相談窓口の開設」 「外部専門家による再発防止特別チームの設置」を「社外取締役」とともに会社ホームページで発表した。

心療内科医に委嘱して、本問題によって心を痛めたジャニーズ事務所の所属経験者を対象にした外部機関としての相談窓口を5月31日に開設します。この窓口では完全にプライバシーに配慮した形で心療内科医・公認心理師がご相談者それぞれの心の問題に対応し、できる限りのケアを行います。

 心のケア相談窓口の開設の監修者は元衆議院議員で元環境大臣の鴨下一郎氏。さらに外部専門家による再発防止特別チームに元検事総長である林眞琴氏、精神科医の飛鳥井望氏と他1名の性加害等の被害者支援の臨床心理の研究者が就任した。社外取締役には財務省出身の中井徳太郎氏、2023年WBC 侍ジャパンのヘッドコーチの白井一幸氏、第⼆東京弁護⼠会副会長の藤井麻莉氏が就任したと発表した。
 これらの発表によってジャニーズ事務所の本件の危機対応は概ね終了したと思われる。これらの対応を受けて、大手メディアは控えめな報道と控えめな批判を加えている。一方、ネットメディアや海外メディア、外国人記者はジャニーズ事務所の対応と疑惑を報道しない大手メディアを痛烈に批難している。

危機対応への批判

 5月14日の藤島ジュリー景子社長のビデオメッセージと想定問答という発表は、危機管理の専門家や実務家といった、危機管理コミュニティから痛烈に批判を浴びた。
 要点は三つある。一つ目は初動の遅さ、二つ目は性被害を訴えていることへの事実確認と謝罪なしというゼロ回答、三つめは第三者員会を設置しないという対応になる。
 第三者委員会の代替えとして設置される、外部の専門家による再発防止特別チームというのも批判の対象となっている。
 チームの指揮を執るのは元検事総長の林真琴氏である。氏は顧問弁護士を務めている元東京地検特捜部の矢田次男氏の後輩なのである。外部の専門家という客観性があるかという批判である。委員の費用の出どころがもしジャニーズ事務所ならば客観性において大いに問題がある。

類似事件との比較

 まず雪印乳業食中毒事件である。事件の概要は、ここでは詳細を省くが、当事者である雪印乳業の業績は2000年3月期が205億円の黒字に対し2001年3月期は事故処理関連の特別損失として434億円を計上、固定資産の売却益で419億円を特別利益に計上するも最終赤字が529億円となった。
 株価は事件発覚前2000年6月27日に同年の最高値619円だったものが、2000年7月12日には382円に下がった。経済的損失以外にも法人や経営陣、工場長などが業務上過失致死や食品衛生法違反などで責任が問われている。
 次にオリンパス事件である。雑誌FACTAが2011年8月号でオリンパスの巨額損失隠しを記事にしたことで発覚した事件で、当初、大手メディアが取り上げることはなかった。
 2011年4月から社長に就任していたマイケル・ウッドフォードがFACTAの記事を知り社内調査開始、9月29日、一連の不透明で高額な企業買収により会社と株主に損害を与えたとして、菊川剛会長および森久志副社長の引責辞任を促した。
 2011年10月1日付でウッドフォードは、社長兼CEOに就任して一旦は全権を掌握したが、2011年10月14日の取締役会で、突如社長を解任された。解任は取締役全員賛成で決定された。
 ウッドフォードは解任後事実をフィナンシャル・タイムズ紙に公表、オンリンパス経営陣の不正を糾弾すると同時に、英国の捜査機関に英国内でオリンパスが行った買収事案の刑事捜査を求めた。菊川会長他経営陣もウッドフォードが内部資料を情報漏洩させたとして法的措置を検討するとした。
 一連の解任劇、ウッドフォードの経営陣への糾弾が大手メディアに報道されるとオリンパスの株価は2011年10月13日の終値2,482円から2011年10日20日には終値1,321円に下げることになる。この後、菊川元会長、森元副社長、山田元常勤監査役は刑事裁判で有罪判決、法人には罰金7億円、関係者も共同謀議幇助で有罪判決を受け、民事裁判でも菊川元会長、森本副社長、山田元常勤監査役には594億円の支払いを命じた。
 もう一つ、類似する事件がある。2017年10月に発覚した米映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる多数の女性を暴行し、被害者に事件を口外しないよう口止め工作を行ってきた事件である。事件が明るみにでてから多くの被害女性が声を上げた「#MeToo運動」は社会現象となり世界的に広がった。
 事件の発覚は2017年10月5日のニューヨーク・タイムズの記事と、2017年10月10日の雑誌ニューヨーカーの記事だった。前者は30年間に渡って自社の社員たちや自社作品に関係した女優たちに対してのセクハラ行為で、示談に持ち込まれた8件について報じたものであり、後者は、ワインスタインからセクハラを受けたとする13人の女性たちの証言と、ワインスタインにレイプされたとする女優のアーシア・アルジェントを含む3人の証言などであった。
 ワインスタインはニューヨーク・タイムズ紙の記事に対しては次のようにコメントした。

