【問題】バカだけで民主主義は成り立つか?
私はこの言葉を知ってから、「今まで試されてきた政治体制のなかでもっともマシなものが民主主義のはずだ」と信じてきました。
しかしアメリカや日本など、昨今の民主主義国家をみていると民主主義が劣化してきているような気がしてなりません。
かといって、中国やロシアのようないつ何をされるかわからない独裁・専制主義は論外です。やはりチャーチルのいう通り、民主主義はこれまで試されてきた政治体制のなかでは最もマシなことであることは確かなのかもしれません。
ただ現在の民主主義の問題は、行きすぎた資本主義や、高度に発達したテクノロジーと歩調を合わせることができていない点です。したがって、もうそろそろ民主主義も現代にあわせて進化させるべきときなのではないでしょうか?
時代にそぐわない化石のような民主主義をいつまでもありがたがるのではなく、現状に最適化して民主主義を進化させることが今、求められています。
そこで今回は、現在生じている民主主義の不具合や問題点と、次世代の新たな民主主義に進化させるためにはどのようにすればいいのかをみていきましょう。
今回の参考書籍
今回の教養は下記の書籍を参考に執筆しています。
本書は現時点(2022/07/15)でAmazon 売れ筋ランキング「国際政治情勢」で1位、全ての本のランキングで10位になっているベストセラーです。
著者の|成田 悠輔<<なりた ゆうすけ>>氏は、周囲に忖度しない発言や深い洞察力・卓越した分析力、そしてニヒルでシニカルな独自のユーモアなどが話題を呼び、近年、急速に注目を集めています。
そんな、まさに「天才」ともいえる成田氏の経歴は下記のとおりです。
ちなみに、成田氏がPh.D.(博士号)を取得したマサチューセッツ工科大学は世界大学ランキングで1位にランクインしています。一方、客員教授をしているスタンフォード大学は3位、助教授をしているイェール大学は8位にランクインしています。
若者は選挙にいってもムダな件
まずはじめに、本書で成田氏はこう断言しました。ただ、これを聞いても、
「選挙で何も変わらないのはなんとなくわかってる」
と感じる人もいるでしょう。
確かに、このようなことは「若者」であれば、なんとなく漠然と感じている人も多いはずです。私も一応「若者」の部類に入りますが、選挙でなにかが変わるとは感じていません。
ただし、成田氏はそんな漠然としたイメージで発言しているわけではなく、明確な根拠があります。その根拠とは、日本人の平均年齢と人口構成です。
まず日本人の平均年齢は48.6歳であり、世界で2番目に平均年齢が高い国になっています。そんな国で若者の選挙率があがったところで「焼け石に水」です。
絶望的な人口構成
次に、人口構成をみていきましょう。
2022年6月1日時点の日本の総人口は1億2,493万人、このうち30歳未満の人口は3,276万人で、全体の26%しかいません。
さらに、すべての有権者(選挙権がある人)に対して、30歳未満の有権者(18~29歳)の割合はさらに絶望的です。
全ての有権者の人数は10,712万人、このうち30歳未満の有権者の数は1,495万人で、全体の約14%しかいません。
絶望的な投票者数
さらに絶望的な数字をおみせしましょう。
下記の表は、年代別の総人口と投票率、そこから算出した実際の投票者数です。
わかりやすく棒グラフにしてみましょう。
見てわかる通り、年代が若くなるほど人口も投票者数も減っています。
さらにわかりやすくするために、30代以上と30歳未満で投票者数をわけた円グラフを作成しました。
30歳以上の投票者数は全体のおよそ9割を占め、30歳未満の投票者数は全体の約1割しかいません。「9対1」の戦いでは勝てるはずがありません。若者の絶望的な状況についてご理解いただけたでしょうか?
