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就職、転職を経て、グローバル人材になる|日本ベーリンガーインゲルハイム 柳澤祐樹さん

医薬品業界で研究に携わっている柳澤祐樹さんは、アカデミアに進むつもりで大学院に入学されましたが、博士後期課程の時に経験したフランス留学を機に企業に就職することを決めたそうです。また、大学院の研究室では同じ時間を共有する仲間たちと深いつながりを持ち、今でも良い関係が続いています。就職後も会社のチームメンバーに恵まれた環境で、多様な人と交流する経験を通して、着実にステップアップをされている印象を受けました。新卒時の就職活動に加えて転職活動のこと、そして、ベンチャー企業と大きな企業のそれぞれで研究されて得られたこと、現在のグローバルチームでのご活躍など、詳しく話を伺いました。

柳澤 祐樹(物質創成科学研究科 博士後期課程2014.3修了)
奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科にて、光エネルギーを反応の駆動力に使う有機化学反応の立体制御法を研究。博士後期課程修了後、バイオベンチャーのナノキャリア株式会社を経て、現在の日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社に転職。現在はドラッグデリバリーシステムの新技術開発に取り組んでいる。

大学に残らずに、企業へ就職しようと決めたきっかけ

元々は奈良先端科学技術大学院大学(以下、奈良先端大)に入った時から、アカデミアに残るつもりで、博士課程の前期後期一貫コースを選択しました。企業研究者の道を考え始めたきっかけは、奈良先端大の博士後期課程のカリキュラムにある6ケ月間の海外研究室でのラボステイでした。私が所属したフランスのエコール・ポリテクニークは卒業後に研究者としてアカデミアの道に進む人もいれば、ビジネスや政治の世界に進む人など、様々なキャリアを描いている人たちが多くいました。彼らと共に過ごし、色々と話したことは、サイエンスの技術を磨けたこと以上に、自分のキャリアを考える上で視野を広げる大きな契機になったと思います。留学から帰ってきた後も、研究を続けながら常に進路について考えていましたが、就職活動が始まるくらいになった時には、完全に企業に行こうと決めていました。

新卒採用時の会社選びのポイント

研究職で活躍したかったので、会社選びで重視した点は研究環境が整っていることだけでした。そのため、特に業界にはこだわっておらず、地域もどこでも良かったです。初めは化学メーカーの研究職に応募しました。当時、製薬業界では化学の新卒博士の募集はほとんどなく、わずかな狭き門は自分には無理だと思って応募もしていませんでした。

就職活動の一回目の波に乗れなかった後、大手の研究職でまだ応募可能な企業はかなり少なくなっていました。そこで業界を広げて研究力がありそうな会社を探していた所、非常に面白そうな研究を行っている製薬企業のナノキャリア株式会社を見つけました。当時、ナノキャリアは新卒募集をしていませんでしたが、中途採用の募集が出ていたため、その枠に応募しました。大学発のスタートアップ企業ということもあり、大学の研究室のような雰囲気が強く残っており、私の研究がしたいという思いに対して、非常に歓迎して迎え入れてもらいました。ナキャリア社の主な技術は、高分子ポリマーミセルを用いたドラッグデリバリーシステム(DDS)です。奈良先端大時代の専門からは異なり、薬学の知識や高分子化学の知識と技術が必要になってきます。新しい分野への挑戦に不安もありましたが、元々、基礎科学の研究を行っていたため、基礎から応用への展開であれば何とかなるだろうと思い、入社を決めました。

新卒入社後の業務内容

ナノキャリアには6年半、在籍しました。初めはラボケミストとして実験室業務がメインでしたが、人数が限られるベンチャー企業では部門間の垣根も低く、次々と発生する業務に柔軟に全員で取り組んでいました。そのため、医薬品開発の初期研究から中期・後期の製剤化研究のみならず、外部企業との協業による技術移管や治験薬製造などの業務も多く経験しました。また、後半は経営企画部を兼任させていただき、研究のポートフォリオのマネジメントなど、ビジネス視点の経験も多く積むことができました。