一緒に仕事をした人たちに対しての自分の振る舞いが苦痛を与えていたことには詫びたい。

 一方、ニューヨーカー誌で報じられたレイプはすべて合意のもとだったと主張し、4人の女優たちに対する報復行為についても全面的に否定する声明を発表した。
 ところが女優やモデル、ワインスタインの会社の社員などが、ワインスタインからレイプやセクハラの被害を受けたことを次々にSNSで「#Me Too」というハッシュタグをつけてSNSで証言した。2017年10月14日にはワインスタインは、アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミー(AMPAS)から追放された。ワインスタイン・カンパニーは2018年3月に破産、同年5月に80人以上への強制暴行や強姦、性的犯罪行為、性的虐待などの容疑で逮捕、2020年禁固23年を言い渡されたほか、ロサンゼルスでも禁固16年の刑を言い渡された。

危機対応の評価

 5月31時点において、ジャニーズ事務所の危機対応は概ね成功しているといえよう。理由を述べる。
 ジャニーズ事務所は、最初の事件報道から5月31日現在まで、経済的損失、法的処分、社会的、道徳的制裁を被っていない。雪印乳業食中毒事件、オリンパス事件では法人は株価の急落、赤字決算等の損失を被り、上場廃止の危機に陥った。経営陣は刑事及び民事訴訟における有罪判決といった制裁を受けている。ワインスタインは2017年10月5日ニューヨーク・タイムズの最初の事件報道の9日後、2017年14日には映画芸術科学アカデミーから追放されている。翌年5月には逮捕拘束されている。
 ところがジャニーズ事務所は、1999年の最初の週刊文春による性加害疑惑報道から24年間、民事だが2004年2月にジャニー喜多川の性加害報道の真実性が確定して19年間、経済的な損失も、社会的な制裁も受けていない。危機が認知されてから、経済的、法的、社会的、道徳的に全く不利益がないことになり、危機は完全に回避されていることになる。ではなぜ回避できたのかを分析する。

危機対応の分析

報道統制

 回避できている要因は2つ考えられる。一つは報道統制である。具体的にいうと「報道されない」ということである。これは自社発表などの広報統制ではなく、新聞やテレビ放送で自社へ不利な報道を結果的にされないということである。この対応は、ジャニーズ事務所が、テレビ局との強力な互恵関係によって実現 したと思える。
 ここからは推論ではある。1980年代の光GENJI、1990年代のSMAP、2000年代の嵐はその年代のトップセールスアイドルである。CD、コンサート、各種イベントでジャニーズタレントが起用され業界全体でジャニーズ事務所への依存関係が構築された。つまりジャニーズ経済圏覇権の確立である。
2000年代から始まった、新聞の発行部数の減少とテレビ視聴率の低迷が重なり、テレビ各局はジャニーズ依存をさらに高めた。
 経済覇権によって番組にタレントを調達する差配能力を確立する。テレビ局や制作会社が主体となってタレントをキャスティングするのではなく、ジャニーズ事務所がテレビ局や制作会社へタレントを差配する能力である。そして2006年、嵐・櫻井翔氏のニュースキャスター起用になる。
報道番組へのジャニーズタレントの起用はメディアのコントロールを飛躍的に向上させたのではないだろうか。今回では、所属タレントの東山紀之氏が5月21日、メインキャスターを務めるテレビ朝日系『サンデーLIVE!!』で、このようにとコメントしている。