もし、若者の投票率が高まったとしても、成田氏のいう通り「何も変わらない」のです。若者は絶望的なほど超超少数派であり、選挙では存在感はほぼありません。
つまり、若者が選挙に行くのは「焼け石に水」どころか「マグマに霧吹き」レベルということです。
(参考:総務省統計局丨人口推計- 2022年(令和4年)6月報-)
(参考:総務省「国政選挙の年代別投票率の推移について」)
若者の投票先は高齢者と同じ
さらに状況をひどくしている要因は、若者自身の投票行動にもあります。
というのも、下記のグラフのとおり、若者の投票先は高齢者とほぼおなじ自民党なのです。
これらの理由から、成田氏は下記のように結論付けています。
経済も人命も救えなかった民主主義国家
このような背景をもとに、近年では民主主義に悲観的な見方をする書籍が次々と出版されています。
しかし、本当に現在の民主主義はお荷物になっているのでしょうか?
残念ながら、データ分析は「現在の民主主義はお荷物」という現実を突きつけてきます。
民主国家ほど経済成長が低迷している
まずはじめに、成田氏とイェール大学の学生・須藤亜佑美氏が行ったデータ分析をみてみましょう。
2人の分析によると、国民の声をよく聞く民主主義的な国ほど、今世紀に入ってから経済成長の低迷が続いているのです。
このグラフは成田氏らが作成したグラフです。
縦軸は「2001年から2019年の平均GDP成長率」、横軸はその国の政治制度がどれくらい民主主義的かを表す「民主主義指数」、円の大きさは2000年時点のGDPの大きさを表しています。
上にいくほど経済成長をしていて、右にいくほど民主的な国だということです。ひと目見て分かる通り、アメリカや日本など民主的な国ほど経済成長が低迷していて、非民主的な中国は大きく経済的に成長しています。
このグラフの「民主主義指数」は、スウェーデンのプロジェクト「多種多様な民主主義」が作成したものを採用していますが、これを他の機関が作成した指数に変えたり、縦軸の総GDPを一人当たりGDPに変えても結果はほぼ変わりませんでした。
民主国家ほどコロナ禍で人が亡くなった
悪いニュースはまだ続きます。20年間蝕まれ続けた民主主義は、さらにダメージをくらうことになりました。
2020年に起きた、新型コロナウイルスの流行です。
ご存知の通り、アメリカやヨーロッパなどは多くの感染者と死者を出している一方で、中国はどこの国よりも徹底的にコロナを封じ込めて経済活動を取り戻しました。
民主的な国ほどコロナのダメージを受けて、個人の権利よりも公共の利益を優先できる非民主的な中国のような国ほどコロナ禍をうまく乗り切っていたイメージがありませんか?
残念ながら、これはイメージではなく事実であることを明らかにしたのが成田氏らです。下記のグラフをご覧ください。
縦軸は「100万人あたりのコロナ死者数」、横軸は「民主主義指数」、苑の大きさは「2019年時点のGDPの大きさ」を表しています。上にいくほどコロナの死者数が多く、右にいくほど民主的ということです。
そして、日本はなぜか例外ですが、アメリカやフランスなどの民主的な国ほど死者数が多いことがわかります。一方で左下の中国は死者数が少なく、コロナをうまく封じ込めました。
中国だけではなく、中東やアフリカなどの貴族主義的または軍事主義的な非民主国もコロナの封じ込めにある程度成功しています。
コロナ禍の経済を乗り切ったのも非民主国
ただ、中国などの専制国家が報じる数字は怪しく、信頼性に欠けます。
そこで、コロナ禍の経済をうまく乗り切ることができた国がどこか見てみましょう。
縦軸は「2020年のGDP成長率」、横軸は「民主主義指数」、円の大きさは「2019年時点のGDPの大きさ」を表しています。
はじめに見た「2001~19年のGDP成長率と民主主義指数のグラフ」と同じように、民主的な国ほど経済成長が低迷していることがわかります。そして、非民主的な国ほどコロナ禍においても経済成長を実現しているのです。
コロナ禍では「人命か、経済か」という二者択一の議論がされましたが、これは的はずれな議論であることがわかります。人命と経済を救えた国と、人命も経済も救えなかった国があるだけだったのです。
民主主義が成功していた時代もある
では、民主主義が悪いのでしょうか?
