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キャリアアドバイザーとして、「息やすい※」環境を作る/パーソルキャリア 藤岡洋美さん

※「息がしやすく生きやすい」の意

現在、キャリアアドバイザーとして、奈良先端科学技術大学院大学(以下、奈良先端大)の就活生の相談にも乗っていただいている藤岡さん。博士後期課程修了後の新卒では設計士として入社されましたが、その後、転職されて人材サービス会社にて、キャリア支援の業務に携わっています。お話を伺って、みんながより良く生きられる環境を作るために、とても強いパワーを持って進み続けていることが伝わってきましたが、そのルーツは4歳の頃だそうです。幼少期から始まり、奈良先端大での研究、今に至るまで、すべて筋の通った理由があって選択されており、その経緯や想いを知ることは、就活生にとって、とても参考になると思います。

藤岡 洋美(バイオサイエンス研究科 博士後期課程2017.3修了)
奈良先端科学技術大学院大学の博士前期課程では、糖尿病と小胞体ストレス応答の研究、博士後期課程では、大阪バイオサイエンス研究所にて、滑脳症の原因遺伝子から、そのメカニズムの解明に取り組む。博士後期課程修了後は、設計士として、研究室・什器の開発企業に入社。医師の転職支援企業への転職を経て、現在はパーソルキャリア株式会社で、キャリアアドバイザーとして、転職のサポートを実施。

就職を意識した時期

就職を意識し始めた時期はドクター2年だったと思います。研究所にいたので、情報源も何もなくて、動くなら自分から行動を起こさないと、すべてに乗り遅れると思ったので、キャリア相談に行ったことが初めの活動でした。

修士からドクターになるタイミングで、研究テーマを変えた理由

そもそもですが、妹とお医者さんごっこをしていた4歳頃から、野口英世さんに憧れて、ずっと医師になりたいと考えていました。病気で困ってる人を助けたいと、ずっと思っていました。そういうところに繋がっているのですが、より良く生きれる、「息やすい」環境を作って、みんなが健やかになってほしいと考えていました。
 
修士の時ですが、研究がしたくて、受験して大学院大学に来ているのに、研究がうまくいかずに登校拒否のようになる学生が周りに何人もいました。居づらくなったり、自分の希望のままに動けなくなったりする姿を見て、体の病気、健康ももちろん大事ですが、日々の生活においては、心の健康の方が大事だと考えるようになり、修士からドクターになるタイミングで、研究テーマを変えました。修士の時のテーマである、小胞体ストレス応答と関連した糖尿病の研究ももちろんやりがいがありましたが、より多くの方々の日々を健やかにできるように、心の成り立ちを解明し、科学的な根拠に基づいた、心がより良くなる情報を社会へ発信したいと思い、ドクターで脳科学の研究に切り替えました。

ドクターの時の就職活動状況

博士課程における滑脳症の研究の根底にあるものは、心の成り立ちを知ることなんです。記憶ができるタイミングで脳のシワが増えていきますが、結局、心は記憶なので、嬉しかったことや楽しかったことが蓄積されますよね。そのようなメカニズムを知ることで、メンタルが不調でなくても、心の状態が-1から+1に揺れ動く中で、それを0以上に保てるサポートをしたいと考え、ドクターに行きました。ドクターで、脳科学の研究によって、科学的知見を身に付けようと思っていましたが、「心はどこにあるんだろう」という心脳問題すら明確に解明されていないのに、私がおばあちゃんになるまで研究していても、「本当に心が分かるのかな」、「社会に貢献できるのかな」と考えるようになりました。それならばと、人が好きなので、社会に出て人と関わる中で、自分の価値観や色々な感情の引き出しを増やし、それを還元して人に貢献できるような人間になりたいと思って、就職活動を始めました。
 
ただ、人に関わる仕事として、人事と人材を希望するものの、軸がブレブレだったので、教授から紹介していただいた企業の研究職を受けたり、奈良先端大のリクルーターの方が紹介してくれた研究職を受けたりしていました。でも、「やっぱり人に関わる仕事だ」と徐々に確信を得て、最終的には人材と人事の仕事に絞って、就活は進めました。

人事で採用されたはずが、蓋を開けたら、設計士だった!?

奈良先端大にも大阪バイオサイエンス研究所にも入っている実験台や機器を作っていて、事業内容の理解もできて、人事としての採用だった(と思っていた)ので、1社目は研究什器を作るサブコンに就職しました。しかし、いざ入社して蓋を開けたら、設計士としての仕事でした…。
 
それでも、1からCAD(コンピュータによる設計支援ツール)を勉強して、本来は建築系の大学出身の人が行うであろう、研究室内や什器の設計を行っていました。エンジニアで女性が1人だったので、手取り足取り教えてもらって、大変よく指導してもらいました。また、その仕事を進めながら、新卒2年目から組合の執行役員を担当し、人事規程改定などに携わって、とても良い経験をさせていただきました。ただ、人事は人が充足していたので、いつ異動できるか分からないとも思い、入社して3年目を終える頃、転職活動を始めました。その時期に産業カウンセラーの資格を取得したこともあり、様々な人と関わって、自分の引き出しを広げて、還元できる人になりたいと思う気持ちが強くなり、ここではダメだと思って、飛び出しました。今思えば少しとんがっていましたね。