この件に関しましては、最年長である私が最初に口を開くべきだと思い、後輩たちには極力待ってもらいました。彼らの心遣いに感謝します。

 実は、コメントすることについては、5月20日、週刊女性PRIMEで、ジャニーズ事務所が代理店に対し、東山が「サンデーLIVE!!」で言及する可能性があることを事前にメールで一斉送信していたと報じていた。報道の時期をジャニーズ事務所側がコントロールしていたという証左になる。
 雪印乳業食中毒事件は中毒被害者の発生で事件が明るみになるが、経営陣の危機対応—隠蔽工作—より先に当局が事実を公表し、それを大手メディアが連日報道することによって最終的には経営陣の杜撰な隠蔽工作が露呈し事実が明らかになった。オリンパス事件、ワインスタイン事件は大手メディアによる報道が事件当事者の隠蔽工作を阻止したといってよい。ジャニーズ事務所は、大手メディアをコントロールすること、報道統制によって危機回避を実現させているといえるだろう。

当局の配慮

  二つ目は当局の配慮あるいは忖度の対象となること。司法や行政など、「当局」の介入を避け、「訴追されない」ことが実現されていることである。
 ジャニー喜多川性加害疑惑の最初の報道は週刊文春の1999年10月からの14週にわたる連載である。実に24年間、当局がジャニー喜多川の性加害疑惑を刑事事件として問題視したことはほぼなかったといえる。
 但し立法府では、2000年4月の第147回国会衆議院の「青少年問題に関する特別委員会」で、自民党の阪上善秀(さかうえよしひで)衆議院議員(当時)がこの問題を取り上げたことは特筆できる。
 阪上議員は、お子様がジャニーズ事務所に関係のある親御さんから、ジャニー喜多川が所属タレントに性的いたずらをしているという話を聞き、その子の友達からもいろいろな体験談を聞いたと相談があり、2000年4月13日時点における週刊文春で報道がされているジャニー喜多川の行為は法令違反ではないのかという質疑を関係省庁に対して行った。
 質疑冒頭、阪上議員は労働省労働基準局長に、光GENJIのメンバーが深夜番組に出演したことについて労働基準監督署が調査に入ったが問題なしとし、同じくホリプロ所属タレントが深夜番組に出演したときには書類送検したことについて質した。
 同じ法令違反をしてもホリプロは書類送検、ジャニーズはお咎めなしだった。これは当局のジャニーズ事務所への配慮の証左ではないだろうか。次に児童福祉法や児童買春・児童ポルノ禁止法、その他児童保護関連条例についての質疑を行った。
 厚生省児童家庭局長は一般論という前提でとして次のように答弁した。

児童に対しまして今申し上げたような性交類似行為をするということは、児童福祉法三十四条の六号に違反しているというふうに考えられると思います。

警察庁生活安全局長 も一般論と前置きして、次のようにと答弁した。

児童買春、児童ポルノ法では児童買春をした者を処罰することといたしておるわけでございますけれども、児童買春とは、児童等に対しまして、対償を供与し、またはその供与の約束をして、当該児童に対しまして性交等をすることと規定されております。これに違反するような行為がございますれば、具体的な証拠に基づきまして厳正に対処してまいりたいと考えております。

法務省刑事局長も一般論と前置きして答弁した。

刑法では、十三歳未満の少年についてわいせつな行為をしたときには、それ自体で強制わいせつ罪が成立することとされております。

 ここで阪上議員 は重要な問をした。

条例違反や児童福祉法違反、強制わいせつ罪は被害者の訴えがなくても捜査の対象となると思いますが、いかがでしょうか?

