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中古マンション内見日記2 リバーサイドが過ぎる家

JR駅徒歩6分 3LDK  築10年

 突然だがハザードマップを見たことがあるだろうか。ちなみに私は見たことがなかった。というかいままでそういうことに、とんと興味がなかった人間である。住んでいるあたりは地盤が盤石だと言われるし、かといって海や川のそばや著しい低地に憧れたこともないからだ。

 というのは置いといて、今回の物件は私の住みたい街ナンバーワンの駅徒歩圏内にある物件だった。もっと細かく言うと私の「住みたい街ナンバーワン」は2つある。仮にA地区とB地区としよう。A地区は商店街が活気ある小さな町で、B地区は私の親族がわりと代々住んでいた思い出の街だ。

 今回の物件はA地区の駅から徒歩10分以内。理想的な立地だ。基本的には今回の家選びは、徒歩10分圏内を条件にしている。これ以上離れると老後歩けなくなるからだ。不動産屋が謳うところの「徒歩10分」は「健康な成人が脇目も振らず歩けば」という条件付きである。それなら60歳過ぎたら徒歩10分は15分になるし、15分は20分になるだろう。だから駅近は最重要ポイントなのだ。そして今回はそればかりでなく築10年、大手デベロッパーによる有名ブランドときた。大手デベロッパーと2回連続で声高に言うが、前回とは格が違う。誰もが聞いたことのあるマンションシリーズだ。

ちなみに前回の記事はこちらである。

https://note.com/naikennikki/n/nf32df8f72687

しかしその物件は、川に面した場所にあった。リバーサイドマンション。英語にするとなんか陽水っぽくていいかんじだが、現実には川っぺりである。でも築浅だし、あの大手だし「ま、いけんじゃね?」という軽い気持ちで内見をお願いした。

 2日後。私は川っぺりの物件の前にいた。初夏の川藻の匂いが鼻をかすめる。まあまあよく行くエリアなので川の水量は少ないしと甘く見ていたが、川の両サイドをみるとコンクリートの塀のかなり高いところまで苔が生えていた。ここまで水がくるということだ。
 待ち合わせた営業マンはピアスの穴が複数ある細長い青年だった。だからどうということはない。ちゃんと仕事さえしてくれれば耳に穴などいくつあってもかまわない。

 残念というかなんというか、お目当ての部屋は一階にあった。よりによって一階かよ。ピンポンをすると日に焼けた健康的なおしゃれ若奥様が出てきた。内見一号がくると思って掃除してくれたのだろう。部屋に通してもらうと小さな子がいるとは思えないほどの片付きっぷり、ライトなおしゃれっぷり。ビームスとかで買ってそうなアメカジ服とアメカジ家具。なんなら家具のほうは最近はニトリでも売っているかもしれない。そして書斎の壁には旦那さまの輝かしい仕事関連の賞状がずらりと額装されていた。

 窓を見るふりをして、私はその企業名と名前を一心不乱に記憶した。あとで検索しよう。若い夫婦で新築でこんなところを買えるなんて、一体どんな職業に就いているのだろうかというゲスな考えが頭から離れなかった。実は昨日からずっとそのことで頭がいっぱいだった。しかし、よく聞くと夫婦は新築でこの家を買ったわけではないという。

 えっ? だったら住み替えるの早すぎない? その瞬間、緑の庭とその塀の向こうに横たわる川の存在を思った。やっぱり川か。不動産やさんは「去年の台風の多摩川の反乱のときでもここは浸水はしなかった」と説明してくれた。その横で奥さんはにこやかに佇んでいたが「全然怖くはありませんでした」とは言ってくれなかった。
 そして言い忘れたが、川なんかなくても私は一階の物件が嫌いである。床が寒くて、湿気がすごいからだ。案の定、風呂場といくつかの扉はふちがふやけていた。修繕費はそれだけで15万といったところか。川からの風、おそるべし。
 自治会についても質問した。すると「コロナの前は食事会があった」という。なんとセレブな。おそらくそれは幼い子を持つ若い家族の親睦を深める意味も込めたものだと思う。私には無意味でしかない。にもかかわらず、このマンションはだいたい数年周期で多くの人が引っ越すというのだ。不自然すぎる。
もうこれは絶対川のせいだ。

 内見を終え青年は「ぶっちゃけ、どうでした?」という旨の質問を私に投げた。几帳面な性格がよく整えた眉に浮かび上がっていた。几帳面に抜きすぎたその眉はまるで一昔前の高校球児のように細かった。そのときは彼の勢いと立派な設備にすっかりやられ「前向きに検討したいです」と答えたが、「川を歩いて帰りたいのでここで」と別れを告げた。すると青年は「ですよね〜」という顔をして、プラダのブリーフケースの中からハザードマップを一部出して言った。「ここ、載ってますんで」。家に帰って確認すると、載ってるっていうか、真っ赤と真っ黄色のマーカーモリモリの要注意エリアだった。

 マンション選びで災害というと、耐震構造とか地盤とか地震を念頭に置きがちだが、水害も忘れてはいけない。最近は毎年のように水害が起き、このマンションができたときよりもはるかに川沿い=リスクという考えが浸透してきている。そうとは知りつつも、大手デベロッパーと人気の街にやられて思わず内見までしてしまった。青年からはなんの連絡もなかったが、物件は数日してWEBから消えた。

 大手デベとおしゃれ建物好きな誰かの目に止まったのだろう。私も危うく、ブランドという名の濁流に流されるところだった。

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