一刀命奪 #2
『大将ォ、今回ばかりは、墨で終わんねえかもしれねえや』
『終わらせる。そうなる前にな』
対決のしばし前、ホクソー馬の馬上にて二人は語り合った。
二人の付き合いは、すでに五度目の秋祭りさえも越えたほどである。元々は敵同士であり、互いに致命のやり取りを幾度か繰り広げた後、団を同じくする戦友となった。
その後も技を交えることは多くあり、その度にガノンは、彼の腕前に舌を巻かされた。だからこそ、彼を失いたくはなかった。
『大将、助っ人なら俺はお断りだぜ?』
『割って入る。それだけだ』
『戦神様に怒られそうだなあ。そんなことで、【使徒】の助けを得るなんざ』
青髪の男は大きく首を傾げた。しかし赤髪の男は、遠慮なく遠くを見据えていた。そのくすぶった黄金色は、今はなにを見ているのだろうか。
『戦友を助けることさえも許さぬとのたまう神ならば――』
ガノンは力強く言い返しかけ、そこで言葉を止めた。しかしその先は、サーザンにも理解はできた。発したが最後、ガノンがすべてを失いかねないことも含めてだ。
『そいつが聞けるのなら、俺ァ嬉しいぜ。一刀のもとに、死んだって構わねえや』
『……戯言も程々にしておけ』
『つれねえな、大将』
『そのくらいで、ちょうどよかろう』
静寂の中にて視線を交わし合うサーザンとマーサラザ。その姿を見ながらガノンは、ほんの四半刻前の会話を、脳裏に蘇らせた。
彼には、すでに見えている。青き槍兵と黒白の剣士は、すでに互いの意図をもって数回どころではない殺し合いを繰り広げていた。わずかな表情の動きから、その結末はガノンにも見て取れる。戦神の加護を振るう【使徒】であるがゆえの、少々非凡な力であった。
見える。槍兵の刺突が、わずかに勝るさまが。
見える。剣士の一刀がほんのわずかの差でかすり、槍兵の生命を刈り取るさまが。
見える。両者が互角に致命を叩き込み、ほとんど同時に倒れるさまが。
「まだですぞ」
馬を手繰る手に、力が籠もったのだろう。横合いから、ダーシアが口を挟んだ、わかっていると、ガノンは返した。昨日からそうではあるが、己のうずきが、いかようにも止め難かった。身を任せ、暴れ回りたい。そんな衝動が、幾度も彼を襲っていた。急き立てていた。
「わかっている」
ガノンは、それらすべてを吐き出すように、補佐役へと告げた。現状で自身が躍り出たところで、タラコザ傭兵に恥をかかせる以外の行為にしかなり得ない。ましてや、名誉ある一騎打ちを破壊する行為である。彼が奉ずる戦神でさえも、死をもって贖わせるであろう無法であった。
しかしそんな逡巡のさなかであっても。両雄は決して動じようとはしなかった。あたかも二人の周囲だけが切り取られたかの如く、静寂の中に佇んでいた。
みゃあ。
少し離れたところで、子猫が無邪気に鳴いた。猫に罪はない。かの者は畜生であり、今この場で起きているものを、不可思議に見つめているだけだ。だが、これにて勝負は想像上のものではなくなった。互いに刃を交え、命を削るものへと変化した。
「ハッ!」
まず初手。右半身、下段に得物を構えていたタラコザの傭兵が、雷もかくやの速度で踏み込み、穂先を切り上げた。並の戦士であれば、その一撃で絶命に至る妙技である。
「っ」
しかし剣士は、一歩の足さばきのみでこれをかわした。それはあたかも、最初からこの手が打たれると予期していたかのような回避だった。下段からの切り上げは、見事に半月に近い円弧を描く。同時にそれは、壮年剣士にとっての付け入る隙となった。
「行くぜぇ」
段平の剣士が選んだのは、最短距離での突きだった。刃金がぼうと光り、生命を刈り取る軌跡を描く。
「なんの!」
だが迎撃がわずかに早い。サーザンは巧みに距離を取り、槍の金属部位を使って打ち落とした。剣先が下がったところを、反動を利して長く持ち、一息に突き出す。たまらず壮年は、下へと屈んだ。
「くっ」
「そぉらよ」
屈んだはずの、壮年が笑う。地を摺るような、諸手での斬り上げ。肉はおろか、骨までも断ち得る斬撃は、屈んだが故の爆発力か。今度は槍が間に合わず、槍兵は大きく後ろに跳ねた。
「チイイイッ!!!」
「ふんっ」
後手を踏んだサーザンに襲い来るのは、すべてが致命になり得る斬撃の嵐だった。上、下、右、左。薙ぎ、袈裟、唐竹、斬上。ありとあらゆる軌道からの一刀命奪が、タラコザ傭兵の身を苛んでいく。
「クソッタレ……!」
「どうしたどうした! タラコザの傭兵は精強なりと噂に聞くが、この程度か!」
サーザンが下がれば、マーサラザは裂帛の踏み込みでそれを追う。
サーザンが槍を振るえば、マーサラザは間合いを詰めて剣を突き付ける。
サーザンが猛威に抗えば、マーサラザは反動を利してより猛威を叩き付けた。
そして。
「ぐっ……!」
「もらった!」
ついに抵抗は終わりを告げる。暴威に逆らえず、大きな隙を晒してしまった青き槍兵に訪れたのは――
「かはっ……!」
「勇戦に免じ、生命だけは残してやろう」
段平の柄による、壮烈な突き。みぞおちを的確に打ち抜き、槍兵を沈めた。そして剣士の視線は、傭兵団の頭領へと向く。
「旦那が、頭領なんだろう?」
「ああ」
ガノンは短く応じた。続けて、補佐の目を見る。ダーシアは、力なく首を横に振った。それを許可とみなしたのか、ガノンは身軽に馬より飛び降りた。
「ラーカンツのガノン。【大傭兵】。【赤髪の牙犬】。呼び名は数あれど」
「ガノンだな」
蛮人の口上は、中途にて遮られた。壮年は段平を天を突くように掲げ、そして、のたまった。
「呼び名などどうでもいい。儂が、おぬしを討ち取る」
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