見出し画像

ブルックナーを歌うオーケストラ

 とてもいい動画を見つけたので、シェアしたい。

 演奏されているのは、今年、生誕200周年を迎えた作曲家、アントン・ブルックナーの無伴奏合唱曲 ”Locas Iste(この場所をつくりたもうたのは神である)"。演奏はPedro Carneiroという人の指揮するポルトガル・ユース・オーケストラ(Orquestra dos Navegadores-Oeiras)で、楽団員が自分の座席に座ったまま歌っている。調べてみれば、2022年にベルリンで開かれたヤング・ユーロ・クラシックという音楽祭で、同じブルックナーの交響曲第9番が演奏されたあとのアンコールの模様らしい。

※下記のURLは”Locas Iste”のみ。本記事からは再生不可だが、YouTubeで視聴可。
 https://www.youtube.com/watch?v=kFvAHNGzYW8

 容易に想像がつくと思うが、この状況で混声合唱曲を歌うのは難しい。楽団員はオケで弾く楽器ごとにまとまって座っていて、歌うパートごとにはまとまっていないからだ。隣の人が、同じパートや声域の近いパートを歌っているとは限らないのである。個々のプレーヤーが自分できちんと音程をとって歌えなければ、ハーモニーを作ることはできない。

 そんな過酷な状況で、しかも1時間を要する大曲を演奏し終えた後に、この若者たちはなんと優しく、なんと透明な歌を聴かせてくれることだろうか。歌っている楽団員たちは恐らく音楽家の卵で、音楽の専門教育は受けているはずだが、器楽が本分なのに違いなく、合唱はあくまで教育の一環ということなのだろう。

 しかし、想像するに、器楽奏者としてオーケストラ演奏をする上で、こうして合唱に取り組むというのは、なかなか良いトレーニングになるんじゃないだろうか。響きを醸成させるにはどれくらいの時間が必要か、3度や6度といった協音程を美しく響かせるためには各声部がどんなバランスで鳴らせばよいか、そして、個が独立して音楽を奏でながら、それを一つの有機体として息づかせるにはどうすればよいか、などを身をもって体験できるからだ。そして、自分の身体を楽器として歌い、他の人と合わせることの喜びは、何ものにも代えがたいものがあるだろう。歌っている若い音楽家の柔らかな表情にも、控え目だけれどどこか満ち足りた喜びが見てとれる。そして、演奏会場のベルリン・コンツェルトハウスの内部に、それが静かに広がっていくさまが目に見えるようである。言うまでもなく、本編で演奏した交響曲への音楽的理解を深めることにも、合唱体験は間違いなく役立っているはずだ。

 ところで、オーケストラの楽団員が、ブルックナーの"Locas Iste"をアンコールで歌う動画を見るのは、これが初めてではない。昨年(2023年)2月に、フライブルクのKHGオーケストラが交響曲第8番を演奏した後、やはり楽団員がアンコールで歌っている動画があるのを知っていた。

 この動画は同じ年の6月に見つけていて、X(旧Twitter)でリンクを貼って紹介した。その時、動画の再生回数はまだ2桁くらいだったが、今は4万を超えている。やはり、珍しい取り組みが世界的に話題になったのであろう。こちらは、オケの団員が全員立って歌っている。それに、もしかするとエキストラかもしれないハープの人たちも歌っている。練習にもちゃんと出席したんだろうか。

 オケ団員がブルックナーの合唱曲を歌うのは、私はこのKHGオケが初めての試みかと思っていた。しかし、今回見つけたポルトガルの動画はさらにその1年前のものである。だから、いつ、どこで、誰がこの素敵なアイディアを思いつき、実践し始めたのかは分からない。どなたかご存知の方がおられたらご教示願いたいです。が、そんなことはともかく、いつか、どこかのブルックナーの演奏会で、こんなアンコールに接してみたい気がする。巨大な交響曲を聴いたあとにはアンコールなど不要なのだが、こればかりは話は別だ。

 ただ、ウィーン・フィルやベルリン・フィル、シカゴ響といった世界超一流のオケ、あるいは、N響や都響といった日本のオケで聴いてみたいかと言われると微妙ではある。人生や社会の荒波にもまれておらず、アルコールで喉が焼けてもいない、若くてまっすぐな人たちの歌が聴いてみたい気がする。

 ともあれ、紹介した動画で歌っていた人たちが、この合唱で得たものを演奏家として、聴き手として、美しく生かせていますように、と願う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?