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友だち幻想・史上最強の哲学入門

 小説が好きでよく読んでいたが最近新書もコンパクトに内容がまとまっていて読みやすい。読書をしていて実りがあるときは、自分の中の葛藤や悩みへの解決への手がかりを見つけた時だと思う。今回はそれがあったので紹介する。

友だち幻想

  「人とのつながり」について書かれた新書で、又吉直樹さんがテレビで紹介したのをきっかけに広く世の中に広がったようだ。中高生向けに書かれたもので、今となっては当たり前に人との距離を保つけれど、学生だったら逃げ場はないし、大人になっても追いつめられる時がある。そんなときに読むといいのだと思う。

ホームページが非常に凝っているのでリンクを貼っておく。

史上最強の哲学入門

 バギ風の哲学者の紹介が抵抗なく頭の中に入ってきて非常に分かりやすかった。時系列順に並び、重要な概念が難しく説明されている従来の教科書的な本とは違い、哲学の対象別でエッセンスを伝えるものとなっている。章立てとしては1章『真理』や2章『国家』、3章『神様』、4章『存在』となっておりこのまとめ方がわかりやすい。

 哲学は勉強したいと思ってはいて大学で授業を履修したが、教授がいきなり「現存在」とか「世界内存在」と言い出し、あまりにもわからなく教室から逃亡してしまった。入門が入門できるようなものでないと門前払いされてしまった気持ちになって悲しくなる。そんな私でも流れを掴むことができたので、入門として、とても良いものだと思う。

作者の飲茶さんのブログに概要が乗っている。

刺さったこと

 2冊の本のメインは概念の紹介なので、深堀りするのは本筋から外れるが、考えるきっかけになったので取り上げる。ニーチェの「ルサンチマン」についてだ。イソップ童話の「すっぱい葡萄」のお話が有名だろう。

 おなかをすかせたキツネは木の上になっているおいしそうな葡萄を見つける。キツネは一生懸命木の上の葡萄の実を採ろうと跳び跳ねるが、高さが足りずに届かない。何度跳んでも届かないキツネは「あの葡萄はすっぱいに違いない。誰も食べたがらないだろう。」と去っていく。

 キツネは、本当は食べたくてそのために努力したはずの葡萄の価値を手に入らなかったからと言って貶めてしまう。本来あるべき価値観を、自分の内面的な勝利のために歪めてしまう。これが「ルサンチマン」である。本当は手に入れたい、勝ち取りたいのに、それができず、勝ち取れなかった事実に耐えられない。そして「最初からほしいなんて思っていない。手に入れてもいいことない。」と価値観を歪める。結果ある意味では心の平穏は保たれる。

 自分が「勝ち取りたい」「手に入れたい」と思っていたモノの価値を否定すれば、手に入らなかった不利益を見なくて済む。あるいは「大して欲しいとは思っていなかった。だからそんなに頑張っていなかった。」そう思えば「だから全力を出していない。」と自分のプライドが守られる。

 これらは自分の努力の否定に繋がる。それが一番のデメリットだと思う。例えばキツネのように一瞬の努力を否定しても問題ない。むしろ心残りがなくなって合理的だと思う。でもそれが何年も努力し続けてきたことだったらどうだろうか。長い期間努力すればするほどかなわなかったときのダメージは大きい。それをなかったことにできればどんなに楽だろうか。

 しかしそれはもったいないと思う。何年も努力し続ければ、求めたもの以外にも得るものは何かしらあるはずだ。けれどその努力を否定してしまったら本当に何も残らなくなってしまうだろう。頑張っていない期間のことは思い出さないし、振り返らないためだ。

 実際少し前までそうだった。大学4年間を賭けて取り組んだことが何の成果もないまま終わってしまった。口では4年間続けられてよかったなんて言うけど、全然そんなこと思ってない。なんて無駄なことをしたんだと思った。けれど同時にそんなこと言いたくないと心のどこかで思っていた。

 そんな時に、すっぱい葡萄の話を知って、この気持ちが人間の心の動きとして当然で過去の偉人が既にに考えていたことがわかった。だから、この気持ちを受け入れてちゃんと振り返ろうと思う。


 

 

 

 

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