元欧州委員会委員長のジャン=クロード・ユンケル氏はこのように言いました。
つまり、「すべきことを理解できないバカな大衆(有権者)が民主主義を蝕んでいるのだ」ということです。
とすれば、やはりチャーチルのいう通り「民主主義は最悪の政治形態」なのでしょうか?
確かに、ここまでの「民主主義国家ほど経済成長も人命も失ってきた」というデータをみると、「民主主義が悪い」と感じるかもしれませんが、それは早合点かもしれません。
なぜなら、民主主義が成功していた時代もあるためです。
民主主義が経済成長によい影響を与えた
上記で見てきた通り、ここ20年ほどのことを考えると民主主義が経済成長の足かせとなっていると感じますよね。
しかし、20世紀の後半までは民主主義国家のほうが豊かになるスピードが速く、豊かになったあとにも高い経済成長率を維持していたのです。
成田氏は、中世から20世紀までの数百年間の経済成長には民主主義的な政治制度がよい影響を与えたとする研究がいくつもあるとしています。
さらに、乳幼児死亡率などの公衆衛生指標をとってみても、民主主義的な政治制度がよい影響を与えてきたことがわかっています。
数百年間もの間、民主主義はよい影響を与えてきたにもかかわらず、たった数十年間で急速に経済が停滞しているのは、「大衆がバカだから」という理由だけでは説明できません。
では、なにが民主主義を失敗に導いてきたのでしょうか?
民主主義失速の原因はインターネット?
民主主義が失速し始めたのは2000年前後ですが、ちょうどこの頃から世界経済を握る巨大IT企業が興り始めました。それぞれの創業年度は下記のとおりです。
1994年:Amazon
1998年:Google
2004年:Facebook(現Meta)
2005年:YouTube
2006年:Twitter
日本でも下記のような企業が創業されました。
1996年:ヤフージャパン
1997年:楽天
2000年:LINE(ハンゲームジャパン)
こうして、インターネットやSNSが広く浸透した結果、何が起きたのか? 答えは「民主主義の劣化」です。
善悪を問わず人気者が勝つ民主主義
インターネットやSNSが浸透した結果、民主主義国家における情報の流通とコミュニケーションのあり方が大きく変わりました。
簡単にいうと、政治がインターネットとSNSを通して多くの人により速く届くようになり、人々の反応がより政治に強く反映されるようになったのです。これにより、人々の扇動と分断が進んだとされています。
注目を集めることでPVを稼ぐニュース記事やYouTubeのように、政治もまた派手な演出で注目を集めようとする傾向が強くなってきている印象がありませんか?
このことは、歯に衣着せぬ発言や敵を激しくこき下ろす言動を行い、大衆の注目を集めて大統領になったトランプ大統領をみるとよくわかります。
また、日本でも立花 孝志氏が率いるNHK党で「ホリエモン」こと堀江 貴文氏が政見放送に登場したり、暴露系YouTubeとして火だるまになりながら注目を集める「ガーシー」こと東谷 義和氏が、国会議員に当選したこともまた典型的な例でしょう。
これらは「選挙・メディアのハック」です。
東京都知事の小池 百合子氏、大阪府知事の吉村 洋文氏なども、コロナ禍で過剰な「飲食店叩きキャンペーン」を展開し、賛否両論を巻き込していました。
その発言や主張が正しいかどうかは関係ありません。とにかく自分の顔と名前がテレビや新聞、SNSに載り続けることが大事なのです。そうすることで、大衆に自身の存在をアピールすることができます。
民主主義の根幹が崩れかけている
なるほど、確かに民主主義はインターネットやSNSの普及と同時に、劣化してきているのかもしれない。ただこれらは印象論でありただのエピソードです。
しかし、成田氏は民主主義が劣化してきていることを示すデータをしっかりと提示しています。
スウェーデンのヨーテボリ大学政治学部にあるV-Dem研究所による、「多種多様な民主主義(Varies of Democracy)」プロジェクトでは、世界の民主主義をさまざまな指標で測定しています。
成田氏はこのV-Demのデータから、今世紀以降、民主主義の根幹をなす重要な要素が崩壊しつつあることを発見しました。民主主義を破壊する脅威には、下記のようなものが挙げられます。
政党や政治家によるポピュリスト的言動
政党や政治家によるヘイトスピーチ
政治的思想・イデオロギーの分断(二極化)
保護主義的制作による貿易の自由の制限
これらの脅威が今世紀に入ってから、特に2010年以降、世界的に高まっているのです。さらに、もともと民主主義のレベルが高い国ほど、これらの脅威が高まっていることもわかりました。
長期的に必要な政策が行われない理由
