命の大切さを実感
『誰もいなくなった教室』
子猫が朝の会に
ある朝、教室へ向かう途中で、クラスの男子生徒とすれちがいました。何かを制服の中に入れ、私の声にも気づかない様子で小走りで教室に向かっていました。
教室へ入ると、どこからか子猫の泣き声がするのです。 教室を見渡す私と目が合ったのは先ほどの生徒でした。
突然その生徒は立ち上がり、
「先生、学校へ来る途中の道端でこんなに痩せている子猫が箱に入れられ、捨てられていたんだ。過ぎ去ろうと思ったけど、この猫が俺のほうを見て泣いているから、学校へつれてきちゃった。さっき、何かを食べさせようと探しに行っていたんだ。」
というのです。
すでに何人かの生徒も子猫のことを知っていました。
「勉強に関係ないから、もとの場所にもどしてきなさい。」
「子猫が教室にいたら、勉強できないだろう。他の場所においてきなさい。」
とは言えませんでした。彼にどんな言葉を返してよいか迷っていました。
その沈黙の時間、クラスの生徒はじっと私を見て、私の言葉を待っているように感じました。
子猫のよわよわしい小さな声が聞こえたとき、
「子猫にはかわいそうだけど、授業中は教室の後ろで、授業の終わるのを待ってもらおう。休み時間は、大切に抱いてあげよう。」
と言葉が出ていました。
生徒の顔がニコニコしているのがわかりました。生徒は普段以上に授業に集中している感じがしました。
ハンカチで牛乳を
休み時間になると、 ある生徒は器をもらいに、ある生徒は職員室に牛乳をもらい動き出していました。
みんなが子猫の周りに集まり、早く元気になってほしいと牛乳を子猫に与えようとしました。しかし、子猫はなかなか飲もうとしません。そのとき一人の生徒が自分のハンカチを取り出し、そのハンカチに牛乳を染み込ませ、子猫の口に持っていくのです。 よわよわしい子猫もやっと牛乳を舐めるようにして、飲み始めました。生徒から歓声があがりました。
誰もいない教室
午後の授業が始まりました。教室に近づくと、教室内はシーンとしているのです。そしてドアを開けると、教室には誰もいないのです。私が教室を間違えたのかと時間割を確認しましたが、間違いなくこのクラスの授業です。
生徒の机の上には授業の準備ができていました。でも、生徒も子猫もいないのです。
しばらく教室で待ちました。数分後、みんな目を真っ赤にして泣きながら教室にもどってきました。
「先生、授業遅れてごめんなさい。」
と言いながら席につきました。察しはつきました。
しばらく沈黙が続きました。
ぽつりぽつりと声が聞こえました。
「僕たちであそこにお墓を作ったけどいいよね。」
「何で死んじゃったのかな。」
「俺たちでは助けられなかったのか。」
「かわいそうだよ、捨てられて、死んじゃうなんて。」
そんな言葉が聞こえると、多くの生徒は声を出して泣きだしました。私は何も言葉をかけることができませんでした。
生徒たちは子猫の死から命の大切さと命の重みを感じ、同時に、子猫の命を救えなかった自分たちの力のなさに悔しく思っているのです。いじらしいほどの生徒たちです。(子は宝です。)