法務省刑事局長はこう答弁した。

今御指摘のような犯罪につきまして、被害者からの被害申告あるいは告訴、このようなことが捜査を開始する要件とされているわけではないというふうに理解しております。

報道についても郵政省放送行政局長 もまた一般論と前置きして答弁した。

NHKはその公共性を十分配意いたしまして、番組編集に当たって適切に対応されるものというふうに期待しているところでございます。

 当然ではあるがこれらの国会質疑後もNHKを含め大手メディアでは報道されることはほとんどなかった。
 司法が介入できなかった事情に法整備の遅れという要因もあるかもしれない。当時まだ強制わいせつや強姦といった性犯罪を刑法では女子を対象としていた。2017年に法改正を行ったが、この法改正では強姦罪等の性犯罪を親告罪とする規定が削除されたことが重要である。法務省は、そのことについて次のような説明を掲載している。
 この改正により、従来、親告罪とされていた強姦罪(改正後は「強制性交等罪」と改められています。)、強制わいせつ罪等の性犯罪は、親告罪ではなくなり、告訴がなくても裁判により犯人を処罰することができるようになりました。
 また、改正法が施行される前に被害に遭われた事件についても、原則として、告訴がなくても裁判により犯人を処罰することができるようになりました。
 2000年当時は対象が女子であり、親告罪であった強制わいせつ罪や強姦罪(改正後は強制性交等)が適用範囲を広げ、非親告罪になったにも関わらず、法施行の2017年7月13日から2019年7月9日のジャニー喜多川の死去まで訴追 を受けることはなく、死後も書類送検されていない。
 このような経緯からも、ジャニーズ事務所は当局に特別な配慮を行ってもらえる、「訴追されない」という危機回避をおこなっていたと推測される。
これらのジャニーズ事務所の危機回避行動によって、より大きな批判が日本社会に向けられ、国際的な信用失墜の危機であることを認知する必要がある。

日本社会の危機

 ジャニー喜多川性加害疑惑のような行為は、チャイルド・アビューズ(Child Abuse)という。子どもに対する身体的、性的、感情的または心理的な虐待や過失のことである。
 海外では法的にも社会的、道徳的にも許されない行為であると厳しく糾弾されると同時に、それを行った人は社会的にも抹殺され、二度と社会復帰はできない。たとえ善意の第三者であってもチャイルド・アビューズを行った人や団体と関係を持っていただけでも厳しく処分される。
 日本でもデジタル庁の事務方トップに就任予定だった、元MITメディアラボ所長の伊藤穰一氏がジェフリー・エプスタインから資金提供を受けたという行為で内定が取り消され、その後社会から抹殺された。
ジャニー喜多川性加害疑惑を報道しない大手メディアと司法当局、沈黙する関係者、そしてそれを容認している日本社会は海外から見ればチャイルド・アビューズの庇護者と思われてもおかしくない。
 BBCのドキュメンタリー番組を制作したモビーン・アザー氏と、プロデューサーのメグミ・インマン氏が東京の日本外国特派員協会のZoom取材に応じたが、モビーン・アザー氏もメグミ・インマン氏も、そこに参加した外国人記者も、日本メディアと司法当局、日本社会を厳しく批難している。
 つまり、チャイルド・アビューズの根絶をめざす国際社会から見れば、日本社会はチャイルド・アビューズの庇護を行っていることになってしまうのである。そうなれば先ほど説明した通り社会から抹殺される危機にある。日本社会の危機認知能力の欠如といえる。
 ワインスタイン事件でのオバマ前大統領のコメントを引用する。

ミシェルも私もハーヴェイ・ワインスタインの記事を読んで、非常に嫌悪感を覚えました」「女性の面目をつぶし、女性を傷つける男は、どんな立場であろうと、どんなに裕福だろうと批難され、自らの行動に責任を負うべき。そして自身の辛い体験を語った勇気ある女性たちは称されるべきだと思います。女性をエンパワーし、学校でも男性に礼儀や敬意を教えるような文化を作っていかなければならない。そうすることで、今回のような騒動を減らすことができるかもしれません。

