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蒼き槍兵紅き蛮人 #1

 強大なるガノンガノン・ザ・ギガンテス戦神せんじんの寵愛を受け、戦士として、指揮官として勇名を記した。そして南方蛮人の生まれでありながら、中原の王として時代に名を馳せるまでに至る。
 彼の築いた王国は、ほぼ一代のみの国でありながら壮健を誇り、黒河から白江に至るまでのあらゆる民を尽く、その威光によってひれ伏させた。
 しかしながら彼の道は、決して平坦なものではなかった。幾多の挫折、敗北。出会いと別れ。そういったものが、彼の人生を彩り、更なる魅力を与えている。
 これは、それらの中でも、彼の人生に一等影を落としたとされる男との出会いの物語である。

***

 荒野に満ちていたのは、血とうめき声だった。いずれも致命傷、あるいは手足を斬り飛ばされ、不具になった者どもの介錯を求める声である。
 その中にあって、一人健在な者がいた。髪は赤。蛇の如くうねり、肩より下まで伸びている。体躯は大きい。否。おおきいと言うべきだろう。おおよその人間より頭半分ほどは飛び出した高さに加え、全身に筋肉の鎧をまとっていた。並の者が出くわせば、初見にして圧倒されることだろう。そして、体躯が見て取れることからわかるように、その者は上半身を荒涼たる風に晒していた。見てわかる通り、男であった。中原の民から見れば、『蛮人』に類される男であった。陽に良く灼けた赤銅色の肌。多数を屠ってなお、不機嫌にけぶる黄金色の瞳。右手に提げた、手頃な剣。剣からは血が滴り、この鏖殺から時が経っていないことを指し示していた。

「…………」

 そして男の後方百歩の距離に、息を潜める男がいた。髪は湖めいた青。短く刈り込まれ、切り揃えられている。背丈は中程度。鎧甲冑は相応に身に付けている。それだけ見れば、どこにでも居る傭兵の一人に見受けられた。
 だが、彼には二つの特徴があった。一つは、背丈よりも長い朱槍である。使い込まれた形跡がありながら、陽光を反射して輝いている。手入れが行き届いている証拠だ。そして今一つは、近付くとわかる。顔に刻まれている、意味、意匠不明の刺青いれずみだ。ただし、これについては見る者が見ればわかる。タラコザ傭兵が、己に刻む墨――敗北を経て、作り上げる絵――である。つまるところ、彼もそうなのだ。

「強者」

 槍兵は小さく呟いた。彼の視界には、一人の男のみが入っていた。三十は下らぬ匪賊に襲われながら、たちまちの内に返り討ちに仕留めてみせた赤髪の蛮人。後始末か、あるいは敵勢の死を見届けているのか、まだ男はその場に残っている。名のある者かは不明だが、とにかく強者であることには相違ない。討ち取れば。

「名が上がる。名が上がれば、より良い契約が取れる。故郷へ送れる、金が増える。栄達だ」

 槍兵は、少しずつ足を早めた。彼らタラコザ傭兵の人生は壮絶だ。十五、六にして故郷を旅立ち、荒野を巡る。傭兵となる。一廉の者として名を成す者もいれば、道半ばにして荒野に果てる者もいる。戦において不具となり、故郷へ帰らざるを得なくなった者も多い。彼は未だ、そのどれでもない。己の価値を高め、故郷を富ませる。その一念のみで、動いていた。つまるところ、若く、意気盛んな傭兵だった。

「悪いが、俺の栄達。その糧となってもらうぜ」

 口の中でつぶやき、槍兵はさらに速度を上げた。あともう少しで、必殺の間合い。気配は故郷で習い得た歩法で巧みに消しており、すべては完璧だった。あとは、槍を急所に打ち込むだけ。そのはずだった。しかし!

「む」

 寸前。赤銅色の男が動いた! なにをもって攻撃に感付いたのか、迷うことなく蒼き槍兵へと顔を向けたのだ! なんたる察知力! なんたる判断!