教育や科学技術などの投資は国にとって非常に重要な意味があります。しかし、国にとって重要な投資や政策の実行は、ときに直感に反するものとなるため国民の理解を得ることができないことが少なくありません。
何をやっているのか、なんの役に立つのかわからない科学技術や高等教育、金融危機で危機に陥った金融機関を救わなければならない理由、感染症が流行した際に経済を止めてまで封じ込める必要性とは…。
このような問題は正解がわからず、政策の結果がでるまでも時間がかかります。したがって、これらにお金を使うのであれば、もっと直接的に自分たちの生活のためになることにお金を使ってほしいと感じるのもムリはないでしょう。
だからこそ、専門家や科学者がいるのですが、その「専門家」ですら正しい答えはわからないのです。それなのに、テレビで数十秒の間に中学生でも理解できるように説明を求められ、視聴者に説得するのは無理難題といえます。
しかし、経済対策や補助金であればお金をバラまけば済む話で、効果を説明しやすいうえに、国民も直感的に「効果がありそう」と感じられます。
「長期的にみて必要な政策」ではなく、「本当に効果があるのかわからないが簡単に説明できる政策」を政治家が行うのは、政治家がバカだからではありません。
インターネットやSNSによって大衆に監視されているため、本来やるべきことができなくなっているためです。こうしてインターネットによって蝕まれた民主主義は、長期的な目線による政策を難しくしています。
「ざんねんな民主主義」に対する処方箋
現状、ざんねんな状態に陥っている民主主義を治療するには何が必要なのでしょうか?
まず、独裁・専制への回帰が論外であることは、ロシアの軍事侵攻や中国の「いつ何をされるかわからない感」をみても明らかです。
成田氏はざんねんな民主主義を進化させるための処方箋を、本書で3つ提示しています。
民主主義との「闘争」
民主主義からの「逃走」
まだ見ぬ民主主義の「構想」
ムダに韻を踏んでいるところがオシャレです。
「闘争」
「闘争」とは、現在の民主主義と向き合って小さな調整や改善をくりかえすことによって民主主義を復活させよう、という取り組みです。例えば、政治家の任期や定年をいじったり、マイノリティの声を汲み取る試みを挙げています。
しかし、現職の政治家に自身の立場が危うくなるような選挙制度改革をするモチベーションが働くとは思えません。
「逃走」
そこで次の処方箋となるのが「逃走」。民主主義はすでに死んでいるのかもしれません。であれば、「民主主義から逃げてしまおう」というアイデアです。
実際、タックスヘイブン(租税回避地)と呼ばれる、課税が免除される国や地域に資産を隠す行為が平然と行われているように、国家からの逃走はすでに一部ですが行われています。
「構想」
しかし、逃げたとしても問題が解決するわけではありません。
民主主義を改善するのでもなく、民主主義から逃げるのでもなく、「民主主義を現代に合わせて再発明すればよい」というのが最後の提案です。
そして成田氏が具体的に構想として挙げているのが、「無意識データ民主主義」。
簡単にいうと、あらゆるデータを汲み取り、そのデータをもとにアルゴリズムが意思決定を行うことでエビデンスに基づく政策が可能になる、というものです。
それでは1つずつみていきましょう。
民主主義との「闘争」
それでは、成田氏が提案する1つ目の処方箋、「闘争」を解説していきます。
しかしその前に、日本における民主主義を理解するには、日本独自の問題を把握しておかなければなりません。
民主主義が劣化している主な原因はインターネットやSNSにあると解説しましたが、日本においてはもうひとつ要因が挙げられます。
前掲した下記のグラフをみれば、その答えがみえてくるでしょう。
答えは高齢化。
つまり、高齢者が増えて若者が減ることで、高齢者が優遇される「シルバー民主主義」になってしまうということです。
本書ではこの点について、イギリス元首相ウィンストン・チャーチルの言葉を挙げています。
「進歩派」とは、現在の不合理を改善し、新しく、優れたものを求める思想で、テクノロジーや経済の発展が社会の改善につながると考える人です。
一方、「保守派」とは、これまでの伝統や習慣、制度、考え方を踏襲し、社会的・政治的な改革や革命に反対する考えを持つ人です。
つまり、若者は「古いものはガンガン変えて社会を良くしていこうぜ!」と息巻くものであり、成熟したり老人になると「いやもうそんな変える必要ないし、今のままでよくね?」と現状維持を望む、ということです。
しかし、この古くからみられる構図が今世紀に入ってから、どうやら変化しているようです。この点について、成田氏は下記のように綴っています。
これと同じことを感じている若者は多いのではないでしょうか? 少なくとも私は、言語化できていなかった政治へのモヤモヤや諦めを、成田氏が言語化してくれたように感じました。
シルバー民主主義の犯人は高齢者ではない?
