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博士課程から大学の助教を経て、企業の研究者へ|デンソーアイティーラボラトリ 欅惇志さん

奈良先端科学技術大学院大学(以下、奈良先端大)に博士課程から来られた欅さんは、卒業後はアカデミックポストで東京工業大学の助教になられ、その後に、企業研究者として転職されています。どのように大学の助教になったのか、なぜアカデミックから企業へ転職したのか、現在のお仕事の一つであるマネジメント業務や博士課程から奈良先端大へ来た時のお話も含めて、詳しく伺いました。

欅 惇志(情報科学研究科 博士後期課程2014.3修了)
同志社大学の修士課程から奈良先端科学技術大学院大学の博士課程へ進んだ後、東京工業大学の助教を経て、株式会社デンソーアイティーラボラトリへ入社。入社後は情報検索、自然言語処理の研究に取り組み、現在はチームリーダーとして、マネジメント業務にも携わっている。

博士課程から奈良先端大へ

奈良先端大での研究テーマには、Google検索でお馴染みの検索システムに関するテーマを選んでいました。元々、同志社大学に所属していた修士までは、高精度検索、つまり検索のランキングで欲しい情報を上位に提示することを目指す研究を行っていました。ただし、アルゴリズムが複雑になるに連れて情報を提示するまでにかかる時間がどんどん長くなることが問題になり、検索精度を落とさずに計算コストを下げるような計算の効率化の研究に取り組みたいと思い、博士課程から奈良先端大に進みました。

修士課程の時に、博士課程に進むか、就職するかを迷っていた時に、「これで研究をやめて10年後に後悔しない?」と聞いてくれた先生がいらっしゃって…。確かに、10年後に「あの時、博士課程に行っておけば良かったな」と後悔しそうだと思い、進学に決めました。きっと大学教員はかなり狭き門なんだろうなという、おぼろげなイメージがあり、まさかそのままアカデミックに進むとは思っていなかったです。かといって、企業への就職事情もよく分かっていませんでした。つまり、あまりきちんと将来のことを考えてなかったのですが、研究が面白いからとりあえず博士課程に行ってみようかなぐらいの気持ちでしたね。当時も感謝しましたが、振り返ってみても、良いタイミングで良いアドバイスをもらったと思います。

ヒヤヒヤした就職活動

最初、新卒時にはアカデミックポストである東京工業大学の助教になりましたが、就職活動はヒヤヒヤものでした。実は博士課程3年目の夏から4ヶ月間、北京にあるマイクロソフトリサーチ・アジアにインターン留学しました。その期間は研究漬けの毎日で、そして帰国したらすぐに博士論文の提出で。インターン中も帰国後も就職活動に時間を割く余裕は全然なかったです。企業研究やエントリー時期・方法を調べる余裕もなくて、企業への就職活動は全然できなかったですが、今ほど企業における博士卒の需要は高くなかったような印象があります。それで公募情報が流れてくる JREC-IN から届くメールだけウォッチしていて、自分がその公募条件を満たしているところにひたすら応募する感じでした。書類審査でお祈りされた公募や審査中の公募もあったのですが、最初に採用の連絡をいただけたところが東京工業大学でした。もっと早く就職活動を始めていたら、別の道に進んでいたかなとも思うので、結論としてはやっぱりアカデミックポストはタイミングがすごく大事だなと痛感しました。

大学の助教から企業への転職

東京工業大学は任期付きで5年間契約、一回まで再任ありでした。元々は再任してもらうプロセスを進めてもらっていて、更に5年間お世話になる予定でした。ただ、その当時、ちょうど世の中では「アカデグジット (acadexit,academia + exit の造語)」といって、アカデミアから企業に出ることが盛んになっていました。たまたま学会で企業の方とお話した時に、「どうすれば大学の先生に企業に来てもらえますか?」と質問されました。話すうちにその方から「企業も検討してみたら良いのでは?」と仰って頂いて「こんな自分でも受け入れてもらえるところがあるのかも…?」と思い、折角のタイミングなので、企業への転職も視野に入れて色々な会社のお話を伺いました。新卒の就活の時とは違って、ゆっくりじっくりとお話を伺えたので、ワクワクしながら就活ができました。

今の会社を選んだ理由は、5年後や10年後の自分の価値がより高まる場所だと思ったからです。ずっと同じところにいられるとは限らないという意識があり、キャリアのことを考えると成長できる環境に身を置きたいという気持ちが強かったです。そして、やっぱり常々思いますが、一緒に働く人とリスペクトし合えるかどうかが働く上での幸せに繋がります。そういうことを踏まえて、今の会社が自分のカラーにも合っていると思って転職を決めました。

