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つながり、関わり、場のチカラ―とやまルポ【前編】2019,Autumn ver―

はじまり 富山へ導いてくれたもの

   富山県で行われている”ケア“を考えるときに外せないのが、「富山型デイサービス」と佐藤伸彦先生が掲げる「ものがたり」「ナラティブ 」です。
   富山型デイサービスは国をも動かし、制度化へ。共生型と言われるケアの在り方に繋がりました。富山型デイと言われる“元祖”が、富山市にある「このゆびとーまれ」です。「このゆびとーまれ」は高齢者も障害者も、赤ちゃんも…誰もが利用できる民営デイケアハウスです。“ふつうの日常生活”を大切にしている”とあります。共生型とは、縦割りではない、制度で何かが仕切られるわけでもない、色んな人が同じ場で交わる場所でもあると言えそうです。
    佐藤伸彦先生はものがたり診療所 医療法人社団ナラティブホームの理事長。先生が実践している「ナラティブ」。人と関わることを大事に、かけがえのない「ものがたり」を中心に組み立てる医療です。ナラティブを端的に表すのは難しいのですが、先生の言葉に「人は誰でも他人に理解されないものを持っている」「ケアの原点は心象の絆(≒関係性)にある」「『あ、そうだよね』『腑に落ちる』が物語的理解」「地域医療の充実をめざす活動は街づくりそのもの」…があります。

   2013年3月、愛媛県で行われた医療分野の学会で佐藤先生の講演を聞き「ナラティブ」という言葉を知って以来、私はずっと富山が気になっていました。
 「行ってみたい」と思いながら月日は流れます。
   2019年7月、富山県砺波市在住の鷲北裕子さんという女性からFacebookにメッセージをもらったことから、事は動き始めました。
   どうやら、私の記事を読んで「いいな」と思ってくれたらしいのです。
メッセージには「富山、石川。素敵な居場所作りをされている女性が多いです。いつか遊びがてらレポートに来てくださいね」とありました。
 すかさず私は返信します。
 「北陸は、気になっている場所です」と。
 すると「ぜひ『みやの森カフェ』へいらしてください。たくさんの方々に繋がりますよ」と続きました。
    鷲北さん自身、冬に「居場所」を立ち上げるとのこと。
   機が熟したようです。鷲北さんと相談しながら、11月14・15日、私は富山県を訪問するスケジュールを立てました。

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    富山に行くまでの期間、今年3月に出版されたばかりの、みやの森カフェ著『庭に小さなカフェをつくったら、みんなの居場所になった』を読みました。そして私が思う、ケアを考えるうえでキーとなっている言葉を取材ノートに抜粋しておきました。
    その言葉を挙げてみます。
・場のチカラ・―ともに with you・小さくあること・ナラティブ・アート・いま、ここ・つながり・循環・居場所・安心・ごちゃまぜ・古民家(建築)・カフェ です。
   これらは、今までのケアの現場での8年以上に及ぶ取材から感じていた言葉たちで、ケアとは、場のチカラ。ケアとは“ともに”あること。ケアとは、ナラティブ…。そんな風に続けることができると私は思っています。
さあ、これらをもって、9月13日の夕方、自宅のある香川県から高速バスに乗ってまずは大阪へ。大阪からの夜行バスで砺波駅を目指しました。