2社目〜3社目への転職動機

2社目は、医師の転職支援会社に入社して、お医者様や医療機関の間を取り持つキャリアアドバイザーとして、医師の人材支援をしていました。ベンチャー企業だけあって、より事業を拡大していくという目標があり、営業思考を学ぶ場面も多かったです。しかし、営業としてではなく、仕事を探している方に貢献するキャリアアドバイザーになりたい想いが強かったため、退職を決意し、パーソルキャリアに転職しました。

現在の業務内容とやりがい

パーソルキャリア(後述:doda)でキャリアアドバイザーとして、経理と物流に携わっていらっしゃる転職希望者様に対して、サポートを行っております。経理や物流の知識はもちろんのこと、世の中の多くの企業様に対する知識も身に付きました。どうキャリアを歩んで行けば、目指すべきキャリアが積めるのかの個人側の視点と、企業様側のビジネスモデルの視点の両方の視点を持つことを常に意識しながら、転職のサポートに尽力しています。
 
私がそもそもやりたかったことは世の中の人への貢献なので、「キャリアを築く」という、人生の岐路における重要な選択に貢献できていることは、とてもやりがいがあり、喜びを感じています。

働く上で、大切にしていること

常にプロとして振る舞うことを大切にしています。他にも、誠実でいることや、私が元気でないと、元気は届けられないと思うので、何か嫌なことがあって沈んでいたとしても、お客様との関わりの前では元気でいるように意識していますが、一番は常にプロ意識を持って取り組んでいることです。

これからの短期的な目標と長期的な目標

今後、一年から三年ほどの目標としては、組織のマネジメントに携わることです。希望のキャリアをつかみ取れる方を増やすための組織運営ができるマネジメントを目指したいと思っています。
 
また、中長期の目標として、積んできたキャリア構築のノウハウを持って、キャリアの支援、生き方の支援をして、貢献の幅を広げていければ良いと考えています。

現役の奈良先端大生へのメッセージ

ご縁があって、現在、奈良先端大の学生さんのキャリア支援をさせていただいていて感じることは、本当に素直で、まっすぐで、良い人が多いことです。周りも、そのような人たちが多く、本当に良い環境だからだと思います。ただ、素直すぎて、危ういと思う面もあるので、しっかり自分を持って社会に出てもらいたいです。
 
例えば、奈良先端大では研究科同士の融合もできるけれども、動いている学生さんは少ない印象です。周りには良い人ばかりいるから、もっと勇気を出しても大丈夫ですし、自分から動いてみることで、その経験は社会に出てから必ず役立ちます。社会に出てからは、荒波に揉まれて、辛いこともあると思いますが、奈良先端大で関わった人たちは良い人ばかりなので、ずっと味方で、帰れる場所もあります。奈良先端大の良い環境やチャンスを活かして、やりきって社会に出てほしいですね。

奈良先端大を目指す学生へのメッセージ

大学院大学だからこその風通しの良さや化学反応を起こせる環境が奈良先端大にはあります。学科が細分化されている総合大学と比較すると、他の人と関わりやすく、融合しやすいですし、自分さえ動けば、チャンスはいくらでもあることが奈良先端大の魅力だと思います。それを研究に集中できる良い環境で、経験が積めることはとても良いですよ。

研究室の思い出

私の研究室では、毎年、秋にサンマパーティーを開催していました。サンマを大量に買ってきて、奈良先端大の池の近くでみんなで網で焼いて食べていました。やっぱりそういう関わりがあるから、ドクターの先輩や助教の先生との距離がとても近かったです。奈良先端大のマラソン大会の時も、みんなで仮装して走って、上下関係なく、和気あいあいとした、過ごしやすい環境を作ってくださっていたことに、今も感謝しています。

ドクターの3年間で一番印象深かったこと

ドクターの3年間では大変なこともたくさんありましたが、一番印象に残っているのはドクター発表を頑張ったことです。発表後には教授から称賛していただき、とても達成感を感じたことを覚えています。周りの方がサポートしてくださり、没頭しながら研究できていたことは、すごく有り難かったと思っています。また、長く学生をさせてもらっていたので、しっかりと成果を残して、親にも感謝を伝えたくて、責任感や使命感が自分を前に突き進ませていたと思います。

今も続く研究室との関係性

今は東京にいますが、私がドクターを卒業したタイミングで大阪バイオサイエンス研究所にあったラボが東京大学に移転しました。東大の理学研究科になりますが、教授が良くしてくださって、研究室の飲み会に呼んでもらって交流させていただいたこともあります。また、キャリアの仕事をしているので、学部4年で大学院に進学せずに、就職する学生さんへのアドバイスもしていました。

奈良先端大時代の経験で今も活きていること

一番役立っていることは、物事を多角的に見たり、批判的に見たり、冷静に状況を判断して分析、どうするのかを考えるクリティカルシンキングが身に付いたことだと思っています。転職希望者様がおっしゃっていることは、顕在化していることのみで、その奥深くには潜在的なニーズや思いがあると思います。顕在化しているところだけではなく、実際の本音はどうなのかも、これまでの色々な経験や話の内容を踏まえて、見て聞いて分析していくことは、奈良先端大での経験が非常に活きています。

※この記事に記載した内容は取材当時の情報になり、会社名や役職名等は現在と異なる場合があります。