フラットが強みの「ティール組織」を採用するデンソーアイティーラボラトリ

最初は自分の専門とは少し違うチームに参加させてもらいました。ただ、自分の強みや持ち味を上手く活かしきれていないなという葛藤はあって。ちなみに自分が入社したタイミングでちょうど会社の組織の体制が大きく変わって、社員同士がフラット構造の「ティール組織」になりました。特徴的なのが、誰でも新しいチームを提案できる仕組みになっていたことです。それで入社してから半年くらいして、自分の興味があるテーマでチームを立ち上げたいと提案したんですね。すると、「やりたいなら是非やってごらん」と言ってもらって、検索や言語処理をメインとするチームが作られ、そこにもう一人自分の尊敬する先輩と自分よりも社歴の長いアドバイザ担当の先輩にも入っていただいて、三人でのスタートでした。

その後、色々な活動に取り組んだり、人と人との縁で紹介して頂いたりで、デンソー本社との協業や、東京工業大学大学・お茶の水女子大学との共同研究、それ以外にも色々な人と議論や仕事をさせていただいています。広い意味では普段から関わってもらっている皆さんも含めて一つのチームだと思っていて、少しずつですが、チームが大きくなってきている感触や達成感があります。本当に皆さんに感謝ですね。

大学教員時代の終わり頃から、実際のユーザがいてフィードバックがもらえるものを作ってみたい気持ちがあり、企業研究者になってからはその想いがより強くなっていました。そのため、協業という形でデンソー本社向けのシステムに関わらせてもらい、難しさと同時に面白さを感じています。別会社とは言え、グループ企業だからこそ深く踏み込んで議論したり提案できる部分はあるので、そういう意味ではすごく良い関係で一緒に仕事をさせていただいています。

マネジメントで大事なことと難しいこと

チームのリーダーとして、社内的にも対外的にもマネジメント業務を担当しています。案件をうまくさばききれなかった時などにアドバイザの先輩に諭してもらったことがいくつかあります。「まずは信頼関係を築くところから」だということ。そのためには、その時は遠回りに思えることでも、きっちり誠実に対応するのが最善だと感じました。あとは「正論ではなく現実解を」と言われた時もドキッとしました。自分の中では筋が通った正論だと思っていても、当然ながら相手の立場や状況ではどうしようもないことも多々あるので。いずれにしても何事も一方的に押しつけることは良くなくて、お互い気持ち良く仕事できるように慎重に確認と合意を取りながら、議論を進めることはどんな時でも大事だということは、とても勉強になりました。

より良い大きなものを作るために必要なこと

何事もそうだと痛感しますが、色んな人を巻き込んでいかないと、大きなことはできないと感じます。自分が関わっているシステムに関しても、自分たちが直接議論している方から何層か隔てた先に実ユーザがいるので、議論をしている相手を見ているだけではいけないのだなという気持ちになります。多様な立場の人と関わって、コミュニケーションを取って、チーム化し、信頼できる関係を作っていかなければ、なかなか大きくて良いものは作れないと考えています。

NIASTと同じ!少数精鋭の強み

弊社は社員数が30人前後しかおらず、事務方を除く全員が研究者で、すぐ近くに各分野の専門家がゴロゴロいるので非常にありがたいです。自分が抱えている問題にある分野の人の視点でアドバイスが欲しいとなった時には、本当に気軽に相談できたり、「こんなテーマがあるんですけど、一緒にやってみませんか?」と、とても気軽に声をかけやすい環境なんですね。そういう意味では、弊社の雰囲気は少し奈良先端大にも近いと思います。奈良先端大も研究室内外の先生と気軽に議論する機会や研究室を超えた共同研究もたくさんあって、少人数だからこそできる強みだと思います。色々なバックグラウンドの多様な人が狭い空間にいることで、自然と面白いコラボが生まれやすい環境なんだと思います。

今後、挑戦していきたい人材育成

過去に大学教員を経験していることもあって、大学との共同研究を含めた人材の育成や教育はやっぱり楽しく面白く感じるので、今後もどんどんしていきたいと思っています。今のチームにも若い人に入ってもらって育てたい気持ちもあるので、もっと様々な人との関係を大切にしながらネットワークを築き、その人がしっかりと成長できるような環境を作ってあげることをしていきたいです。能力的に自分より優秀な人はいくらでもいらっしゃると思いますが、それでも自分がここまでやってこれているのは今までお世話になった人たちのおかげなので、人に助けてもらった恩を今度は自分が人に返していきたいですね。

