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アカデミアから実産業へ、今新たなフィールドで挑む|秦野智行 氏(PhD)

2015年3月卒業
現職: ベースフード株式会社 R&D部 技術開発

2015年3月に卒業し、奈良先端科学技術大学院大学で9か月間研究に従事した後、2016年2月にイギリスのウォーリック大学にポスドクとして勤務。4年間の研究経験を積み、2020年3月にちとせ研究所のタベルモに入社。東南アジアのブルネイに3年半滞在し、次世代の食用バイオマスとして注目を集める微細藻類の研究と事業に従事。2021年からは製造拠点の工場長として2年半ほど勤務した後、完全栄養食で最も勢いのあるフードテック企業、ベースフード(株)へ入社。現在は同社R&D部で主力製品である完全栄養食パンの「美味しさ、安心、身体に良い」の3軸を改善するための基礎技術開発を担う。そんな秦野さんにお話を聞きました。


「研究が面白い!」素直に自分の興味に従って進学を決める

私はなぜか学部生の頃から博士後期課程に行くものだと疑っていませんでした。祖父や父親が薬学系・バイオ系の博士号を取得していたというのも少なからず影響はあったかもしれません。学部生の時は醸造酢を作る微生物の研究をしていたんですが、3回生の頃から研究が面白いなと思いだしまして、研究者になろうと決めていました。当時博士後期課程まで行くと就職が厳しいとか世間ではそんな話はありましたが、家族の理解もあり、私のマイペースさもあって、日本学術振興会や奈良先端科学技術大学院大学からも多大な経済的なご支援をいただき、しっかりと研究に集中できる環境に身を置くことができました。当時は現学長の塩﨑教授と当時の助教だった建部恒博士のもと、微生物がどのように環境中の栄養状態やストレスを感知し、それに適応していくかを研究していました。

プロの研究者としての自覚が育った博士後期課程

博士後期課程に進んで、大事になるのはまずは自分の研究成果を世に出すことかなとは思います。それは研究者としての業績として生涯形に残るものです。ただ、自分自身の血となり肉となったと感じているのは、自分のプロジェクトを主導し、責任を持って研究を進めていく経験です。それまでは研究を行う上で最低限理解しておかなければならないことを覚えるための勉強であったり研究も作法を学ぶというか、しっかりとした研究を実施できる実験主義や考え方を身につけて独り立ちできるレベルに到達するということを意識して進めていましたが、博士後期課程においては、整備された道から外に踏み出して荒地を開拓するような、暗闇を手探りで進むような感覚でした。努力しているだけで上手くいくものでもなく、厳しい現実に幾度となく直面することで初めてプロの世界を実感できたと感じています。本当に思い通りにいかないことの連続でした。様々な仮説をたて、その検証を実験により確かめていくのですが、自分が立てた仮説が間違っていて予想していたような結果とならないことも当然ありますし、データ解釈を誤って研究が進まなくなることもありました。時には別のグループに同じような研究内容を先に発表されてしまうこともありました。世界で1番にならないと研究成果とならないという経験を積んだことで初めて研究のプロになる準備ができたと思っていいます。負荷のかかった状態で成果を出し続けることが求められる経験が、さらに一段階上のレベルへと自分を成長させてくれたと感じています。また、この期間で印象に残っていることは、大学の学生寮に寝泊まりし、研究に没頭した日々です。その中で自分の集中力や何かに没頭できる能力を確認でき、自分が厳しい状況でもそれを発揮できるという気付きを得たこと。社会に出ても何とかやっていけるという自信が生まれ、また集中力や忍耐力は後のキャリアにも繋がっています。
研究を通じて身についた力は、課題に対するアプローチを考える能力、問題をブレイクダウンして考える力、適切なアプローチを見つけるための柔軟性、そしてトライアンドエラーを通じた忍耐力と体力です。難しい課題に対して適切なアプローチを見つけることは難しく、間違っても他の方法を試す忍耐力が求められます。これらの力は何度も繰り返しの中で鍛えられ、しっかりと身についたと感じます。
このような修練を続けられたのは、やはり研究の面白さを感じることができたからだと思います。やはり新しい発見をした時や仮説モデルを思いついた時、それが正しいと確証を得た時の喜びは言葉で表現することができないほどのものです。

