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【書評】ジョージオーウェル 小野寺健=編訳「一杯のおいしい紅茶」(中公文庫 2020年出版)

 まず初めに、この本を読もうと思ったきっかけは、twitterでこの本の次の部分の抜粋を読んだからだった。(元ツイートは見つけられなかったので、代わりに元ツイートが引用していた箇所を大まかに本書より引用。)

 春をはじめとして、季節の移ろいを楽しむことは悪いことだろうか。もっと正確に言えば、政治的に非難すべきことであろうか。…(中略)人生の現実の流れを楽しむのは一種の政治的静観主義を助長するという思想である。…(中略)春がもどってきたのを喜べない人間が、労働時間が減ったユートピアで幸せになれるだろうか。…(中略)工場には原爆が蓄積され、都市には警官がうろついて、ラウドスピーカーからはつぎつぎに嘘が流されていても、地球は今も太陽のまわりをまわっていて、独裁者や官僚は以下にいまいましく思おうが、それを停めることは彼らにもできないのだ。
ジョージオーウェル 小野寺健=訳「一杯のおいしい紅茶」『ヒキガエル頌』中公文庫

 さて、ジョージオーウェルといえば「1984年」や「動物農場」など、全体主義や権力の持つ歪で非人間的な部分に焦点を当て、それらを批判・風刺した作品が有名である。
 私も高校生の頃に「1984年」を読んだときは、ニュースピーク(政府が新しく作った言語。言語をコントロールすることによって政府が「自由」とか「平等」など全体主義にとって都合のよくない言語を徐々に減らし、最終的にそうした思考そのものができなくさせることを目的とする)や、二分間憎悪(党の敵とされている人物を不快な音声や映像と共に2分間見せ続けられる。これによって共通の敵を持つことによる党内の一体感及び党への忠誠を高める)などなど、何を食ったらこんなおぞましい設定が思いつくんだと思いつつ、現実にそう遠くない仕組みや、これらに影響を受けている可能性があることを思い返し、何とも言えない後味の悪さを感じたことがあった。

 話が若干それたが、表題の本はそんなジョージオーウェルの書いたエッセイ集である。オーウェルと言えば、上述した「1984年」や「動物農場」などの創作作品の印象が強いが、実はそれ以上にエッセイや、ルポルタージュなどの作品が多い。そんな中で本書はオーウェルの個人的な生き方や好みをうかがわせるエッセイを集めたものらしい(編訳者あとがき参照)。

 最初に結論から言うが、個人的に、この本は若干微妙だった。以下にその理由を書いていく。

 まず、これは完全に私が悪いのだが、私がこの本を買った目的が本投稿の冒頭で引用したようなオーウェルの全体主義や権力などに対する鋭い感性や姿勢などが現れたエッセイを読みたいということにあったが、本書は先に述べたように、どちらかというとオーウェルの個人的な生き方や好みを中心に集められたエッセイ集だったので、目的としていたオーウェルの政治的な感性が現れたエッセイはあまりなかった。
 ともかく、本書はどちらかというとオーウェルの考え方や政治に対する視点が好き!というよりはオーウェル本人が好き!という中々マニアックな人向けのエッセイ集という感じなので、これから本書を買う人は、この点に留意しておくとよいだろう。

 次に、この本の微妙だったところとして、詩の引用が多くあることが挙げられる。翻訳という性質上致し方のないことではあるのだが、英文の詩を日本語訳にしたときに、音韻や語感などの感覚がどうしても変質してしまう。そのため、本書ではオーウェルが様々な詩をエッセイ中で紹介するのだが、日本語訳されたものを読んでも、その良さを直接的に感じたり、理解することができず、結果として曖昧なままその本質を理解できず、消化不良となったエッセイが多くあった。これに関しては、翻訳という作業が抱える永遠の問題であるから、あまり簡単に批判することもできないが、しかし、結論としてその内容について本質を理解しにくかったり、できなかったりしたものが多くあるので、原文を当たる熱心な方はともかく、この点も少し注意しておく必要があると思う。

 さらに、この本の良い点であり、また微妙な点でもあるのが、エッセイ全体のお説教臭さである。本書を読んでもらえれば、よくわかるがオーウェルは実はかなり保守的な志向を有していて、古き良きイギリスないし古き良き過去への憧憬がエッセイの随所で感じられる。その結果「昔はこうだったのに今はああだ」といった説教臭いエッセイが本書には少なくない。もっとも、これはオーウェルという人の性格や好みをよく表しているのであって、オーウェル自身の価値観や感性をよく知ることができる点ではとても良かった。
 ただ、重ねて言うが結構説教臭いのでこの点も注意である…

 とまぁ最後に、ここまで本書の微妙な点ばかりを挙げてきたが、「1984年」や「動物農場」を読んだことがある人にとっては、この本はジョージオーウェルという人物をより深く知るのにとても良い本であることは間違いないと思う。逆に、「1984年」などを読まないまま、この本を先に読む方は(そんな猛者はほぼいないと思うが)、ただの懐古主義の説教臭いイギリス人の本という印象しか持てないと思うので、先に「1984年」や「動物農場」などの本を読むことを強くお勧めしたい。
 ウクライナ侵攻をはじめ、様々なプロパガンダが再び大っぴらに繰り広げられるようになった今日において、改めてジョージオーウェルのように全体主義や権力の活動に対して鋭い感性を持っておくことが今後も大事になってくると思う。改めてジョージオーウェルの「1984年」を、そしてそのついでに余力があれば本書を、この機会に読んでみてはいかがだろうか。

以上

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