9月14日(木)早朝 初対面 話が止まず、雨の憂いが飛んでゆく

   天気予報では14日は雨。しかも低気圧の影響で強風が吹き、荒れた天気になるとされていました。予報通りのようで、私は深夜、大雨の音で目を覚まします。砺波駅に着いてもやはり雨。晴れ女なはずなのにと、気持ちはしょんぼり。遠方の取材ではだいたい”晴れ“の天気が多いため、初訪問の地での雨はやはりショック。しかも取材日の前後は晴れ予報。ただ、バスを降りるとき、運転手が傘を差し出しながら降り口を丁寧に案内してくれたことに小さく癒されたのでした。
   早朝5時10分。まだ当然真っ暗です。迎えに来てくれる鷲北さんを待っていました。
 鷲北さんは、早朝に開いているお店がないからと、この日宿泊するゲストハウス「すどまりとなみ」への予約のみならず、休憩と朝食もお願いしてくれていたのです。
 待つこと数分。鷲北さんの車が到着しました。
 「はじめまして」
 車に乗ったそばから、鷲北さんのお話が止まりません。15分ほどだったでしょうか。すどまりとなみへ到着します。古民家と聞いていましたが、思った以上に広い!そして宿の造りがいい!オーナーの川向さんのやわらかな雰囲気に、会ったそばから、宿に入ったそばから「ここは間違いなく“心地の良い場”だ」と直感。エアコンを点けて、すでに部屋を暖めてくれていました。鷲北さんと私は布団を広げ、布団の上で会話を交わします。鷲北さん、話が止みません。気づけば辺りが明るくなっていて、7時半をとっくにまわっていたのでした。

 ここで、鷲北さんの話を少し整理しておきましょう。

 臨床美術との出会いから、居場所づくりへ


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(86歳のお母さま・玲子さんと鷲北さん)

 鷲北さんは、精神科病院で長く医療事務の仕事に就いています。2010年に日本福祉大学の通信制に入学し、精神保健福祉士の試験に一発合格。その頃、たまたま受けた健康である病気が発覚。「死を考えたとき、どう生きるかも考えることになります。だったら、好きなことをやろうと思った」といいます。すでに始めていたFacebookを通して、臨床美術の体験会が行われることを知り、現在86歳のお母さん・玲子さんと体験会に参加しました。
 「和紙で作るアジサイ画、というようなテーマだったと思います。美術って聞いて、きれいに写生しなければ…と構えていたのですが、体験の2時間がとても楽しかったんです。ワクワクしました。母とともに、臨床美術に引き込まれていったのです」
 病気の治療は順調に進みました。
 富山県には臨床美術を学ぶ土壌もあったことで、鷲北さんは5級臨床美術士を取得しています。さらに4年前、地元で「新富アート」という臨床美術を行うサロンを立ち上げました。現在は月2回、10人ほどずつのメンバーで臨床美術に親しんでいるそうです。富山県の臨床美術の普及にも深く携わり、また、新富アートで臨床美術を指導しているのが富山福祉短期大学の北澤晃教授です。
 臨床美術(クリニカルアート)とは何なのでしょうか。北澤教授は、「過去を悔やまず、先の手を意識せず、<今、ここ>に集中するアート」と言っています。五感を使うことで脳を活性化し、認知症状を和らげるべく開発されたようです。また、上手い・下手も関係ないのが臨床美術だといいます。
 調べているなかで、北澤先生の言葉「ナラティブ・アプローチの視点のもつ魅力。ナラティブには自己の<生>を生み出す根源的な力がある。ナラティブ=言葉の連なり。表現の力はアートによる非言語的な語り。ナラティブ(語り)は、これからの社会のなかで臨床美術の役割、あるいは臨床美術士の役割を考える上で、重要な支柱になる視点であると、私は考えています」というものがありました。
 臨床美術に取り組むことで「自己肯定感が向上したり、黙々と自分の世界に浸り制作する。すると無の境地になれる」とは新富アートの参加者の声です。
 新富アートの活動の場でもあった地元の公民館が建替えのため使えなくなるとあって、鷲北さん自身が”居場所“を立ち上げようと思ったそうです。鷲北さんの周りには、みやの森カフェを始めとする、”誰でもいつでも行ける居場所“が幾つもあり、率先して活動している知人も多くいます。Facebookを通して知った、数多くの”ひとを支える場の活動“や”ひと“の存在。佐藤先生も近くで活動していました。行動的な鷲北さんは2016年、「ものがたり合宿」にも参加しています。SNS上で知り合いだった人たちと実際に会うことが叶いました。それらが居場所立ち上げへの後押しにもなったのでしょう。居場所の名前は「ささえるさんの家となみ」。北海道で”医療・介護・看護を通じてコミュニティを守る“という理念のもと、”ささえる医療“の活動をしている永森克志医師から”のれんわけ“をしてもらったといいます。鷲北さんの持ち家であり、空き家となっていた建物―がその舞台です。12月中旬のプレオープンを目指し、訪問した時は改修工事の真っ最中。10月末に、50万円を目標とするクラウドファンディングを始めました。開始わずか2週間とかからず、目標達成。「臨床美術の仲間を中心に、実際に会ったことののないSNS上の知人も支援してくれています」と鷲北さん。臨床美術を通して、日々いきいきと暮らせるようお手伝いしたい。そして、ボランティアではなく、利用者・シニアにもお金が循環する仕組みも構築したいと鷲北さんは話します。