募集があるところではなく、自分が行きたいところへアプローチ

就職活動について申しますと、私は新卒一括採用のような一般的な就職活動はしていません。しかし学位取得がほぼ確実と判断できたタイミングでポスドク先としての研究室を探し始めました。ただ、募集が出ているところに応募したということではなく、自分が行きたい研究室を探し、研究員の募集が出ていなくてもいきなり「雇ってください」と不躾にもメールを大学や研究機関の先生方に送っていました。メールを出すたびに関連する論文をたくさん読んでいたのは良い経験となりました。国内外を問わず多くのラボにアプローチしましたがなかなか行き先が決まらず、最終的には当時の指導教員の塩﨑さん(現在の塩﨑学長)の紹介でイギリスに行くことになりました。私がアプローチ先のリストを作っていまして、そちらを塩﨑さんに見ていただいたところ、「この人オススメだよ。メール書いてあげるわ。」という形ですんなり研究室が決まりました。英国の就労ビザ取得のタイミングもあったので、9か月間ほどは奈良先端大に残ることになりましたが、その時に当時バイオサイエンス研究科の高木博史教授とその研究室で助教をされておりました大津巌先生(現・ユーグレナ社)のお世話になり、微生物発酵の研究にも従事しました。その時の研究経験は微生物発酵の研究に取り組む今になって大いに役に立っています。

やりたいことができた海外での研究生活

海外での経験について申しますと、私は英語が得意ではなかったのですが、現地に行ってから猛勉強しました。正確には英語は勉強したというよりも使いながら最低限話せるようになりました。英語が使えないと家も借りられず給与振り込みのための銀行口座も開設できずで生きていけない状況でして、生きるために必死で英語を使って毎日クタクタになっていました。塩﨑さんにメールで泣き言を言ったこともあります。その時のアドバイスは「人間の適応能力は凄いからそのうち慣れるよ」とかだったと思います。本当に気がついたら英語が喋れないことに慣れました。毎日のように下手な英語で恥をかき散らかしました。
それでも、あえて英語を上達させる前に海外に挑戦したのには理由がありました。私は人生のフェーズごとに新しい挑戦に取り組み、自らのコンフォートゾーンからの脱却といいますか、新しいチャレンジすることを意識して可能性を拡げていくということを意識的に学部生以降続けてきました。奈良先端大に進学したのはその第一歩です。博士課程修了時点では、慣れない海外での生活をおくりながらレベルの高い研究所に所属して新しい研究分野で挑戦することが妥当なチャレンジだと感じていました。私が行った研究室は大型の研究助成金を複数持っている研究環境でしたし、当該分野でトップクラスの研究能力を持つ研究者のネットワークもありましたので、自分のやりたいことを思う存分実現できる環境にありましたが、成果が上がらないとクビになる厳しい環境でもありました。結果的に英語に慣れつつ、良い環境で研究にのめり込む経験を勝ち得たので挑戦した甲斐があったと思っています。

