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エッセイ連載 第8回「サプライズデートはありかなしか……?」

 忘れられない誕生日がある。

 8月10日。私の20歳の誕生日。その日は、付き合って半年ほどの彼氏が「せっかくハタチになるんだし、サプライズデートを企画するよ!」と言ってくれて、デートをすることになった。
 人生で初めてのサプライズデート。イベントごとが大好きな私は、前日の夜、ウキウキと気分を高揚させて準備をした。もちろんサプライズということで何も聞かされていない。悩みに悩んで膝丈のワンピースにヒールのサンダルという格好を選択。お風呂で念入りに毛づくろいを行い、乙女脳全開で期待に胸を膨らませ、ベッドに入った。

 デート当日。快晴。待ち合わせはお昼に横浜駅だった。少し遅れて行った私「待った?」彼氏「ううん、今来たとこ」。妄想通りの理想的やりとりでデートが始まった。

 「どこに行くの?」と聞くと、「横浜中華街を案内するよ」と言われた。彼は関東出身の人だったので、横浜に詳しいそうだ。
 「昔行って美味しかった中華料理屋でお昼を食べよう」ということになり、中華街を歩いた。「中華街はじめて!」「昨日は寝られた?」などとしゃべりながら、手を繋いで歩を進めるカップル。
 しかし、なかなか店に着かない。彼氏は「おかしいな……」とか「あれ?」と言いながら、行ったり来たりしている。どうやら道が分からないようだ。この日は夏真っ盛りということで、気温は30℃を軽く超えていた。
 約20分後、何とか店にたどり着いた時にはふたりとも汗だくだった。

 中華料理屋は、何というか、いわゆる大衆的な店だった。カウンター席がメインでテーブル席が少し。カウンター席から見える天井高い位置にテレビがあって、昼の情報番組が大音量で流れていた。夫婦で営んでいるであろうその店は常連客で活気に満ちあふれていた。
 決してこの店は悪くはない。料理はどれも美味しかったし、お店の方も温かい人柄で、とても楽しい時間を過ごした。でも、心の中でつぶやいた。「誕生日のデートで来る場所かなぁ……?」基本的に少女漫画で恋愛をお勉強していた20歳の私は、常にロマンチックな出来事、展開を期待しており、地元感の強い中華料理屋を彼がチョイスしたことに、心底ガッカリした。
 しかし、せっかく彼氏が考えてくれたプラン。決して文句は言えない。モヤっとした気持ちに忘れたフリをして食事を楽しんだ。

 店を出た私たちは、近くをぶらぶらすることになった。洋服店や雑貨屋を中心に色々な店を見ながら、中華街を歩きまくった。約2時間。
 炎天下、ヒールで歩き通しだった私は疲労困ぱい。足は靴擦れして痛いし、暑過ぎるため、「どこかお店に入って休憩しよう」と提案したかった。が、それは言えなかった。
 だって、今日はサプライズデートなのだから。彼が私のために考えてくれたプラン。「ひょっとしたら、この後カフェなどを予約しているのかもしれない……」と思うと、こちらからの提案は到底出来なかった。

 すると彼は時間を気にして「次の場所へ行こう」と言った。「お!カフェか?」と期待したが、向かった場所は桟橋。中華街と赤レンガ倉庫を繋ぐ遊覧船に乗るそうだ。
 ガッカリポイントがまた貯まってしまった。
 私と彼氏は同じ大学に通っていたのだが、海専門の大学で、船に乗る機会が多かった。私は「学校で船乗って、デートでもまた乗るの!?」と思った。

 そこからの記憶はない。
 このエッセイを書くにあたり、彼に詳細を聞いたのだが、あの後、赤レンガ倉庫で買い物をして、私が気に入ったティーセットをプレゼントしてくれたそうだ。私は初めて訪れた赤レンガ倉庫を大層気に入り、はしゃいでいたらしい。その後は、晩ごはんを食べて、みなとみらいの観覧車に乗ったそうだ。

 なぜ彼からこの話を聞けるかというと、その彼が今の夫だからだ。
 今更知った話だが、なんと夫は、この日の前日に横浜へ赴き、デートの下見をしていたそうだ。
 すまない、夫よ。全然覚えていなくて。

 私の記憶には悪い方向で残っているが、もしかしたらすごく良いデートだったのかもしれない。だが、これを読んでいるあなたも思い返して欲しい。

 今までで一番良かったデート、一番悪かったデート、って覚えてる?

 断言するが、悪かったデートの方が思い出しやすいだろう。デートって圧倒的に良い方が多いし、悪い記憶は残りやすいものだから。
 ……いや、人によるかもしれない。でも私の言いたいことはそれではない。

 サプライズデートって、難しいよね。ということである。

 まず、行き先や内容を聞かされていないと服装に困る。ヒールで行ったために、歩き回る系のデートに耐えられず、また炎天下ということもあって、疲れきってしまった。
 次に、何が起こるかわからないとハードルがものすごく上がる。しかも「サプライズ」と言われると、要らぬ期待をしてしまい、理想を越えないと勝手にガッカリしてしまう。
 まぁ、側から見れば、”頑張ってデートプランを考えてくれた男に対して、ただワガママな女がイチャモンをつけている”と捉えられるのかもしれないが。

 とにかく、あれから私は夫に「この20歳のサプライズデートが今までで一番悪いデートだった」と言い続けた。
 その結果、夫は「サプライズはもう絶対しない!」とキレた。そして、私が過去に計画、実行した”謎解き風サプライズデート”(これはまた別に機会があれば書くが、今は省略)を、「あれは面倒くさかったし、意味がわからなかった」と言った。
 売り言葉に買い言葉。私も「これからデートの行き先、店、プレゼントは全部自分で指定する!そっちもそうして!」と決めた。
 夫がそう思うのは当然だし、私も期待するよりその方が楽だと思った。

 サプライズはしない。それが我々のルールになった。

 しかし、本日、31歳の誕生日。いつものデートと同じように、私が決めたレストランで最後のデザートを待っていると、夫から白い封筒を渡された。

 「何?プレゼントはもうもらったよ?」
 「開けてみて」 

 入っていたのは二つ折りのメッセージカード。開くとお祝いのメッセージとQRコードがついていた。コードを読み込むと動画が再生された。今まで撮ったふたりの写真がスライドショーになって流れた。曲は私の大好きなSUPER BEAVER。
 まさに、晴天の霹靂。サプライズはしない、を破る、10年以上を費やしたサプライズだった。普通に泣いた。

 サプライズ、ありかもしれない。
 次は私がしてみようか。ハードルがぐんと上がったので、計画を練らないといけないが。

 兎にも角にも、忘れられない誕生日になったのだった。

NEXT 8月20日

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