   気づけば時間は8時。9時過ぎには出発し、ものがたり診療所太田へ向かうことになっていました。台所では、川向さんの料理する姿が見られます。洗面して、食卓へ。朝食を頂きます。


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 芋ご飯、目玉焼きにお香物、具沢山のお味噌汁、柚子味噌の乗った大根の煮物など。川向さんの手料理です。美味しくて、ご飯をお代わりしてしまうほどでした。
 「行ってらっしゃい!」
 「行ってきます!!」
 外は雨が降り続いていましたが、雨の憂いを吹き飛ばしてくれるほど、鷲北さんはいろんな話をしてくれます。「母も一緒に」と、鷲北さんの自宅に寄り、3人でものがたり診療所太田に到着しました。

ものがたり診療所太田で“いま、ここ”を味わう

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 ものがたり診療所太田とはどんなところなのでしょうか。
 外来診察は月曜・木曜の午後のみ。その他は、月、木の午前中は地域の「集いの場」として無料開放(臨床美術は材料費として一人500円)されており、手仕事教室、健康体操、ドラムサークルなど、様々な活動が繰り広げられているようです。火・水・金・土は送迎付きの「総合事業のデイサービス・ものがたり茶屋」の場です。

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「古民家で、ゆっくりお話しする時間を大切に、みんなで料理を作り食事をすることを中心に、笑顔で「語って、動いて、食べる」場所を創ります」(HPより抜粋)とあります。毎週水曜日の午後は「くらしの相談室」で、病気や体のこと、生活の困りごと、介護に関することなど、専門職が常駐し、無料で相談に応じる時間が設けられ、他にも行政とのコラボ「ほっとみなみカフェ」、ジオラマ制作も行われています。

 “いま、ここ”に集中する心地良さ

 この日は臨床美術が行われる日でした。鷲北さんが臨床美術に魅せられた理由を少しでも体感できれば…との思いで私はいました。
 男性1名、女性9名の計10名が参加者です。北澤先生オリジナルのプログラム「水面の動きと色」に取り組みます。プログラムの内容を細かく説明するのは避けますが、富山県にある内川の水面写真を見た後に、北澤先生の説明に合わせて手を動かしていくのです。白い厚紙のうえに、線や色を重ねていきます。
次はどうなるの?どうなっていくの?
「遊んでもらって…」との北澤先生の言葉にワクワクしながら描いていきます。手を動かしている時に静かに聴こえてくるBGMがまた心地良く、“うまく描かなくちゃ”という余計な気持ちは消えていました。

  取り組み始めて一時間が経過。作品が出来上がると鑑賞会です。ズラッと前に並べられた作品たち。北澤先生の言葉に導かれ取り組んだ“水面”。それはまさに十人十色。全くみんな、違うのです。北澤先生がひとつひとつの作品に、コメントしていきます。


