インテグラル理論の四象限を組織開発で活用する難しさとは?
先週は、インテグラル理論を題材に、新しい理論を組織に導入・展開していくときの説明のポイントについてご紹介しました。
今回は、その続編として、インテグラル理論のAQAL(全象限・全レベル)と呼ばれるもののうち、前号でも取り上げた「四象限」に焦点を当て、組織開発の実践にどう組み込んでいくのかについてご紹介します。
(1)組織開発上での活用に立ちはだかる「5つの壁」
四象限について企業で説明する場合の一例を前号でも挙げていますが、説明の結果、見られがちな反応は「だから、何?」というものです。四象限は変革をデザインし展開していく上で非常に役立つのですが、一方で使いこなすのがとても難しいものでもあります。
四象限は私たちの目の前で繰り広げられている、ありとあらゆる事象を4つの象限から捉えられるようにしており、ケン・ウィルバー自身もインテグラル理論を「万物の理論」と呼んでいるように、全てを包摂するものとして提示しています。
しかし、この四象限について、MECE(モレなくダブりなく)になっていることは理解できるものの「全てを包摂するもの」ということが『いまいちピンとこない』感覚がつきまといやすいようです。
その主な理由は以下の5つの壁が立ちはだかることにあるのではないかと思います。
壁1:四象限のそれぞれが、そもそも何を意味しているのかわかりづらい
壁2:各象限の差異を定義することの価値がわかりづらい
壁3:四象限にあてはめて分析することで何が価値として得られるのかわからない
壁4:四象限の「全てに重きをおくこと」の価値がわかりづらい
壁5:「四象限はシステムとしてつながっており、相互に影響し合っている
」ということの『重さ』が実感しづらい
壁1については書籍を熟読したり説明を聴くことでそれなりにクリアできるものなので、ここでは省略します。
そして壁2から5は独立して記載していますが、実際には壁5が根本原因となって壁4が引き起こされ、そして壁2・3が生じている、といえます。
今回は壁4と壁5に着目して、できるだけ簡略化してお伝えしていきます。
(2)「四象限」で表現されていること
インテグラル理論では、この四象限で以下のことを表現しようとしています。
A.全ての事象はいずれの象限からでも描写することができる
B.4つの象限はお互いに影響しあっている
C.四象限の全てに着目することでよりインテグラル(≒統合的)なアプローチを可能にできる。
Aについては、例えば、「とある会社の離職率」について次のように捉えることができます。
・左上象限「内面・個人」
離職率が高まり続けている背景には、新卒5年目の社員・Aさんの中で「この会社ではやりたいことをやらせてもらえず、ルーティンワークばかりでこの先のキャリアに不安がある。会社の辞め時を考えないとな…」という気持ちがある
・右上象限「外的・個人」
離職者傾向は20代後半から30代前半の社員が多い
・左下象限「内面・集団(文化的)」
離職率が高まっている背景には、会社の文化として創業社長のトップダウンで物事が決まることへの「結局は社長が決めるんだよね」という諦めや、「管理職は上を見て仕事をする」という傾向があることにある
・右下象限「外的・集団(文化的)」
離職率が高まっている背景には、ビジネスモデルとして在庫を抱える店舗経営をベースにしているため、Amazonのようなネットビジネスに凌駕され、業績が上げづらくなっていることがある。
このように四象限の観点から捉えることで「まさに複眼的に物事を捉えられそうだ」と感じられるのではないでしょうか。
実際に、自社の組織課題について四象限の観点からの分析を複数人数で行うことで、情報収集できる幅を拡げること自体は可能になります。
ただ、ここで壁が立ちはだかります。
それは、四象限の観点からの分析によってそれぞれの捉え方や情報は棚卸されるものの、「へー。そういうことが起きているんだね」とか、「それは面白い見方だね」という感覚どまりになってしまうことが多いのです。
これが、壁2から4になります。
そこには、インテグラル理論が表現しようとしているもう一つの側面である「B.4つの象限はお互いに影響しあっている」
の理解が難しいことが背景にあります。
シンプルに左側象限と右側象限で二分して、このことを説明していきます。
(3)「四象限の壁」が本当に指し示していること
左側象限は内面的で「目に見えない世界」、右側象限は外面的で「目に見える世界」になります。結局のところ、四象限の壁は、次の相関関係について、人は微弱にしか実感できないことに起因しています。
・人の内面にある「目に見えない世界」は、外側にある「目に見える世界」に影響を与える
・外側にある「目に見える世界」は、人の内面にある「目に見えない世界」に影響を与える
例えば「社員のモチベーション(内面)が上がらなければ、会社に変化は起きず業績(外面)も上がらない」というのは、比較的わかりやすい因果関係であると思います。
しかし、「社員のモチベーションは気分として上下するものであり、一人一人のモチベーションが上がったところで、巨大組織の中では誤差に過ぎない」という感覚にもなりやすくなります。
また逆に、「株価が下がったり企業買収されたりする(外面)と、社員は不安になりモチベーション(内面)が下がる」ことは理解はできていたとしても、「自分の財布から一万円札が目の前で抜き取られるほどの痛み」のようには実感できないのです。
この相関関係の弱い感覚が、左側象限と右側象限に分けて物事を捉えることの価値を感じさせづらくするのです。
左側象限と右側象限で二分されたものですら実感が乏しいのですから、ましてや四象限ともなれば…ということです。
(4)組織開発における「四象限」の本質的な活用方法
では組織開発における四象限を使う価値とは一体どこにあるのでしょうか?
