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PASSION 「珈琲より人を作れ」

 クリスマス公演の翌日、農作業は行われた。
 トラクターの荷台にみんなで乗って農道をガタガタ揺られる。ユバの女子たちは荷台の後ろに揃って座って歌をうたう。緑の大海と小さな歌。真夏のブラジル、真夏の年の瀬。ステキだなと思えることが嬉しかった。
 お昼ごはんのメインは天ぷらだった。しいたけ、かぼちゃ、オクラなど、採れたて野菜の揚げたて天ぷらが食卓に乗った。それはもう、天下逸品。
 この日の夜、ユバの資料館で管理人でもある正勝さんから話を聞かせてもらった。

日本以上の「日本」がある場所、珈琲より人を作れ

アリアンサは民間から資金を募って造られた移住地―。アリアンサに入った移民のほとんどが中流階級だったという。ここには蓄音機があり、以前は木で作られた天文台もあったという。ユバ内にテニスコートがあるのも中流階級がいたことを示しているのだ。アリアンサには知識人が多くいたことも、ユバの発展を支えた一因だ。
「芸術は大切だよ。バレエにしろ、楽器にしろ、練習は大変。朝早く起きて農業やって、夜はゆっくり休むことなく芸術活動。でもそれによって豊かさが生まれるんだよね。ユバは過去に何度もつぶれそうになっているけど、心に芸術がしみこんでいるからつぶれなかった。芸術は損得のないものなんだよ。それをクリスマスでのお芝居でも伝えたかった。金稼ぎのためだけに働いていたら、人間じゃなくなるよ。ユバは野球が盛んだった。野球は精神を鍛えるもの。勝つために練習する、鍛える、団結する。そこで生まれるものこそが大事だったんだよね。言葉は文化、文化は生活様式。日本語を話していなかったら文化は廃れていく。ユバが日本以上に日本なのは言葉の文化があるからなんだよ。みんなが日本語を話しているでしょう。田舎弁だけど」
資料館の一番目立つところに「珈琲より人を作れ」と書かれた掛け軸がある。アリアンサ創設者のひとり、永田稠が掲げた移住訓だ。

ユバの自然が生み出した、土着のすばらしき感性

クリスマス公演で「ハバネラ」を歌って圧倒的な歌唱力を披露した勝重さんがアトリエを見せてくれるという。


アトリエは風が吹き抜けるログハウスだった。入口には小さな木片がつながれたものが暖簾のようにぶら下がっていた。コロコロ、コロコロ。木片のぶつかる音がかわいい。
入ったとたん、ぬくもりのある雰囲気に包まれた。流木や石など自然にあるものを使ったオブジェや置物、アートの品々。「うた」「地球の種」「原生林と生きた人々」「100年の日々」。作品のタイトルを見るだけでも、想像力をかきたてられる。
勝重さんが「遠い日々」と名づけた作品の説明してくれた。
「何億年と地球は生きているでしょう。そして今の自分がそこにいる。天と地はつながっている。生きているのではなく生かされている。食べられること、生活できていることに感謝しなければいけない」
点という詩はこうだ。

ひとつの文章の中に点を置くと、
また新しい文章がそこから生まれてくる。
点はひとつの勇気と活力なのかもしれない。
人生の点を見る時、
そこには懐かしさと、優しさと、愛が見えてくる。

勝重さんから発せられる言葉のひとつひとつに“言霊”がある。
勝重さんは絵本作家という一面もあり、出版された絵本を見せてもらった。物語はみずみずしさに満ちていて、絵は大胆な筆使いと色使い。自由なのだが繊細さも感じられる。
アトリエは勝重さんの手づくりで、ベローバという原生林の板を主に使っているが、釘はほとんど打っていないという。自然に囲まれ、自然に感謝し、そのときどきで感じたことをありのままに作品につなげていく。




勝重さんの語り口からは幸福を、その瞳からは美しさを、体から発せられているオーラからは透明で強いエネルギーを思った。あの歌唱力、この感性、絵力と文章力。ユバが生み出した賜とでも言えようか。
「周りにある自然から作品を作るエネルギーをもらっているの。花が咲くだけですごく感動する。みんな、生かされているのね」
アトリエに居させてもらった90分は、身も心も浄化された気分だった。
私は、ユバの持つ底知れない力、ここで生きている人たちの“深さ”に日々驚かされていた。



 

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