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 「すごく透き通った水の感じが出ていますね」「やわらかい雲が映っている感じがします」「水のなかをのぞいた感じがして、生き物がいるのかなと思わせてくれますね」…。
 先生は、それぞれの作品の“よさ”を見つけ、コメントを述べます。“評価される”のではありません。

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 「うん、うん」と、先生のコメントに頷きながらの、穏やかな鑑賞会です。
 あっという間の約2時間。私は“いま、ここ”に集中する心地良さを感じていました。
 「いい時間を過ごすことができました」と北澤先生に話しかけます。
 「臨床美術は、過ごした時間がすべてなんですよ。美術教室ではないから、上手い・下手もありません。人生だって、同じなんです。明日のことをいろいろ悩んでも仕方がない。後から”あれは失敗だった“とか理由付けしたって、しょうがないんです。それよりも、”いま“に焦点があてたほうがいいですよね」(北澤先生)

 みやの森カフェへ

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 鷲北さんが、砺波へ来たらぜひここへと言っていた「みやの森カフェ」。臨床美術を体験した数人で、ランチを食べに向かいます。みやの森カフェを運営しているのは、一般社団法人Ponteとやま。ふだんカフェとしては木、金、土曜日のオープンで、手作りランチやスイーツを楽しめるほか、砺波市との協働事業・ほっとみなみカフェ(臨床美術も実施)、就労体験などが行われています。カフェ時間内は子育てや介護、子どもの不登校、発達障害など各相談にも応じています。子ども向けの活動として、WAKUWAKUサークル(園芸療法プログラム、クリエイトプログラムなど)、就労体験プログラム、さらに富山県内5箇所で学習サポート活動もしています。

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  お客さんが多く来店していました。にぎやかな店内。オーナーの加藤愛理子さんの姿も見えました。ランチは700円。スイーツと飲み物付きで1200円です。野菜いっぱいの美味しいランチを食べながら、おしゃべりを楽しみます。話題はものがたり診療所太田(以下、ものがたり)のこと。家族が認知症で、数年通っているという女性は「ものがたりの存在に救われています」と話します。鷲北さんの母・玲子さんも、ものがたりの利用者です。「家とものがたりで過ごしている時の表情が全く違うんですよね。社会的な場所が人には必要なのでしょう」と鷲北さん。玲子さんは黙々とランチを召し上がり、気づけば完食。加藤さんともお話をしたいところですが、お客さんの相談に乗ったりと忙しそうです。毎月第二木曜日の夕方からは「介護おしゃべりカフェ」が開かれているとのことで、それにあたる今日。夕方再度、訪問することになりました。
 「あとでゆっくりお話しましょう」
 鷲北さんがみやの森カフェのスタッフで臨床美術士でもある渡辺恭子さんと話をしている間、私は玲子さんの言葉に耳を傾けていました。

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  「(臨床美術に取り組んでいるときは)頭のなかが白紙になる。無になって線が生まれる。白紙になるがはなかなか難しいがよ。雑念があるのが自分の神経。もうひとつが自然の神経。人間に神経はふたつあるがね。自然の神経を活かさなぁ。無になるって難しい。臨床美術は奥深いもんやわ」

さをり織り体験 正解のない織りもの

    外に出ると、強い風。遠くの空には青空がのぞいていますが、別の方角には、重い雨雲も。玲子さんとともに鷲北さんの車に乗って、金沢からやって来るという大学院生・萌ちゃんと合流すべく高岡駅を目指します。しばらくすると、空には大きな虹がかかっていたのです。
  「うわぁ…」