このようにいうと、多くの高齢有権者が「若者よりも高齢者を優遇してほしい」と考えているように感じるかもしれません。その結果、老人と若者の分断が進んでしまう可能性があります。
しかし、シルバー民主主義の原因は本当に高齢有権者なのでしょうか? この点について別の可能性を示唆する研究があります。
それが、市場と民主制の欠陥を補う新たな社会を目指す、フューチャー・デザイン研究所による研究です。
この研究では、まだ生まれていない将来世代の仮想代理人をたてて、現役世代や高齢者に次世代にかんする政策を話しあってもらいました。その結果、政策選択が未来志向に変わったです。
この結果は、若者よりも高齢者が多いからといって、高齢者が自分たちのことだけを考えているとは限らない、ということがわかります。
シルバー民主主義の原因は政治家
しかし、現実としてシルバー民主主義が我が物顔で|跳梁跋扈<<ちょうりょうばっこ>>しているのはなぜなのでしょうか?
答えは、自民党の中核政治家にシルバー民主主義の傾向が強いためです。彼らは脳内の「高齢者イメージ」に忖度して、高齢有権者に有利な政策や発言をしているのです。
しかし、実際は高齢有権者の考えていることはわかりません。ただ、政治家にとって、数が多い高齢有権者を敵に回す可能性がある言動はメリットがほぼなく、リスクしかないといえます。
ただ、政治家は憶測と忖度で動いているだけなのです。
政治家のモチベーションを変える
では、どうすればいいのでしょうか?
成田氏がその解決策として挙げているのが、「政治家への長期成果報酬年金」です。
これは、目前に吊るされたニンジンである「高齢者への忖度」よりも、長期的な成果にもとづいて政策判断ができるようにすることを目的としています。
政策の効果があらわれて、その是非が判断できるまでには数年から数十年かかるため、下記のような指標をもとに政治家が引退した後の成果報酬年金をだすというアイデアです。
「そんなことできるの?」と感じるかもしれませんが、シンガポールではこうした制度が一部導入されています。シンガポール政府の大臣の給料の30~40%は、GDPなどの指標に応じてボーナスが支払われるシステムです。
政治家の若返りを変える
次に考えられるのが、政治家の若返りを目指すものです。
現在、日本の政治家の平均年齢はおよそ55歳で、最年長は二階俊博前幹事長の82歳。
さらに、閣僚の平均年齢はOECD(経済協力開発機構)諸国平均で53.1歳ですが、日本は62.3歳と35カ国のなかで最も高い結果となっています。このように、日本では高齢政治家が多く、世代交代が遅々として進んでいません。
最もシンプルなのは、政治家の任期や定年を変えることが挙げられます。一般的に政治家の言動はよくも悪くも世論に左右されますが、任期や定年が近づけば失うものがなくなります。
これにより、世論を気にせずやるべきことができるようになるのです。これを成田氏は「民主主義的に擬似専制を行える瞬間が生まれる」と表現しています。
そして実際に、政治家の定年や年齢上限はいくつかの国で実現されており、例えば、カナダでは74歳以下しか国会議員に任命されることができません。また、ブータン、イラン、ソマリアなども同じような制度を導入しています。
有権者の若返りを図る
政治家だけではなく、有権者も老いていきます。
憲法では年齢差別が禁じられているため、選挙権に年齢上限を設けることは現実的ではありません。
しかし、ブラジルでは70歳以下の有権者に限り、投票が罰則付きの義務化となっていて、それ以上の有権者は自由になっています。
この仕組みは高齢者から選挙権を剥奪するのではなく、若者が選挙に行くモチベーションを高めることにつながっています。
結局、高齢者も若者もヤバい
ここまでみていると、
「やっぱり高齢者が多いのが問題なんだ!老害は引退しろ」
と感じる人もいるかもしれません。なら、若者に国の未来を託すのが正解なのでしょうか?