 まず、ワインスタインを批難している。これらは本心でもあるだろうが、危機回避行動でもある。つまり社会からの批難という危機を認知したら、それを回避するための必要不可欠な行動である。
 関係者としてまず、一般論としてでもチャイルド・アビューズを批難し、ジャニー喜多川の性加害を知っていれば謝罪、知らないのであれば知らないとコメントすべきである。ところがジャニーズ関係者のこの発言はどうだろう。

今ジャニーズ事務所が大変なことになっているが、俺たちは昔ジャニーズだったことに誇りを持っている。俺たちの名前『男闘呼組』をくれたのもジャニーズだ。いろいろなことを言う人たちがいるけど、それで傷ついている人間もいる。俺たちはこれからもジャニーズを応援するし、皆にも応援してほしい。

 これは男闘呼組のコンサートのアンコールで、中居正広氏もゲストとしてステージ上にいる中、高橋和也氏が発言したものである。
 男闘呼組の高橋和也氏は少なくとも創業者による数百、もしかすると数千人におよぶチャイルド・アビューズを行ったとする証言がある中、被害者へのいたわりの発言はなく、被害者への充分なケアがまだできていない会社を批難せず、「応援している」と発言し、聴衆にも「応援してほしい」といってしまっているのは、危機認知能力の欠如である。
 ジャニー喜多川の性加害疑惑に対して高橋氏のように発言することは論外としても、多くの所属タレントが沈黙していることも危機認知能力の欠如といえる。

おわりに

 本稿はジャニーズ事務所の危機管理対応を危機管理的な視点で評価することと、その陰に隠れた危機を述べるもので、ジャニー喜多川の性加害疑惑への批判はなるべく控えたが、ここで被害に遭われた人が勇気を出してそれを公表したことへ敬意を表したい。
 チャイルド・アビューズに対して、加害者であるジャニー喜多川と、これまでのジャニーズ事務所の対応、報道しない大手メディアと行動しない当局を強く批難するとともに、ジャニー喜多川のグルーミングを容認してしまう日本社会が被る、国際的な権威と信用失墜の懸念を強く表明することを付け加えるものである。

補足

 逆説的に危機管理対応が成功していると評価したが、このような状況を容認するわけではないので、今後についてコメントする。
 現状のままであるとジャニーズ事務所への影響は発生しない。残念ではあるがこの問題に対する日本社会の関心は低い。ということは懸念される国際社会からの信用失墜という危機が具現化されるということだ。
 週刊文春はスキャンダルとして報道しているが、チャイルド・アビューズ、社会問題として取り上げるにはやはり大手新聞の記事という権威が必要である。がしかし大手新聞が報道する蓋然性は低い。同様に、大手テレビ局もその蓋然性は低い。通常であれば出演規制などが行われるが、テレビ局に特に民法にそれを期待できない。唯一期待できるはNHKではないだろうか。
では当局はどうか。こちらも捜査する蓋然性は低い。仮に捜査されたとしても立件される蓋然性はさらに低い。本文で取り上げた2000年の国会質疑では、関係省庁の各担当は一般論として前置きしているが、事件性を答弁している。しかも親告罪でありながら必ずしも「それが捜査を開始する要件とされているわけではない」とまで刑事局長は答弁している。ということは、その後の状況の通り、その時点では捜査したかもしれないが事件性はないと判断しているということなのだろう。
 ワイスタイン事件の#Me Tooは、勇気あるファーストペンギン女優によって、沈黙していた女優たちが、社会正義へのパンドワゴンで広がったといえる。
 しかし日本ではいまだジャニー喜多川のグルーミングなのか社会正義への無関心なのか、それとも沈黙の螺旋なのか、ジャニーズタレントもいわゆる芸能人たちも疑惑を批難することはない。
 このような現状から当局が動く蓋然性は低いといえる。とはいえ、せっかくこども家庭庁が発足したのだから、権限の行使に期待したい。
危機管理を学び実践するものとして、そこに危機が存在し具現化しよとしているのに、有効な回避手段を提示できないというのは情けない話である。では危機回避のためにできることは何だろうか。それを1級の皆様と議論してみたいと思う。

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