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   こんなに大きな虹を見るのは何年ぶりでしょう。大雨から始まった今日。富山に来たことを歓迎してくれたのかなと私はとても嬉しくなりました。
 萌ちゃんは、日本版CCRCを研究している大学院生。高齢者の住まいに詳しい私と引き合わせたら面白いのではという鷲北さんの計らいです。この日は一緒にすどまりとなみへ宿泊することも決まっていました。萌ちゃんを乗せた一行は、砺波市の隣、高岡市内にあるNPO法人Jamへ。生活介護を行う自立サポートJam、就労継続支援B型事業所としてのCosicosi,、相談支援ほっとJamと3拠点での事業展開と、移動支援などのサービス提供を行う生活サポートCo-COを運営している法人です。さをり織り体験をしましょうと、鷲北さんがスケジュールに組んでくれていたのでした。

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まずは自立サポートJamにおじゃまします。ふつうの一軒家で、さをり織りの作品が壁に展示されているなど、あたたかい雰囲気。利用者の方々は、私たちの突然の訪問に興奮しておられるのか、みなさんお元気。イベントで販売予定だというストールなどのさをり織り商品を、サービス提供責任者の羽場円さんが見せてくれました。

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 「日々の活動のなかの一部として、さをり織りに取り組んでいます。誰にでも出来ますし、きれいに織らなければいけないという概念がないのがさをり織りです。製品にならないものも飾りとして活かしたり、展示に活用しています」(羽場さん)
 さをり織りをjamで取り入れて、7・8年が経過しているとのこと。

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 「私たちにさをり織りを教えて下さる講師からは『(利用者に)あまり教えないでください』と言われます。というのは、子どもや障害者は教えてしまうと“その通り”にやろうとしてしまうんですよね。遊びが生まれない。こういう風にしようよというのではなく、そのときの気持ちや気分で出来上がる物は違ってくるんですね」(羽場さん)

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 私たち一行は、羽場さんの車の後についていき、Cosicosiへ。さをり織りの発案者・城みさをさんの言葉が掲示されており、いい言葉だなぁと私はしばし眺めていました。

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 鷲北さん、玲子さん、萌ちゃん、私の4名で、さをり織り体験の始まりです。生活支援員の岩見璃さんと羽場さんから織りかたを教わります。

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 「まずは好きな糸や好きな色の糸を幾つか選んでください」の言葉に、さをり織りは2回目という鷲北さんは、サッと選び、織り機を動かし始めます。一方で、不器用な私。「できるかなぁ…」。
糸を通して、織り機を手で動かして足を踏んで…と教わった通りに織り始めます。
 ひとりで織り始めて間もなく、
 「あれ?何か糸がおかしい。きちんと織れてないみたい…」
 羽場さんにヘルプを求める私。
 「あ、これはですね、右、左と糸を交互に通されてないためですね。でも、”間違え“ではないんですよ。これもまた、味になるんです。正解はないですから」
 ―正解はない。
 臨床美術と同じです。上手い、下手は関係なく、やりたいように。色も糸の種類も自由に選んでいい。
 私の横ではゆっくりと、玲子さんが織り機を動かしていました。
 夢中になって織り機と向き合い、気づけば30分以上が経過。


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 「楽しい!もっとやりたい!!」とは萌ちゃん。
 「私の居場所(ささえるさんの家となみ)でも取り入れようと思っています」と、鷲北さん。
 障害者のケアの現場で、さをり織りを取り入れている事業所が多いのは知っていましたが、さをり織りに直に触れることで、その理由を理解することができたのでした。

再び、みやの森カフェへ

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 岩見さんと羽馬さんにお礼を述べて、再びみやの森カフェへ向かいます。到着したのは17時。陽が落ちて、カフェには明かりが灯っています。
 「こんばんは」
 これまで一日一緒に行動した玲子さんはお疲れのご様子。鷲北さんは玲子さんを自宅へ送り届けるため、“介護おしゃべりカフェ”の場に入ったのは私と萌ちゃん。オーナーの加藤さんと4名の女性がおしゃべりをしていました。参加している方それぞれから、親族を介護する大変さが伝わってきます。