しかし、前掲した下図のように、若者もまた高齢者と同じような政党を支持しています。
さらに、日本では若者がどんどん貧乏になっています。
金融広報中央委員会の「家計の金融行動に関する世論調査(令和3年度)」によると、20代の貯蓄ゼロ世帯は全体の38.5%でした。また、金融資産を持っていない世帯を含む20代世帯の貯金額の中央値は20万円だったことがわかっています。
このような貧乏な若者が多数はの日本において、「国の未来を考えて行動しろ」といっても難しいでしょう。
結局、高齢者も若者もヤバいのです。
民主主義からの「逃走」
若者も高齢者もヤバい国で民主主義と戦おうというのが間違いだったのかもしれません。
そもそも現在、選挙で勝った人々は民主主義の既得権者です。その既得権者がわざわざ既得権の源を破壊するモチベーションがありません。したがって、今の民主主義はこれからも変わることなく、状況だけが悪化していくでしょう。
そこで成田氏が提案する次の処方箋が「逃走」です。
民主主義はもうオワコンなのだからいっそのこと逃げてしまおう、というアイデア。民主主義を内側から変えるのではなく、自分の行動を変えて民主主義から逃げてしまうのです。
タックスヘイブンのように国家から逃げる
成田氏は、国家からの逃走はすでに一部で当たり前のように行われていると言います。
その一例として挙げているのが、タックス・ヘイブン。別名「租税回避地」。大富豪は自分の資産を課税から守るために、税率が著しく低いかそもそも課税されないタックス・ヘイブンに資産を移しています。
しかし、タックス・ヘイブンと「民主主義からの逃走」とどう関係しているのでしょうか?成田氏は下記のように続けています。
つまり、劣化した民主主義においては政策の失敗は国民に税金のように押しつけられているのです。
とすれば、国民に強制的に徴収する税金から逃れる「タックス・ヘイブン」があるなら、国民に強制的に押しつけられる政策の失敗から逃れる政治的「デモクラシー・ヘイブン」もあってもいいじゃないか、というのが成田氏のアイデアです。
実際に構想段階にあるデモクラシー・ヘイブン
「そんなことできるはずがない」
と感じるかもしれませんが、すでにデモクラシー・ヘイブンは構想段階ではありますが存在しています。
それが「海上自治都市協会(The Seasteading Institute)」による、海上に政府から独立した自治都市をつくるプロジェクトです。
このプロジェクトを支援し投資するのが、PayPal(時価総額数十兆円)の設立や、Facebookへの最初期の投資を行った、投資家であり起業家のピーター・ティール氏です。
ティール氏の考えを成田氏は下記のように推測しています。
さらにこう続けています。
逃げても問題の解決にはつながらない
しかし、「逃走」には問題があります。
それは、国家から逃げてたとしても問題の解決につながらないことです。
この点について、成田氏はこう表現しています。
まだ見ぬ民主主義の「構想」
ここまで話してきた「闘争」と「逃走」という2つのアイデアはうまくいきそうにありません。
そこで成田氏が最後に提案する「構想」が新たな民主主義のカタチである、「誰も選挙に行かない民主主義」です。
「選挙に行かない民主主義? そんなのあり得ないでしょ」
と感じるかもしれませんが、成田氏は選挙なしの民主主義は可能だし、むしろ望ましいとすら断言しています。
成田氏はこの選挙なしの民主主義を「無意識民主主義」と呼んでいますが、
センサー民主主義
データ民主主義
アルゴリズム民主主義
などと言ってもいいとしています。
無意識民主主義とは?