「っ!」

 必然、槍兵は止まらざるを得なかった。直後、蛮人が地を蹴る。剣をかざす。槍兵はそれを受け止めようとはせず、回り下がる形で逃げを打つ。結局蛮人の剣は空を切り、両者に再び、間合いが生まれた。

「何奴」

 先に口火を切ったのは、赤髪の蛮人だった。

「名乗りを聞きたいのなら、先に名乗れ。礼法だぞ」

 しかし青髪の槍兵も退く気はない。先に名乗れと、赤を責めた。たちまちの内、両者は睨み合う。しばしの時をおいて、先手を取ったのは蒼だった。

「俺はタラコザのサザン。傭兵だ。アンタを強者と見込み、首を頂きに来た」

 槍の穂先を下げ、右半身はんみに構え、攻撃態勢。これを見て、紅き男も構えを取った。腰を落とし、右手に構えた剣を引く。攻防両面において、どのようにも動ける態勢だ。

「ラーカンツのガノン。おまえたちが【蛮族】と呼ぶ類の人間だ。そう簡単に、首はやらんぞ」
「ラーカンツ。なるほど、たしかに強者だ。その首、もらった!」

 次の瞬間、弾けるように蒼が動いた。爆発的な加速は、常人にはその場から消えたようにすら見えるほどだった。惚れ惚れするほどの、直線的な動き。続けて、彼の槍が舞う。突き。斬り上げ。振り下ろし。右薙ぎ。左薙ぎ。石突による突き。流れるように。踊るように。必殺の一撃が放たれ続けた。

「やらんと言っている」

 しかし紅も、言うだけはあった。必殺の一撃、その群れを。受け止め、かわし、受け流す。それも最小限の動きで、大きく退くこともなく。見ればその身体は、ほのかに輝いていた。なんらかの神による【加護】が、紅に力を与えていた。

「チイイイッ!」

 蒼が吠え、さらに速度を上げる。もはや並の眼力では捉えることも適わぬ速さだった。槍の穂先が、分け身しているかのようにさえも見える。しかもその一撃一撃が必殺の勢い。サザンなる槍兵が、並の者ではないことの証左だった。

「ぬううっ!」

 だが紅は、揺らがなかった。戦いを尊ぶ性質を持つラーカンツの男は、そのすべてをも受け流す。かわす。受け止める。そんな攻防を繰り返した果て。遂に。

「オオオッ!」
「ぐぬっ!?」

 紅が踏み込み、蒼が受け止める。瞬間の隙に、紅が踏み込んだのだ。蒼は一瞬慌てた形になったが、それでもしっかと紅の剣戟を受け止めた。双方ともに、なんたる胆力。なんたる腕前。しかし紅は、蒼の腹をめがけて、脚を繰り出し。

「ふんっ!」
「チィッ!」

 蹴りによる間合いの創出を、されど蒼は身体を捩って受け流した。そのまま素早く下がり、間合いを測る。とはいえ、その程度で止まるほど紅は脆くない。凄まじい踏み込みで、己の間合いへと入り込む。

「シャアアアッッッ!」
「オオオッ!」

 蛮声が交錯し、剣が槍を責め立てる。突く。薙ぐ。斬る。凄まじい手数の攻撃が、たちまちの内に蒼を襲った。だが蒼とて強者を志す者である。そのすべてに対し、冷静に対処していた。かわす。かわす。かわす。げに凄まじき眼力。げに凄まじき体さばき。このままでは古文書に残る【千日攻防】――互いに攻め手を欠き、膠着した状態――に至ってしまう。見る者が見れば、そう思っても仕方がない様相になっていた。

 されど。

「その戦、しばし待たれよ!」

 突如として、割って入る声があった。両者が、声の方角を睨む。そこには、何処いずこの国のものかと思しき、豪壮な行列があった。王か? それとも、王に近い高位の貴族のものか? 仔細はわからぬが、戦いは止まった。呼び止めた男が、急ぎ足で二人の間へと入り込む。いかにも文官という風体の、小柄の壮年だった。壮年は二、三度咳き込むと、再び声を張り上げた。

「我が主人に、お二人に頼みたき仕儀があり! どうか、どうか戦を止め、我らが列にご同行を願いたい!」
「……」
「……」

 二人は思わず、顔を見合わせる。そこにあったのは、互いに困惑した顔だった。

#2へ続く

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