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 介護の実体験を話す”場“、それも当事者同士がいる場での”語り“が必要なのだと思いました。親しい友人でもなく、近隣でもなく、ほどよく離れた知人であるとか、その専門の分野の人がいる場であるからこそ話せることもあるのです。
 「あら、あなたそうだったの。その話は聞いたことがなかったわ」
と話した女性。
 “その場”で言える話、たまたまその時思い出した話や体験もあることでしょう。話す、語ることで、“消化”されるものが人にはあるのだと思います。
  人生は人それぞれ。親と子の関係も人それぞれ。人生経験も当然ひとりひとり異なるのだから、価値観もそれぞれです。誰かの気持ちが本当にわかる、なんてあり得ないのかもしれません。ただそれでも、話を聞いて、うなづくことはできます。誰かが話を聞いてくれたことで癒されるというのは私自身も経験があることです。
 この日参加していた、過去に遭った事故の影響で体にストーマを装着しているという70代の女性の言葉が、それを裏付けてくれるように思うのです。
  「ここ(みやの森カフェ)と、ストーマをつけている人たちが集う場、別の機関が運営している(オレンジカフェのような)場と3ヵ所に所属しているのよ。ある意味でここは日常生活のような場。いろんな人と会話もできる。心のケアになることもある。今日は気晴らしがしたいからここ、といったように幾つかの『場』があることで気持ちが楽になるのよ」。
もうひとつ、「あっ、そうか」と腑に落ちた言葉がありました。
「会話が普通にできることこそ大切なのよね」。

床、であること。そしてこれから。

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 加藤さんと参加者全員、カフェで用意してくれたお弁当を食べ、差し入れの柿とリンゴを頂きながらおしゃべりをしていました。一息ついて、加藤さんに話を伺います。みやの森カフェの本『庭に小さなカフェをつくったら、みんなの居場所になった』には表紙にも、背表紙にも、「つなげる×つながる ごちゃまぜカフェ」と書かれています。
 加藤さんには軽度の脳性麻痺の障害がある妹さんがいます。みやの森カフェを運営する(一社)Ponteとやまの代表理事・水野カオルさんには重度の知的・身体障害がお姉さんいます。“きょうだい児”と言われる共通のこと、共通の立場にいることで、二人でゆるい居場所をつくろうと始まったのが始まりだと書かれていました。加藤さんは、学生の頃から障害に関する活動をしており、その後もフリースクールの講師、フリースクールでのカフェの開設や運営を通し、様々な人、事情を抱えた人たちに出会っていることが本を読むとわかります。
 「本にも書いているけど、一年目は知っている人だけ。二年目は知っている人の紹介で来はじめて…。その後はいろんな人が来ています。それでも、近所に住んでいて、ここを誰でも利用できるってことを知らない人もいる。最近のことだけど、民生委員になることが決まったの。民生委員の活動を通して見えてくることもある。それに興味があるんです」
 この間、こんなことがあって、と教えてくれたエピソードがあります。
 「みやの森カフェは、高齢者や子どもの支援はあっても、40代の支援がないじゃないか。忙しくて支援してくれないのでしょうと言われたんです。でも、そうじゃなくて『あなたは支援する側の人ですよ』と言った。それでフリーペーパーを作ることを勧めたんです」
 昼間、ランチを食べに来た時、棚に置いてあったフリーペーパーを私は手にとっていました。まさにそれ。創刊準備号の『みやの森通信』です。
 「支援を受ける側よりも、支援してあげる側にいたほうが人は元気になるのね。支援してあげるというより、そう、役割があること。あの人があれすれば…とか、あの人とあの人がつながれば面白いとか」
 カフェだから、いろんな人が集います。お客さん同士の会話が自然に始まっていることもよくあるといいます。本の編著者である南雲明彦さんは、みやの森カフェのことを「必要な人と必要な分だけつながれる場所」と述べています。みやの森カフェのファンで、本にも登場する台湾在住の五十嵐佑紀子さんは「みやの森カフェは、生態系が豊富ですよね。(途中省)面白いのは、絶対願いが叶う神社みたいな場所だということ」と表現しています。
 本のなかで特に気になっていた加藤さんの言葉―「『私は、カフェの床になりたい』といろいろな人に言っています」があり、その思いを私は知りたいと思っていました。
 「YMCAで、カフェを経験していたのは良かったんですよ。カフェなら、私が外に出ていかなくても人が来る。車の運転も好きでないし、出不精なんです、私。それに、自分のなかでコレってものがない。無(む)、とも言える。だから、人の面白さに気づくのかもしれません」
 ランチの時、厨房はスタッフでいっぱいでした。
 「でもね、スタッフにはほんの少しのお給料しか出せていない。ある特養とつながることができ、みやの森カフェだけでなく、特養でも働けるようになった。“働く”の支援が始まったところです。忙しいのは好きでないのに、“面白い”と感じてしまい、忙しくなってるのね、結局」と笑う加藤さんがいました。私の取材経験談にも興味津々に耳を傾けてくれた加藤さんは好奇心の強い人でもありました。
 加藤さんという存在に、きっとたくさんの人たちがパワーをもらっていることでしょう。みやの森カフェは、やっぱり、パワースポットなのでした。それは、加藤さんというしっかりした”床“があるからに他なりません。

