ラピュタ。流れる景色の切れ端【エッセイ】
どうやら我が家の敷地はその猫のさんぽ道として認識されているようだ。
勝手口の小窓から猫が顔をのぞかせる。
可愛いな。
しばらく眺めていても逃げる素振りがない。
写真に撮れるかもしれないと思い、カメラを取りに離れた数秒でもういなくなってしまった。
タイミングってなかなか合わないもんだ。
こんなことがあったんだと誰かに伝えたい時、言葉だけじゃなかなか信じてもらえなくて、画像が残せていたらなと思うことがある。
手元にカメラがあってもシャッターがきれるとも限らない。
◇◇◇
ラピュタ。
唐突だけど私 天空の城ラピュタが好きなんだ。
言わずと知れた国民的なアニメ作品なんだけど。
これはあんまり話しても皆に分かってもらえない話なんだけど、今日はちょっとその話をしようと思う。
パズーのお父さんが荒れ狂う嵐を飛行船で進む中でさ、暴風が止む一瞬があって、そこで天空に浮かぶ城の姿を見る場面。
急いでカメラを用意してシャッターを切るんだけど、城の姿が写るのはそのほんの端っこだけ。
あの場面がずっと心に引っ掛かっている。
◇◇◇
「人生を生きるってああいうことなんだな」って子供心ながらに思った。
どんな壮大な出来事を体験しても残せて人に見せることができるのはほんの一欠片だけ。
そして自分の中にだけ「そこにあったんだ」と言う確信を得る。でもそれはなかなか人には証明できないんだなって。
別に絶望した訳じゃない。
そこに本人の確信があればそれで良いんだなって思ったんだ。
パズーのお父さんは嘘つき呼ばわりされて死んじゃったけど、不幸そうじゃなかった。パズーもまっすぐに育った。
まぁ、ただそれだけのお話なんだけど、何だか分かるような分からないような微妙な話だよね。
またね。
ここから先は
¥ 100
ここのコメントを目にしてくれてるってことは最後まで読んでくれたってことですよね、きっと。 とっても嬉しいし ありがたいことだなー