ベンチャー企業ならではのやりがい

組織が小さいため一人ひとりの裁量権が比較的大きく、スピード感を持って、ダイナミックに仕事が進むことは、非常に楽しくやりがいがありました。プロジェクトやグループのリーダーとしての仕事が増えてきてからは、幅広い年齢やサイエンスの背景をもつ人たちの中で、どういうコミュニケーションの取り方が良いのだろうと考えることも増えましたが、仕事の後に派遣社員から社長まで、みんなで飲みに行って率直な会話ができたことは大きな助けとなり、小さな組織の強みでもあったと思います。

転職することになったきっかけ

ナノキャリア社では幅広い業務経験を積むことができましたが、私の所属していた研究部では、医薬品研究開発の中でも開発部分をより実際的に経験することは、工場を持っていないため、一定の障壁がありました。これからの自分のキャリアパスを考えた時に、開発技術を学ぶことにも興味があり、社外にも挑戦できる機会があれば、模索してみようと思うようになりました。

転職活動における会社を選ぶ基準

転職時は製薬業界に絞り、定期的に外部の人とお話する機会を設けていました。より具体的に動き出したのは転職が決まる半年〜1年くらい前で、その間に4社ほど応募しました。変わらず自分の強みは科学だと思っていたので、それを活かすためにも研究所が自分の近くにあることを一番の条件にしていました。新卒で探した時は、自分が研究したいという思いが強くありましたが、転職の時は自分でやるよりも、マネジメントとして関わりたいという点が変化したところです。また、会社規模については小さい組織に所属していたので、対照的な組織の仕事の進め方を学んでみたかったことと、新しい薬を世の中に出す経験をしたかったので、十分な研究開発費があり、自社で医薬品の製造販売承認を受けていることも、会社選びの基準の一つにして、比較的大きな規模の会社を中心に転職活動をしていました。

このような方針で進めていたところ、グローバル展開している製薬企業で日本国内に唯一研究所を構えている外資の製薬企業である日本ベーリンガーインゲルハイムが条件に当てはまっていました。

転職後の現在の業務内容

私が入社した時は、既にコロナ禍だったので、実際に対面で会える人が非常に少なかったです。そのため、想定していた以上に会社になじむのに苦労した1年目でした。

私の所属している、神戸医薬研究所の製剤分析研究部はGlobal Development部門の一部として、固形製剤の初期開発を担当しています。低分子を活性本体とする固形製剤は広く使われている一方で、近年は抗体医薬やコロナワクチンに代表されるような核酸医薬など、新しい作用機序や剤型の薬が次々と開発されてきており、神戸医薬研究所でもこれらの新技術を取り入れる活動にかなり力を入れていています。私は前職での研究経験を活かして、現在の会社でもDDS関連技術の新規開拓に関するプロジェクトの戦略立案とチームリードを担当しています。仲間からサポートをもらいながら、専任に近い形で業務を割り当てていただいています。

これらの新技術を取り入れる活動は、ベーリンガーインゲルハイムのグローバルチームと共にイノベーションユニットとして行っています。そのため、ドイツやアメリカの研究所のメンバーと定期的に情報交換しながら、一緒に進めています。私は神戸から日本のアカデミアシーズや日本企業の技術などもグローバルチームに提案し、また、グローバルチームからもそれぞれのサイトの進捗を共有してもらいながら、みんなでアイデアを出して進めています。

大きな企業ならではの魅力的なところ

自分の目の前で一緒に働いているメンバー以外にも、多くの仲間がいるため、小さな会議で話した内容が、自分の出席していない別の会議でも取り上げられ、国境を越えて展開していくなど、自分の行動に大きな波及効果があるところが魅力的に感じます。前職では、自分の持つ裁量権の大きさや見渡せる全体像の範囲は広く、スピード感を感じましたが、大きな組織ではどっしりとダイナミックに仕事が動いていく面白さがあります。また、グローバルの成果発表会に出ると、全く自分が知らなかった研究テーマを見つけることが多く、組織としての研究の裾野の広さも非常に魅力的です。