 場のチカラ、広がる呼応

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   私は、取材先を訪問した瞬間に「あ、ここは場のチカラがある」と感じることがあります。スピリチュアルとか怪しいものでもなんでもなく、場のチカラとは居心地の良さがあるところ。その場のチカラを作る源はそこにいる「ひと」なのです。「ひと」に魅力があるからこそ、その場の良さが引き出されて、あたたかみとか、ぬくもりとかが自然と感じられるのだと思います。そしてまた、その場に”共感“した人が呼応して、そこからさらに、エネルギーの呼応が広がっていくのでしょう。
 それは、癒しの場、あるいは元気をもらえる場。ステキな人と出会える場、豊かな暮らしにつながる場。

ミラクルな一日の結語

 19時過ぎ、鷲北さんがみやの森カフェに戻ってきました。鷲北さんは夜、公民館で用事があるとのこと。私と萌ちゃん、すどまりとなみへ戻る″足″がありません。鷲北さんが送ってくれる運びでした。
 「ありがとうございました!また来ます」
 外に出ると風はおさまり、空には月。美しい夜空でした。
 「お帰りー!」
 川向さんは、私たちが泊まる部屋をあたためてくれていました。荷物を下ろし、萌ちゃんとおしゃべりをしていたところに「おーい!飲もうよお!」と川向さんからお酒のお誘いがかかります。
 私は、香川産のみかんを差し入れに持ってきていました。
 21時過ぎには公民館の用事を終えた鷲北さんも加わって、楽しい時間。アッハッハと笑いはやまず、夜は更けていきました。

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 「お風呂沸かしてあるからね。ゆず湯だよ」
 川向さんが、ちょうどいい塩梅で、お風呂を沸かしてくれました。
 すどまりとなみのある庄川町はゆずの産地。ゆずの香りが漂うお風呂。ゆっくり浸かり、疲れが癒されます。

 さまざまなことを感じた一日でした。
 懐をつく、居心地の良さで満ちた“すどまりとなみ”。スッとしみる川向さんの笑顔。
 嵐も雨も、どんより重い雲も、みぞれもありました。めまぐるい変化のあった空模様でも、寒さをほとんど感じなかった私。人のあたたかさで、心の温度が下がることがなかったからでしょう。

多様性に満ちた、そもそもの、私たちの生きる社会。
そこでつながり、つながること。関わること。
有機的なものを産み出す出会いは、さらに有機的に発酵していく。

いいお酒を飲んだら、体が心地よくなるように、 
いい出会い”により“いい関係”が広がっていくのかもしれません。

 そんなことが、富山では起こっているのです。

 【後編】に続きます。


 

 

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