アカデミアから企業へ 

私のキャリアの転機について申しますと、私がアカデミアから企業に移ったのは、イギリスの大学で4年ぐらい研究員として勤めて、自分でも納得いくような結果が出たことで、なにか次の挑戦をしなければなと思ってのことでした。今までは研究成果が大きな学術的インパクトを残せそうなところというのを目指してやってきたのですが、色々と調べていくうちに、もっと日々の生活に大きな影響を与えられる産業で研究をやっていきたいという気持ちになりました。これまで一貫して取り組んできた微生物の研究や関連事業に携わることができて、その可能性を本気で追求しているちとせ研究所に入社できたのは幸運でした。ここでは、奈良先端時代の先輩にあたる佐々木俊弥さん(ちとせ研究所・タベルモCOO)とのご縁により東南アジア・ブルネイの海外事業所に出向しました。そこでは微細藻類と呼ばれる光合成をして育つ生き物を食品として加工して日本に輸出販売する事業をやっておりました。2021年度からは工場長に就任し2年半ほど製造マネージメントや研究開発、バックオフィス業務に至るまで様々な業務に携わり事業を統括する貴重な経験をさせてもらいました。また、ちとせ研究所がグリーンイノベーション基金の委託・助成事業に採択されたこともあり、さらに野心的な研究プロジェクトにも従事することができました。そこでは藻類事業を率いておられた星野孝仁、CEOの藤田朋宏博士にもお世話になりました。お二人と話をするたびに学びがある刺激的な日々でした。そして2024年から新たなチャレンジとして、完全栄養食のパンで勢いのあるベースフード株式会社に入社しました。これまでの野心的な実証事業であったり、微細藻類バイオマスという次世代素材を作る会社から、お客様のお手元に届く商品を開発して販売する会社に移った形となります。ベースフード社は「主食をイノベーションし、健康を当たり前に」というキャッチフレーズのもと、美味しい完全栄養食を作る会社です。非常に勢いのあるスタートアップ企業であり、短期間で商品が研究開発によりどんどんアップデートされていくスピード感があるところが魅力だと感じています。まだ入社したばかりですが、基礎研究の部署に配属されたということもあり、バイオ、特に微生物の力を引き出せるような基礎技術を確立していければと思っています。意外なことに、ここでも奈良先端大時代の先輩である伊東護一さんや太田茂之さんと再開することとなりました。いろんなところで奈良先端大の人と縁が繋がるなあと思ったものです。社風が奈良先端大の学生のキャラクターにマッチしていて引き寄せられていくのかもしれません。

新たな環境で感じる違い

あくまで私の感覚ですが、大学含めてアカデミアに居たときとその後のちとせ研究所では、当然結果が求められるのですが、 ハードワークが美徳とされ挑戦する意思が評価されるところがあったように思います。それらは勢いのある組織に必要なものだったりするので、私自身はハードワークに肯定的です。一方で現職のベースフード社においては、ハードワークは求められず、効率よく結果出すことが何よりも重要視されているように感じます。効率よく成果をあげてしっかり休んでくださいといった感じです。それは健康な社会を実現したいという会社の理念に通じるものがあると感じます。まずは従業員の心身を健康にし仕事を楽しんでやっていくという思想なんだと思います。その違いに時に困惑しながら理解を深めながら新しい環境で成果を上げる方法を模索する毎日です。

個の力から周りを巻き込む力へ

これまでを振り返って、博士後期課程に進んで期限内に成果を出し続けないといけない環境に変わったところが、プロとしての自覚を持った最初のポイントかなと思います。また、ポスドクをしていた頃は個の力で競争を勝ち抜くことも求められました。海外の研究者と渡り合っていかないといけない。国際的な共同研究でも、ちょっと油断すると研究のイニシアティブを失って、自分がやりたい方向に研究を展開できないということを経験してきて、自分で自分のプロジェクトを守って運用していって、自分が真にやりたい研究を進めていくっていう経験により、個の力に磨きをかけることができました。
一方で企業に入った後は、個の力は当然として、それ以上に重要となるのは人を巻き込んでいく力でした。個人として高い能力を持つ人たちが集まって、より大きなことを成し遂げていくことが必要ですし、今は人を巻き込めるようなリーダーシップにしっかりと磨きをかけていきたいと思っています。

奈良先端大の皆さんへメッセージ

奈良先端大はすごく恵まれている環境だと思います。教員のレベルもかなり高く、大学からのサポートも手厚いと思います。最近、塩﨑学長ともお話する機会があったのですが、学長を筆頭に様々な革新に取り組んでおられるというお話も伺い、私が在籍していた後も奈良先端大はどんどん良くなっていっているなという驚きと羨ましさを感じました。今、自分がとてもいい環境にいるということに自覚的であれば得られるものも多くなると思います。これまでの皆さんの努力で勝ち得た今の環境を最大限活用して成長していただければなとOBの一人として思います。


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