現在の仕事で課題に感じていること

大きい組織では、計画を実行に移すまでに、周りを説得し共感してもらい、承認を得るまでの難易度が格段に上がった印象です。特に新技術という前例や評価基準がないものを取り入れるための提案は、課題設定やゴールイメージを明確に共有できるかという点が重要だと考えています。

今後、挑戦していきたい経験

最近の製薬業界は特に生物学の知識が大事になってきています。私は化学を基礎としているため、生物学の分野は少し弱いので、積極的に学んでいきたいと思っています。また、科学だけでなく製薬業界特有の規制も常にアップデートしながら、ビジネス面でのスキルも磨いて、新しい役割にどんどん挑戦していきたいです。

前職で幅広い業務を担当していた時にはあまり感じませんでしたが、現職では業務が細分化されているため、各チームの専門性は高くなるものの、その役割によって、少しずつ価値観や重きを置くポイントが異なることに気づきました。初期研究者は何よりも薬効が発現されることを重要視しており、開発ステージが上がると今度は一貫した品質で製造できるのか、品質評価の試験方法や規格範囲は妥当かといった点の重要度も増してきます。更に商用生産に近づくと、データを出した実験装置の管理ができているのかという側面も非常に重要になってきます。当然どの視点も重要ではありますが、開発ステージに応じて判断し、一つの大きな戦略に繋げていくことが必要となります。私はどの部門の担当になったとしても、全体を俯瞰してバランスのよい提案ができるようになりたいと思っています。

現役の奈良先端大生へのメッセージ

私はこれまでに大学と企業を合わせて4つの研究室に所属しましたが、奈良先端大の研究環境は設備面だけでなく、スタッフや学生などの人材も含めて本当に素晴らしいです。加えて、留学や競争的研究支援に学生が応募する機会があり、制度面も充実しています。自分の専門分野以外の研究力を磨くチャンスが多く整備されているので、是非こういった機会を存分に使って研究者としての総合力を磨いてもらいたいです。

奈良先端大を目指している受験生へのメッセージ

研究をしたいと思っている方にとって最高な場所です。高校生の時は興味のない科目も勉強しなければならなく、社会人もなかなか好きなことだけをやれる環境にありません。大学の研究室に所属している時が数少ない、自分のやりたいことに100%集中できるチャンスです。その気持ちを正面から受け止めてくれるのが奈良先端大だと思います。こういった思いがある人は是非奈良先端大に入って、思いっきり研究生活を送ってもらいたいと思います。

奈良先端大の生活で印象に残っていることや役に立っていること

研究には0から1を作るステージと1から100に育てていくステージがあります。私は研究室の先輩方が実施されていたテーマを引き継ぐ形で、奈良先端大での研究をスタートしました。ジアステレオ選択性を向上させるという育てるステージの研究をしばらく行った後、博士後期課程になってからエナンチオ選択性を発現させるという、新しく0から1を作るステップを自分で担当しました。様々な方法を検討し非常に苦労しましたが、最後にはしっかりと1のステージに行くことができ、学術論文として発表するところまでやり切ることができました。この技術を育てる経験と生む経験の二つができたのは良かったと思います。

もう一つはラボステイの経験です。フランスで一緒に過ごしたの研究者たちは、研究のストーリー作りがうまく、非常に効率的に時間を使って成果を出していました。博士論文を書いている時期や、成果報告の締め切り前は当然時間をかけて働いていましたが、通常は夕方には帰宅して週末はしっかり休むという研究スタイルでした。充実した生活があってこそ、良い研究が出来るということを実感しました。

※この記事に記載した内容は取材当時の情報になり、会社名や役職名等は現在と異なる場合があります。