無意識民主主義では、まずインターネットやセンサー、監視カメラから下記のような人々の欲望や無意識、意思を把握できるデータを集めます。
表情
体反応
心拍数
安眠度合い
神経伝達物質(ドーパミンやセロトニン、オキシトシンなど)
そして、このデータをもとにアルゴリズムを用いて政策や意思決定を行うことで選挙なしの民主主義を実現しよう、というアイデアが無意識民主主義です。
そもそも選挙はただのデータ集計
このようにきくと、自分たちのデータを抜き取られる監視社会で、人間がロボットに支配されるような末恐ろしいディストピアをイメージしてしまいます。
しかし、そもそも選挙自体がただのデータ集計であることを考えると、それほど怖くないのかもしれません。選挙は「人々はどの政党や政治家が好きか?」というデータを、紙とペンを使って集めるただのデータ集計です。
無意識民主主義風に言い換えると、入力されるデータは「投票情報」であり、そのデータに基づいて「誰が当選するか」を決めて出力するのがアルゴリズムということになります。
このため、センサーが勝手にデータを集めてくれて、アルゴリズムが勝手に意思決定をしてくれる無意識民主主義の方が楽で効率的なのかもしれません。
中国の政策がデータで変わった?
近年、中国の経済政策が大きく変わったといわれています。
これまでは、世界トップレベルの時価総額を誇るグローバル企業や、資産数兆円の大富豪を中国共産党が支援してきました。
しかし、最近はこの資本主義ゴリ押し政策から、「皆でお金持ちになろう」とお金持ちを敵視する「共同富裕」政策に転換しているのです。
その背景には国民から得たデータがあるのではないか、といわれています。中国版Twitterである|Weibo<<うぇいぼー>>で、格差や不平等への問題視や、お金持ちを叩く声が増えたことを受けて、中国共産党が政策を変えたという推測です。
これはあくまでも推測ですが、このエピソードはデータに基づく政策決定のイメージを容易にしてくれます。
なんやかんやで政治家はネコとゴキブリになる
成田氏は最終的に「政治家はネコとゴキブリにになる」と語っています。
その理由は「データを集めてアルゴリズムが判断するのだから生身の人間は必要ないだろう」というものです。したがって、「アイドルとしてのネコ」と「ヘイトを集めるゴキブリ」が政治家の代わりとなるとしています。
また、生身の人間でなければなんでもいいので今流行りのVtuberがでもよいとしています。架空の政治家Vtuberが批判を浴びて、その架空人が引退や自殺をすることで国民のガス抜きに使う…などの使い方ができるため、便利かもしれません。
実際、すでに日本初のバーチャルモデルの「imma」の例が挙げられます。immaはCGでつくられた架空の人物ですが、ファッション誌の表紙を飾ったり、Instagramのフォロワー数は40万人を超えていたりと、世界が注目しています。
さらに、AIが架空のモデル画像をつくる「INAI MODEL」というサービスも始まっています。実在しないモデルを公告やポスターに使うことができるほか、モデルとの契約期間を気にしなくて済む点や、スキャンダルのリスクがない点などがメリットです。
ネコやVtuberに責任がとれるのか?
しかし、「ネコやVtuberには責任がとれないから、最終的に生身の人間をとる人間が必要だ」という意見もあるかと思います。
しかし、よく考えてみてください。
これまでの人間の政治家が責任をとれていますか?
現在の自民党の最年長は二階俊博前幹事長の82歳。で、平均年齢は57歳です。彼らが教育や医療、社会保障などの政策を行っているわけですが、その効果は数十年先にあらわれます。
今後、さらに高齢化するおじいちゃんがどのような責任をとれるのでしょうか? 確かなことは、結果がわかるころにはすでに亡くなっているということです。
「政治・社会の教養」では、下記の教養もよくみられています。
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