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エッセイ「童心に返る」

 JR京都駅から嵯峨野線に乗ってしばらくすると、車窓から芝生の広がる梅小路公園が見える。公園には蒸気機関車の扇形車庫もあり、「SLスチーム号」が煙を吐いて走る線路も1キロほど並走する。
 その公園に水族館構想が持ち上がったとき、海のない京都市にはふさわしくないという反対意見もあったけれども、2012年の春に「京都水族館」がオープンした。
 当初は、イルカのトレーナーが未熟でショーの盛り上がりに欠けるという噂もあったが、私たちが訪れたのはオープン5年目で、イルカとトレーナーは仲よさそうだった。
 「京都水族館ペアチケットプレゼント」とネットに出ていたので応募したら、招待券が2枚送られてきた。当選してびっくり。私の分のチケットは購入するとして、時間はいくらでもあるという両親を誘って行くことにした。80代の父と母と50代の娘とで、春の遠足。水族館に来ていた園児さんにまじって見学する。
 アシカが円筒の水槽を上へ下へと泳いでいたり、ツクシみたいなチンアナゴが砂に出入りしていたりと、動きが目の前で見られる。生き物の特徴がよくわかるようにしつらえてあるので、見応え十分だ。
 さて、イルカショー、会場の入り口でストローのような笛を渡された。席に着いて、トレーナーの合図に合わせてジャンプするイルカに拍手を送る。人工プールながら優雅に泳ぐイルカは迫力があった。動きを見せるばかりではなく、イルカの生態についても教えてくれた。「笛を鳴らしてイルカの声と合わせてくださいね」と言われて、まずは笛の練習。私も鳴らしてみようとしたけれど、うまく音が出ない。母は早々に諦めている。父は頬を膨らませて何とか音を出そうとしている。トレーナーの話術に乗せられて、一生懸命やろうとする父の様子がおかしくて、父の横顔に見入ってしまった。ストロー笛を握り、「どうするんや」と悔しがる。子供に返ったようだ。こんなにイルカショーの場に溶け込んでくれるとは思わなかった。
 それから、「イルカの鳴き声を聞いてもらいます。耳を澄ませてくださいね」というトレーナーの言葉に、観客は静かにその時を待った。「いいですか、これがイルカの声ですよ。いちにのさん」と言ったとほぼ同時に、「SLスチーム号」発車の大きな汽笛が鳴った。

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