それは、逆説的ではありますが、
「壁5:四象限はシステムとして繋がっており、相互に影響しあっているということの「重さ」を実感しづらい」
を超えていくことにあります。
あらゆる変革が成功しなかったり、成功したとしても副作用を起こしてしまうのは、この四象限の構成要素の捉え方に偏りがあったり、それぞれの相互影響を軽んじてしまう、もしくは見えていないことに起因しているためです。
従って組織開発における四象限の活用の価値とは、・状況の捉え方に対する視点の偏りに気づく・各象限の中に存在している様々な要素が相互につながっていることに気づくこの2つを促すことにあります。
先ほどの「離職率」の例を取り上げて、具体的に見ていきます。
1)社長が創業期から社長兼オーナーであり、最終意思決定者としての権限を担っている(右下象限)
2)創業期の零細企業時代から社長のトップダウンによって物事が決まってきていたため、「最後は社長が決める」という暗黙の了解が生まれている(左下象限)
3)そうした役員以下全員の「殿の仰せの通りに・・・」という考え抜かない姿勢に苛立ちを感じ、「最終意思決定者である俺が何とかするしかない」というプレッシャーが社長の中で沸き上がる(左上象限)
4)プレッシャーを抱えた社長は代表取締役という肩書によって他社の社長や有識者との人脈を広げ、質の良いディスカッションを行う(右上象限)
5)質の良いディスカッションによって鍛えられた社長の視座と役員以下の視座の差は開き、ますます社長に議論で勝てる人はいなくなる。社長は役員以下の視座の低い議論に耐え切れなくなり、業を煮やしてトップダウンで物事を決める (右下象限)
6)「業を煮やしたトップダウン」が繰り返されることで、ますます「最後は社長が決める」という暗黙の了解が強化される(左下象限)
7)好きにやらせてもらえず社長の言いなりの雰囲気に嫌気がさして「この会社は面白くないな・・・」と思う社員が生まれる(左上象限)
8)優秀な人が会社を辞めるようになる(右上象限)
9)優秀な人材から辞めていくことで組織全体として新しいものを生み出せなくなる(右下象限)
10)「この会社は優秀な人から辞めていくし、やばいよね」という噂話が広がり、沈滞ムードが広がる(左下象限)
11)沈滞ムードによって、個々人の中で「この会社には先がない。自分の身の振り方を考えないと」という思いが生まれる(左上象限)
12)離職率が上がり始める(右上象限)
13)ネット通販の競合会社の隆盛により、構造的にも売り上げを上げづらくなる(右下象限)
14)ネット通販の競合会社の隆盛と目に見えて上がっていく離職率の数値により、ますます「この会社はやばいよね」という雰囲気が広がる(左下象限)
15)その沈滞ムードの中で当事者意識のない社長の中で「どいつもこいつも自分のことばかり考えやがって!」と怒りと焦りが生まれる
6)に戻り、以降繰り返していく
このように事象の一つ一つを四象限で細かくおさえた上で、そのつながりを丁寧に追っていくことで、四象限で捉えることの価値が見えてきます。
このつながりがシステム(≒系)として見えており、ありありと自分達がはまり込んでいる状況を実感できる状態が、U理論でいうレベル3「センシング」になります。
つまり、自社の組織課題について四象限の観点からの分析を複数人数で行うだけでは、U理論でいうレベル2「観る」にとどまり、実質的な変化が生まれないのです。
四象限をシステムとして捉え、
「〇〇が起きるということは××になって、××ということは、△△になって・・・」
と丁寧にそのつながりを追うことでレベル3「センシング」に集団でたどり着きやすくなります。
変革の限界は、外側で起きていることに自分が影響を与えていることを実感できないことにあります。
内側と外側は実は深く結びついており、それが見えた時に初めて本当の変革が生まれる。
ここに、組織開発におけるインテグラル理論の四象限の本質的な活用方法があると考えています。
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