奈良先端大の大きな強み

奈良先端大の研究室は小講座制なので、教授・准教授・助教2人がいて、特任教員を除いても研究室に4人の教員がいます。とても良い経験になったと思うことは、一つのテーマに対しても先生ごとに考え方やコメントの仕方、解決アプローチ、研究哲学などが全然違うと知れたことです。同じ分野のプロの研究者同士でも異なる考え方をするし、多様な人が集まって議論することで、どんどん良いアイデアに蒸留されていくことは感動的ですらありました。やっぱり、研究室の教員が多いことは奈良先端大のとても大きな強みだと思います。

あとは、言うまでもなく学部教育は非常に重要であり 奈良先端大の先生方も各大学・高専の先生に感謝なさっていると思うのですが、結果として奈良先端大の先生は多くの大学の先生と比べて講義よりも研究に費やすことができる時間が長いと思います。これは研究熱心な学生にとっても嬉しいことだと思います。

また、奈良先端大は学生数が少ないのもあって、博士課程から進学した自分でも、研究室内だけではなく近い分野の研究室の方と話す機会も多かったですし、これも学生数が少ないメリットだと思います。今、研究者になってからちょうど8年目ですが、奈良先端大の時に知り合った方と再会して一緒に仕事したり、何かあった時に声をかけてもらったり…。他分野の方も含む優秀な方とたくさん知り合えたことで良いネットワークを築けたと感じますね。

奈良先端大で得られる具体的なスキル

奈良先端大の3年間で専門知識や最先端技術、英語語学力、論理的思考力を養うことができました。また、それだけでなく、卒業後に必要となる、個として独立した研究者となる上で重要な心構えについても、たくさん教えてもらいました。ことあるごとに「君も教員(研究者)になるだろうから」という前置きをしてから、研究のプロとして、教育のプロとしての心構えを教えてもらうことが多かったです。教えてもらった内容自体とても勉強になりましたが、それ以上に「プロ見習い」として扱われることが非常に衝撃的でした。いつまでも教えられる立場ではなくて、「今後は自分が教える立場になるのか」ということをしっかりと意識しながら、訓練する時間をもらいました。研究を進めることだけが研究者ではないということを学んだ、印象的な思い出です。

安心の研究室、整った研究設備

先生や研究室メンバーと一緒にご飯を食べながら、普段ミーティングでは言えない、ちょっとしたアドバイスをし合ったり、議論・雑談したりすることがモチベーションを上げたり、研究を進めるきっかけになることも多々あり、自分は毎日研究室に行くことは全然苦痛ではなかったです。先生方も親切で面白い方ばっかりだったので、とても楽しく過ごせましたね。進学率の高い大学では8、9割は内部進学生で1、2割は外部進学生ということもあると思います。奈良先端大の場合は内部進学がないため、修士で入ると全員フラットですし、博士課程から来る人もそれなりに多く、先生方もしっかりとケアしてくださっているから、疎外感は全然感じなかったです。研究室の教授である加藤先生には修士から進学した学生と分け隔てなく接していただいて、学内外の色々なイベントにも送り込んでいただいて様々な経験をさせていただき、本当にありがたかったです。

また、学生が利用できる研究設備も充実していてありがたかったです。大規模計算クラスターや大容量ファイルサーバ、大型プリンターや当時はまだまだ目新しかった3Dプリンターが使えたり、色々な観点で研究のしやすい環境が整っていたなと思います。

奈良先端大を目指している受験生へのメッセージ

奈良先端大は研究界隈ではとても有名ですが、ネームバリューに関しては、もっと認知度の高い大学は当然あります。ただし、そういう大学と比べても、奈良先端大には若くて熱心で自分でバリバリ研究されている先生がたくさんいらっしゃって、これは進学先を選ぶ上で重要なファクターの一つだと思います。また、改めて強く伝えたいのですが、自分のように博士課程後期から進学する方にとっても、奈良先端大はとても魅力的な環境であることは間違いないので、強くお勧めします。大学院大学だけあって、外から新しい学生が来ることを歓迎しているし、教育することに熱意を持っています。これは大きな特長なので、修士からでも博士からでも不安に思わずにどんどん進学すれば良いと思いますね。

※この記事に記載した内容は取材当時の情報であり、会社名や役職名等は現在と異なる場合があります。